第13話 灰の人②
「よければ、このあたりを案内しましょうか? と言っても、岩ばかりの変わり映えしない景色ですが」
村人にそう言われ、魔王は目をパチクリさせた。
「それは、オレに言っているのか?」
「ええ、そうですが?」
魔王は得体のしれないものでも見たかのように一瞬顔を歪めた。
「フンっ。まあ、どうしてもと言うなら、行ってやってもいいぞ」
だが魔王はまんざらでもない様子だった。
むしろ機嫌がいいように見える。
「なんか魔王、いつもと様子が違うな。顔が見えてるからそう思うだけか?」
「それもあるけど、普通に話しかけてもらえるのが面白いんだよ、きっと」
そうか。
今は普通の人ということになっているからか。
「ダーさん、まーさんについててくれる? 変なことしないように。何かあったらフォローよろしく」
「は、はい! もちろんです! 喜んでついていきます」
ダートはリレットにいいように使われているな。だがダートもそれを嫌だとは思っていないようだ。
「俺らはどうすんだ?」
「ここの人にいろいろ話を聞いてみようか」
リレットは黄色のペンダントを持ち上げる。
そうか。そういえばこいつの姉ちゃん探してるんだったな。忘れてた。
その話をしたのがずいぶん昔のことのように感じた。まだ村を出発してから数日しかたっていないのに。
俺とリレットも別の人に案内してもらいつつ、いろいろと話を聞いた。
灰の人たちは男性も女性も同じような服を着ていた。足首まで隠れる灰色のローブを羽織り、腰のあたりを紐で結んでいる。彼らの伝統的な衣装なのだろう。
村を歩き始めたが、ぱっと見た感じでは人が住んでいるようには見えない。岩山以外何もないからだ。歩いても歩いても灰色の岩を見るだけ。
だが実はその岩こそ彼らの住処だったのだ。
大岩は、ところどころに穴が空いていて、そこから人が出入りしていた。
入り口の穴は小さく、かがまなければ入れないが、だからこそ遠目から見てもまさか中に人がいるとは気づきにくく、ただの岩にしか見えないようになっている。
だからなのだろうか。人が少ないのは。
「なんか、人が少ない気がするんだが。いつもこんななのか?」
俺はあたりを見回す。
「出払っている者が多いのです」
「何かあるのか?」
「実はここ最近、村を襲うやっかいな者たちがいまして」
村人は声をひそめる。
「襲う? どうして?」
「ご存じの通り、我々は魔王との関わりを疑われています。そのため、排除しようとする者たちがいるのです」
「それは、殺そうとしてくるってことか?」
「はい」
そこまであからさまな行動にでているのか。
「何か、対策はしているのか?」
「村を囲う結界を張ってあります。誰か来ればわかるようになっています」
結界なんてあったのか。
そんな状況で、よく俺たちみたいなよそ者を中に入れたものだ。
魔法か何かで善悪の判別でもしているのだろうか。
……いや、それだと魔王がいる時点で完全にアウトか。
「そういうことがあって、村の引っ越しを検討しているのです。その場所探しのため、大半が外へでています。数人は明日の朝、戻る予定です」
なるほど、それで人が少ないのか。
「あのさ、失礼を承知で聞くが、その見た目でよそへ行って、その、嫌がられたりしないか?」
「ええ、このままの姿で行けば、確実にそうなりますね。あなたも経験が?」
「ああ、まあ……」
だが俺の受けた蔑みなどかわいいものだろう。世間の『灰の人』への風当たりは俺の比じゃない。彼らの苦労は計り知れない。
「受け入れてもらうには、長い時間がかかるのでしょうね」
村人は悲しそうに笑うも、半ば諦めているように見えた。
「んで、どうやって他の場所に移動するんだ? そのままの姿じゃ、バレるだろう?」
「色を変えて行きます。髪色、瞳の色を変えます」
「つまり、変身魔法みたいなことか?」
今魔王にやってるようなことか。
「そうですね。それが得意な者はそうしますし、できない者は、魔道具を使います」
「見た目の色を変える魔道具があるのか?」
「はい。そういったものを扱っている店があるのですよ」
「へえ、聞いたことないな」
「それを必要としない人には、知る機会のない話ですから、当然です」
必要としない――。
俺はそんなものが存在することすら知らなかったが、もしこの茶色の髪と瞳を死ぬほど嫌っていたのなら、そういうものの存在にも気がつけたのだろうか。
「けどそんなのあったら、なんか悪用されそうだな。騙せるわけだろ?」
「ええ、ですから、その店の場所は他言無用です。まあ、教えてもらって簡単に行ける店ではありませんので、まず、大丈夫かと思いますが」
世の中には俺の知らないことがたくさんある。村を出たことがなかったから、当然といえば当然か。
それを知っていくことは面白くもあるが、自分がいかに無知なのかを痛感させられる。
その日の夜は食事をご馳走してもらった。
初対面で嫌な気分にさせてしまったにも関わらず、彼らはとても良くしてくれた。
俺とダートと魔王は空き部屋を借り、リレットは魔王と見間違えてしまった女性レーネのところで寝させてもらうこととなった。レーネからいろいろと話を聞きたいそうだ。
岩の中の住居は、想像していたよりもかなり快適だった。
低い入り口を腰を曲げながら入っていくと、居間のような空間が広がっていた。灰色の岩壁は無機質な印象を与えるが、深緑の絨毯や木の家具が置いてあり、あたたかな空気が流れていた。
部屋と部屋は小さな通路でつながっていて、俺たちの寝室は入り口から三つ目の部屋だった。
天井は低いが、どこか秘密基地に来たかのようなワクワク感と、包まれているような安心感があった。
部屋にはきれいに三つの布団が並べられていた。男三人ここで寝るなんて魔王が文句を言うだろうと思ったのだが、以外にも魔王は嫌だとは言わなかった。
「なんだこれは?」
「ここで寝るのか?」
「オマエたちもここで?」
「布からいい匂いがするぞ」
魔王は俺たちに質問を浴びせ、一通りそれが終わるとマントも脱がず真ん中の布団に寝転び、ものの数秒で眠りについた。
疲れていたのか、寝不足だったのか、どちらにせよ、これほどすぐに眠るとは。
「なんか、子供みたいだな」
「そうですね。こんなふうに過ごしたことはなかったでしょうから、疲れたんでしょうね」
「魔法の勉強は明日頼んでもいいか? 今日は先に寝てくれ」
旅の合間にダートから魔法を教わっているが、昨日が野宿だったこともあり、ダートにも疲れの色が見えた。
「ありがとうございます。ではまた明日にしましょう。次は水の魔法をお見せします」
ダートは魔法を実演してみせてくれることもある。最初は気が弱くて頼りない印象だったが、魔法に関してはやはりとても力のある人物だということが素人目でもわかった。
教え方も上手いし、知識も豊富だ。
ダートは大きな欠伸をすると、「お先に失礼します」と言って眠りについた。
俺もとりあえず寝ようとしたが、普段からあまり眠らない生活をしていたので、すぐに目が覚めてしまった。
しばらく外をうろつき、夜明け前に部屋に戻った。
だがその時、突然ドンと大きな音が聞こえ、地面がかすかに揺れた。
ダートはすぐさま目を覚ましたが、魔王は熟睡していて起きなかった。
俺とダートは耳を澄ませる。
再び音が聞こえると、ダートが頷いた。
「何かが起こっていますね。攻撃されているのかもしれません」
俺はダートに魔王を任せ、剣を背負いリレットのもとへと向かった。
外は特に被害があるようには見えなかったが、爆発音が鳴るたびに村の外が光っていた。
外から攻撃でもされているのか?
村人も続々と岩山から飛び出してきて、一目散に光のほうへと走り出していた。
「ああー、ローさん」
リレットも外に出ていた。頭にはアホ毛が何本もでていて、寝起きまるだしだった。だが髪飾りにペンダントに指輪と、装飾品はしっかりと身につけていた。どうやら寝るときも付けて寝ているようだ。
「おい、これって」
「ふあーー。うん。どうやら結界を攻撃されてるみたい」
「昼間の話にあったやつらか?」
「そーみたいだね」
リレットはグーッと伸びをした。
「結界が破られることはないんだよな」
「うーん。どうかなあ。もしかしたら、危ないかもしれない」
「そうなのか? ここにいたらヤバいか?」
リレットは少しうつむき、何やら考え始めた。
寝てるだけにも見えるが。
「ローさん、まーさん連れてきて」
「どーすんだよ」
「まーさんに追い払ってもらうの」
「だ、大丈夫か?」
「大丈夫でしょ。あ、ダーさん寝てたら絶対に起こしてね」
「起きてたよ」
「それと、そのまま村を出るから、荷物も持ってきてね」
「なっ!? もう行くのか?」
なんでこのややこしいタイミングで。
「うん。用は済んだし。どのみちもうすぐ夜明けだから、それまでには片付けて行くよ」
言いたいことはいろいろとあったが、「早く早く」とリレットに背中を押され、俺は部屋へと戻った。




