34th BASE
――十歳の頃、美久瑠は本格的に野球を始めた。中学校でも男子に混じって野球部に入部し、乃亜との出会いを果たす。部内に女子が彼らしかいなかったこともあって二人はすぐに仲良くなった。
美久瑠が小学校からの継続で投手を務める一方、乃亜はその球を受けたいという理由から未経験だった捕手に挑戦。二人でバッテリーを結成することとなる。
二人は一年生時から試合で起用され、当初はまずまずの活躍を見せていた。ところが二年生に上がる手前辺りから男子との体格差に悩まされるようになり、徐々に試合でも結果を残せなくなっていく。同じポジションのチームメイトと比べても実力差は歴然だった。
光の見えない苦しい日々が続く中、とある日の帰り道で乃亜が呟いた。
“もしも相手の心が読めるようになったら、どんなバッターでも抑えられるようになれるかな?”
男子と真っ向勝負をしても勝てない。だが相手の考えていることを読んで狙いを外し続けられれば、きっと簡単には打たれない。乃亜はそう思ったのだ。美久瑠もその案に賛同し、二人はすぐさま人の心を読む術を学ぼうと試みる。
しかし事は理想通りには運ばない。二人は心理学などの文献を参考に勉強してみたものの、中学生にとっては難解過ぎる内容だった。仮に理解できていたとしても、そもそも一年や二年で心を読める領域に到達できるわけがなかっただろう。
そこで二人は人の心を“読む”のではなく、“操る”にはどうしたら良いかと考えるようになる。配球などを工夫し、相手の思考を自分たちの意図する方向へと誘導する。それならば決して実現不可能なことではなかった。
こうして二人の運命は大きく変わる。初めは思うように行かないことばかりだったが、乃亜は失敗を重ねていく中で打者の考え方の傾向や特徴を把握し、リードに活かせるようになっていった。美久瑠も乃亜の要求に確実に応えるべく、制球力の向上と多彩な変化球の習得に励んだ。成果は少しずつ現れ、三年生になるとチームメイトの男子にも引けを取らない活躍ができるようになっていた。
最終的に美久瑠も乃亜もレギュラーの座を掴むまでには至らなかったが、ある程度の手応えを掴んで中学校を卒業することができた。その後二人は揃って羽共へと進学。悔しさを胸に、高校では自分たちが主力となってチームを全国制覇に導こうと誓い合った。
ところがそこで再び壁にぶつかる。一年生ながらメンバー入りした去年の夏の大会は、二回戦で敗退。その年の優勝校である奥州大附属に惨敗した。美久瑠と乃亜は試合の大勢が決まった終盤に出番が回ってきたものの、奥州大附属打線の前に失点を重ね、圧倒的な力の差を思い知らされた。
このままでは喩え順調に成長できたとしても、全国制覇など夢のまた夢。それを痛感した二人は、自分たちのやってきたことを極限まで突き詰めることにした。配球に留まらず試合展開や選手の私情など、ありとあらゆる要素を形振り構わず利用し、相手チームを掌握する方法を模索していった。
すると翌年の春には強豪校と互角の戦いを繰り広げられるようになった。そして迎えた今大会では決勝へと進出。あの奥州大附属を倒した亀ヶ崎を一時は窮地に追い込む戦いぶりを見せている。
ただ満足する気は更々無い。これまで味わった苦難に報いるには、日本一の称号を得るしかないのだ。だからこそ二人はどんな手を使ってでもこの試合に勝つつもりでいる。
そのためにも亀ヶ崎の勝ち越しは何としても阻まなければならない。嵐への初球、バッテリーは外角低めのチェンジアップから入る。
「ボール」
積極的に打ちに出ようとしていた嵐だったが、厳しいコースだったためバットが止まる。ハーフスイングも取られなかった。
二球目は一転してストレート。なんと嵐の首元を襲った。彼女は瞬時に背中を逸らして避ける。
(危な……。今のですら故意なのか? 追い付かれた動揺でコントロールを乱してる可能性も無くはないよな。一応バッティングカウントなわけだし、次の球は的を絞って思い切り振っていこう)
嵐は羽共バッテリーがカウントを整えてくると考え、甘い球を待つ。ところが三球目の投球は彼女の足元でワンバウンドする。
「ボールスリー」
これでボールが三つ先行。一塁が空いていると言っても、四球でランナーを溜めるのはリスクも大きい。嵐はバッテリーの様子を伺うため一球見送る。
「ストライク」
四球目はアウトコースにストレートが決まった。続く五球目、真ん中近辺への投球に対し、嵐がフルスイングする。
しかしバットは空を切った。球種はフォーク。バッテリーは真ん中から落とすことでストライクゾーンの中で空振りを奪う。
(絶好球に見せておいてのフォークだったか……。この感じだと渡に動揺は無いと見た方が良いな。まんまと追い込まれたわけだけど、裏を返せば私で勝負してくるってことだ。打ってみせる!)
スリーボールから美久瑠が盛り返し、フルカウントとなる。勝負が決まる六球目、美久瑠は天空に向けて投球を放った。
「おお……」
またもや球場が響めく。スローボールだ。高くゆったりとした放物線を描き、嵐の臍の辺りに落ちていく。
(…落ち着け。タイミングさえ合わせれば当てられる)
嵐は投球を十分に引き付け、強振せずバットの芯で捉えることを第一にスイングする。快音が響いた瞬間、響めきは大きな歓声へと変わる。
「おお!」
打球はライト線際に上がった。だが高い飛球となったため飛距離は出ない。
「オーライ」
ライトの千石が落下点に入る。彼女はグラブに手を添え、両手で大事そうに捕球する。
「アウト、チェンジ」
嵐は惜しくも勝ち越しの一打を放てなかった。亀ヶ崎の攻撃は同点止まりで終了となる。踏ん張った美久瑠は笑顔を見せることなくマウンドを後にする。
(これで次の攻撃で一点取れば終わる。……勝つのは私たちだ!)
試合は四対四で七回裏へ。羽共のサヨナラ勝利か、亀ヶ崎が延長戦へと持ち込むか……。
See you next base……




