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ベース⚾ガール!!!!  作者: ドラらん
49/56

48th BASE

 甲子園から帰ってきて四日が経った。暫く優勝の余韻に浸りたいのだが、受験に向けた補習授業や新チームの練習への顔出しなどに追われ、一日一日が瞬く間に過ぎていく。進む道が定まっていない以上は勉強を疎かにできず、それに並行して野球を続けるために体を継続的に動かさなければならない。結局のところ比重が少々変わっただけで、やらなければならないことの多さは以前とほとんど同じだ。


 そんな忙しない日々の中、今日は楽しみな日がやってくる。椎葉君とスイーツ食べ放題に行くのだ。


《電車乗ったよ!》

《了解。何両目にいる?》


 今日は店の最寄り駅が混雑することを考慮し、私たちは電車で落ち合うことにした。先に乗車した私が前から四両目の後扉付近で立っていると、二つ後に入った駅のホームで椎葉君の姿を見つける。彼は私のいる車両に合わせた乗車位置で待っていてくれた。


「おはよう椎葉君」

「おう、おはよう」


 電車に乗ってきた椎葉君と挨拶を交わす。彼の頬が若干赤らんでいるが、微笑む顔は爽やか。体調が悪いわけではなさそうだ。反対に私の方が浮かれて変な笑い方をしていないか心配になる。


「電車合わせてくれてありがとう。駅で待たせちゃった?」

「ううん、俺も元々この電車に乗ろうと思ってたから大丈夫だよ」


 椎葉君は白いシャツの上からベージュの半袖ジャケットを羽織り、黒のパンツを履いていた。どれも無地だが、そのシンプルで落ち着いた感じが彼には非常に似合っている。


 一方の私もあまり派手な格好にならないよう、白のブラウスと薄茶色のタータンチェックのロングスカートで纏めた。ただ少し質素過ぎるだろうか。


「あ、柳瀬、今日の服装……、大人っぽくて良いな」


 椎葉君はすぐに服装を褒めてくれる。まるで私の心が読めているかのようだ。


「ほんと? 地味じゃない?」

「そんなことないよ。寧ろ涼し気だし、夏らしくて良いと思う!」

「そう? ありがとう。えへへ」


 私は思わず白い歯を零す。今の一言だけで、椎葉君と今日会えて良かったと思える。


「椎葉君の服も落ち着いてて良いね。やっぱりユニフォームとか制服とは雰囲気が全然違うから、何度会っても新鮮な感じがする!」

「俺もだよ。だから今日もちょっと緊張してるわ」


 そう言った椎葉君は戯けたように笑う。こんな表情は学校やグラウンドではほとんど見られない。何だが私だけが独り占めできているみたいで、嬉しい気持ちが込み上がる。


 乗り換えを挟んで約二〇分、私たちは電車を降りた。そこから数分歩いて店に到着する。


「いらっしゃいませ。ご予約の方ですか?」

「はい。十一時半から予約してた椎葉です」


 店に入ると予約をしていなかったと思われる客が数組、順番待ちをしていた。その人たちから羨望の眼差しを向けられつつ、私と椎葉君は席へと案内される。それから店員に制限時間やコース内容の説明を受け、早速食べ放題が始まる。


「よし、たくさん食べるぞ!」


 私はそう意気込んで席を立ち、食べ物を取りに向かう。メニューとしては一口大に切り分けられたケーキやフルーツ、アイスクリームの他、種類こそ少ないがパスタやカレーなどのご飯ものも並んでいる。私はひとまず一皿にスイーツ、もう一皿にご飯ものを盛り付けて席に戻る。


 それから少し遅れて椎葉君も帰ってきた。彼も私と同じ数の皿を使っていたが、盛り付けられた量が桁違いに多い。至る所にスイーツが敷き詰められ、ご飯ものは一角にパスタが乗っている程度だ。


「お、流石は椎葉君。甘い物ばっかだね」

「ま、まあな。……やっぱ、変かな?」

「別に変じゃないと思うよ。スイーツ食べ放題なんだから、スイーツをたくさん食べるべきでしょ」

「そうか……。ふふっ、それもそうだな」


 椎葉君は安心したように口元を緩める。私たちは互いに手を合わせ、二人一緒に食べ始める。


「いただきます」

「いただきます」


 最初に私は苺のムースケーキを食べる。口の中でムースの甘味とソースの酸味が溶け合い、滑らかでフルーティな味わいが広がる。


「うん、美味しい!」

「ああ、食べ放題にしては結構どれもクオリティ高いな」


 椎葉君も満足気に頷く。まだ一口しか食べていない私に対し、彼の皿からは既に四つくらいケーキが無くなっていた。速過ぎる……。


「そういえば柳瀬はどうだった? 甲子園のマウンド」

「うーん、試合始まる前はわくわくしたけど、始まってから勝つために必死だったから、正直あんまり何か思うことはなかったんだよね。今思うと勿体なかったなあ」


 つい五日前、私は本当に甲子園球場のマウンドに立っていた。だが憧れの舞台を楽しめていたかと言うとそうではない。とにかく勝ちたい一心で投げていた。


「椎葉君はどうだったの? 意外と余裕あったんじゃない?」

「そうだなあ、初戦は緊張したけど、その後はまあまあ落ち着いて投げられてた気がする。とにかくあれだけ多くの人に見られてたのはめっちゃ興奮したし、嬉しいというか、幸せに思えたな」


 椎葉君の顔に幸福感が漂う。私としても本当に幸せ者だったと思う。実力で勝ち取ったとはいえ、あの甲子園球場で、そして万を数える大観衆の中で投げられたのだ。


「私もそれは感じたかも。一生に一度あるか無いかの経験だもんね」

「ああ……。けど俺はこれっきりにするつもりは無いよ」

「え?」


 それはどういうことだろうか。そう問い掛ける前に私は椎葉君の言葉の意味に気付く。彼の夢は甲子園大会に出て終わりではない。プロ野球選手になって活躍することが、その先にはある。


「……そうだったね。椎葉君はプロになるんだもんね」

「そのつもりだよ。柳瀬はどうするんだ? 大会も終わって部は引退したわけだし、進路決めなきゃだろ」

「ああ、うん。私は……」


 私の食べる手が止まる。全国制覇を成し遂げ、一つの区切りは付いた。区切りが付けばその次の舞台が待っている。椎葉君だけでなく、チームメイトもライバルたちのほとんどは進路を決めていた。


 だが私は決められていない。やりたいことは明確。日本代表として世界一になること。そのためにリスクを覚悟してプロに入るべきか、まずは大学で実力を蓄えるのか、また別の道があるのか、最適解が見つけられず迷っている。



See you next base……


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