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ベース⚾ガール!!!!  作者: ドラらん
33/56

32nd BASE

 紗愛蘭のタイムリーで一点差まで追い上げた亀ヶ崎は、一打同点のチャンスでオレスが打席に入る。その初球が美久瑠から放たれた瞬間、歓声は響めきへと変貌を遂げる。


「え?」


 投球は天を目指すようにして高々と舞い上がり、山なりの軌道を描いて本塁まで届く。呆然と見送るオレスの前を通過し、ワンバンウンドする寸前で乃亜のミットに収まる。


「……ス、ストライク」

「は?」


 球審は悩みながらもストライクを宣告する。乃亜が捕球した位置を見たオレスとしては納得行かなかったが、ベース上を通った時にはストライクゾーンに入っていた。軌道が軌道のため、一般的な変化球とは尺度が変わってくる。


「おいおい、何だよ今のボール? 手でも滑ったのか?」

「だけどピッチャー普通にしてるぞ。態と投げたんじゃねーの?」

「ていうかストライクなの? ワンバウンドしそうだったじゃん」


 驚愕、困惑、疑念、その他諸々の感情が入り乱れ、球場が騒然とする。だが当事者の美久瑠は顔色一つ変えず平然としており、彼女の投球が意図したものだったと分かる。


(よし。狙い通りのコースに投げられた。見掛けはボール球だったけど、ちゃんとストライクも取ってもらえて良かったよ)


 今の投球はイーファス・ピッチとも呼ばれ、俗に言うスローボールである。美久瑠は今日のために密かに練習しており、この場面で初めて投げてみせた。羽共バッテリーが今の今まで奥の手を隠していたのである。オレスは残りツーストライクしかチャンスが無い中で、このスローボールに対応しなければならない。


 更に言えば羽共バッテリーはオレスに対し、ここまでの三打席全てで敢えてヒットを打たせるような配球を施してきた。つまりオレスはスローボールだけでなく、美久瑠の全力投球、乃亜の打者を打ち取るためのリードにも初めて触れることとなる。状況は圧倒的不利になったと言わざるを得ない。


(なるほど。私に雑な投球をしていたように感じたのはこのためだったのか。それまでの打席で一人でもランナーが出ていれば少し変わったんでしょうけど、今更とやかく言ってもどうしようもない。ふざけたスローボールが続こうと、どんな配球をされようと関係無い。とにかく私は自分の使命を果たす!)


 スローボールを見せられた直後は驚いたオレスだが、すぐに気持ちを切り替え、改めて自らがすべきことを自分に言い聞かせる。これだけの劣勢に置かれていても我を失わずにいられるのは、高校生とは思えぬほど幾多の修羅場を乗り越えてきたからである。


 二球目。美久瑠の投球にこれ以上無い注目が集まる中、彼女はその期待に応えるかのようにスローボールを続ける。今度は乃亜のミットが外角低めにあったものの、判定はボールとなる。球審は高いと判断したようだ。一球目のことを考えれば何ら不思議ではない。オレスも自信を持って見送っていた。


(やっぱり外れてるのか。私のところに来た時点ではかなり高かったし、審判もそこで判断してるんだ。これなら次ストライクに入れてきたボールは捕まえられる)


 オレスは早くもスローボールの球筋を概ね把握する。だが羽共バッテリーもスローボール一辺倒で彼女を抑えようとは思っていない。


(ああいった山なりのボールが高めに来ると無理に打とうとするバッターもいるけど、流石にネイマートルはそんなことしないか。美久瑠もまだ完全にコントロールできているわけじゃないし、続け過ぎるのは危険だな。他のボールと上手く組み合わせていく)


 三球目、乃亜はオレスの膝元にミットを構えた。要求したのはストレート。オレスは打ちにいったものの、スローボールとの果てしない球速差に振り遅れてしまい、バットが空を切る。


「ナイスボール! あと一球だ渡、頑張れ」


 美久瑠がツーストライク目を取り、三塁側スタンドから大きな拍手が起こる。羽共が優勝に王手を掛けるのは京子から数えて四人連続。今度こそ決められるか。


(真っ直ぐに遅れたのはブラフじゃなさそうだな。ちゃんと緩急は効いてる。それなら決め球はこれで行こう)


 乃亜がウイニングボールとする一球を決めてサインを出す。美久瑠も何となく予想ができていたのかあっさり承諾する。


(良い感じに追い込めたけど、相手はネイマートルだ。最後まで集中して投げ切るぞ)


 美久瑠が五球目を投じる。投球はアウトローを真っ直ぐ進んでいるように見せかけ、ベース手前で微妙に外へと逃げるツーシームだった。オレスは一瞬ストレートと錯覚してスイングしようとする。


「ボールツー」


 ところがオレスは咄嗟に(こら)えた。際どいコースだったものの、変化した分だけボールと判定される。


「おお……、ボールか」


 二塁ランナーの紗愛蘭は呻きながら帰塁する。彼女の位置からは投球の行方がよく見えるので、オレスが見送った瞬間は思わず息を呑んだ。


(……大丈夫。オレスは必ず打つ。私はどんなヒットでも還れるよう、二次リードをできる限り多く取るんだ。特にスローボールの時はチャンスだぞ)


 カウントはツーボールツーストライク。今の一球でバッテリーは初めてオレスにツーシームを見せたが、他にも見せていない球種は残っている。この後それが使われるのか、それとも……。


(今のツーシームに手を出さないのか。悪くてもファールになるかと思ったけど、ここら辺が普通のバッターは違うところだな。それが分かってるからこうして色々と策を講じてきたんだ)


 乃亜は亀ヶ崎との対戦を迎えるに当たり、紗愛蘭とオレスの二人がキーマンになると考えていた。この二人を試合のターニングポイントで抑えられれば自分たちの勝つ確率が跳ね上がる。その読みは的中し、紗愛蘭をチャンスの場面で尽く抑えてリードする展開に持ち込んだ。三度目こそタイムリーを許したものの、もう一人のキーマンであるオレスを打ち取れば勝利できるところまで来ている。


 対するオレスは改めてどっしりとバットを構える。追い込まれてはいるものの、一度見た球種に関しては打ち返すイメージはできている。


(ツーシームの他にもまだ投げていない球種がある。ただどんな球が来ようと打つ。それができるようにひたすら練習してきたんだ)


 イギリスにいた頃も、日本に来てからも、孤独な時も、仲間の存在がある時も、オレスは(たゆ)まずバットを握り続けてきた。その努力はこの瞬間のためにあるのか。彼女は運命の六球目に臨む。



See you next base……

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