10th BASE
二回裏、ツーアウトから九番の狭山がヒットで出塁する。
《一番ファースト、一柳さん》
二巡目に入った羽共は一番の一柳が打席に立つ。先ほどは追い込まれながらもインコースのストレートを引っ張って二塁打を放った。バッテリーはそうした長打を警戒し、アウトコースのカーブから入る。
一柳は初球から打ちにいくが、バットには当たらない。見るからにタイミングが狂わされていた。
(一打席目で打ってるのもあって真っ直ぐを狙ってるのかな? もう一球カーブで様子を見てみるか)
二球目。菜々花の配球に従って投じられた真裕のカーブは、内角から真ん中低めへと変化していく。バッテリーは一柳の狙いを外して二つ目のストライクを取りにいく。
ところが一柳はほぼ完璧にタイミングを合わせてスイングする。彼女のバットが捉えた打球はショートの遥か上空を越えて外野に弾み、左中間を真っ二つに破った。そのまま女子野球用に設置されたフェンスまで到達する。
一塁ランナーの狭山は打球の行方を確認しながら二塁を蹴る。彼女の進む先では、三塁ランナーコーチが右手を思い切り回していた。
「……まずい。バックホーム急いで!」
菜々花が危機迫った声で叫ぶ。狭山は三塁を回り、本塁に突入してくる。
「ゆり、こっち!」
クッションボールをセンターのゆりが処理し、中継に入った京子に返球する。京子は外野とショートの定位置の中間付近から投げる遠投となるが、天然芝にスパイクの歯を深く噛ませて踏ん張り、強い送球を菜々花の元までワンバウンドで届かせた。
狭山が足から滑り込み、右手でホームベースに触れる。一方の菜々花は彼女の左肩にタッチする。どちらが早かったか。
「セーフ、セーフ!」
紙一重のタイミングながら、球審は大きく両手を広げた。狭山が一塁から長駆ホームインする。
「ボールサード!」
このクロスプレーの間に打った一柳が三塁を陥れようとしていた。オレスに呼ばれた菜々花はすぐさま立ち上がって三塁に投げる。
「アウト。チェンジ」
こちらはアウトとなる。しかし一柳の二打席連続二塁打はタイムリーとなり、羽共に三点目が入る。
「ああ……」
本塁後ろをカバーしていた真裕は、セーフの判定が下された瞬間、思わず膝に手を付いてしまった。エースとして常に前向きな姿勢を見せようと心掛けている彼女にしては非常に珍しい。それだけショックだったということだろう。ツーアウトランナー無しから、更に長打を打たれてはならないと用心していただけに、この失点はダメージが大きい。
その後すぐ顔を上げて三塁のアウトを見届けた真裕だったが、チェンジになると分かっていても暫し動き出すことができなかった。菜々花から声を掛けられて漸く引き揚げる。
「チェンジだよ。ベンチに戻ろう」
「うん……。ごめん、絶対に次の一点はやれなかったのに」
「謝らないで。初球の空振りに騙された私の責任だよ」
「いや、一柳さんは本当にカーブを待っていなかったと思うよ」
「え?」
菜々花が眉を顰める。真裕はマウンドから何か感じ取ったことがあるようだ。
「おそらく一柳さんは狙い球なんて決めていない。打てると思った球をどんどん振って、それが甘いコースに来たら確実に捉えてるだけなんだ」
「だけって……、じゃあ、特に何も考えてないってこと?」
「悪い言い方をすればそういうことになるね。多分一柳さんだけじゃない。羽共打線のほとんどがそうしてるんじゃないかな」
「言われてみれば……」
実際ここまでを振り返ってみると、乃亜以外は真裕の推測が当たっているように思える。決して菜々花のリードが読まれているわけではない。羽共は各打者が自分の打てると思った球を果敢に打ちにいき、その中で一柳に良い結果が出ているのだ。そしてこれは攻撃面だけではない。美久瑠の投球にもある程度共通していると真裕は考えていた。
「渡さんの投球にしてもそうだよ。基本的には真っ直ぐをどんどんストライクゾーンに投げていってる。真っ直ぐが変化してるからできるのもあるんだろうけど、心を読めるって噂に対して私たちがあれこれ考え込むのを見越して、そこに付け込んでるんだ」
「なるほど……。じゃあ私たちは相手がどうのこうの考える前に、自分たちのできることをやって、打つ方も守る方ももっと大胆に攻めなきゃいけないってことか」
「現状はそうだと思う」
「菜々花! この回先頭でしょ。準備しなくて大丈夫?」
「あ、やば」
ベンチにいたチームメイトに指摘され、菜々花は急いで打席に向かう支度をする。真裕は攻撃前の円陣に参加し、菜々花と話した内容をチームメイトに伝える。これが反攻のきっかけとなるのか。
《三回表、亀ヶ崎高校の攻撃は、七番キャッチャー、北本さん》
三点差を少しでも縮めるため、まずはランナーを出さなければならない。とにかく菜々花には出塁が求められる。
(あれこれ考えず、私のやることは一つだけ。真っ直ぐが打てるゾーンに来たら、引っ掛けてゴロにならないよう注意してバットを振り抜くのみだ)
初球、美久瑠の投じたストレートがアウトコースに来る。菜々花は手元での変化に対応するため、ボールのやや下を叩くイメージでバットを出して打ち返す。
「セカン!」
ライナー性の打球が二遊間の真ん中に飛んでいく。球足は然程速くなかったものの、どの野手も追い付けずセンターの前に弾んだ。
「やった」
一塁に達した菜々花は小さく右の拳を握る。好球必打が実った一打に、彼女は手応えを覚える。
(三点リードで余裕があるのかもしれないけど、真裕の言ってた通りストライクゾーンに集めてきてるのは間違いなさそうだな。このスピードならどのコースに来てもある程度は反応できるし、これを繰り返していけばきっと得点に繋がるはずだ)
亀ヶ崎は二イニング連続でノーアウトのランナーが出た。打順が下位から上位に回っていくこと、先ほど同じシチュエーションで併殺になってしまったことを踏まえ、今回はバントでランナーを進めようとする。この回に一点でも返して悪い流れを早く断ち切りたい。
「美久瑠、ファーストで良いよ!」
次打者は初球で送りバントを決めた。ワンナウトランナー二塁とこの試合初めて得点圏にランナーを置き、九番の真裕に打席が回る。
See you next base……