予想外の来訪者
「こんばんは、鈴さん。またお会いすることができて嬉しいです」
美少女は、人好きのする笑顔で、私に挨拶する。
「……こんにちは、さくらさま」
私も笑顔で挨拶を返したところまでは良いが、あまりの事態にそのままゆっくりと襖を閉めてしまった。
「黎、なにこれ? どうなってるのよ!」
黎は、何も知らないと首を振る。
「おかあさんが『今日はちょっと珍しいお客さまがいらしてるのよ』って言ってたのってこのこと? ちょっとどころか、めちゃくちゃ珍しいお客さまなんですけど!」
「鈴、落ち着いて。聞こえちゃうよ」
黎に言われて、少しだけ落ち着きを取り戻す。
「というか、あんなお嬢様がなんで花街なんかに一人で踏み込んでるのよ! ……どうしよう、このままじゃ私、御令嬢の婚約者だけにあきたらず、御令嬢本人まで誑かしている、なんて言いがかりをかけられそうだわ」
「まあ、なにか事情があるのかもしれないし。一人で放っておいたらかわいそうだから、話だけでも聞いてあげたら?」
確かに。四日前に町をさまよっていたように、なにか事情があるのかもしれない。
気を取り直して、もう一度襖を開く。
「さくらさま? 本日はどういった御用件で私を訪ねていらしたのか、教えていただけますか?」
「あなたに、会いたいと思って」
どういうことだろう。困惑しか浮かばない。
「なぜ私に会いたいと言うのでしょう? しかもお一人で来られたように見えます。ご家族の方に心配されませんか?」
「……いいえ、その心配はありません」
いや、大ありだろう。私はゲームを通じて、彼女の両親——特に父親が、どんなに娘思いなのか知っている。
だって、鈴の破滅末路のうち半分は、主人公の父親によって手が下されたものなのだから。……ちなみにあとの半分は、攻略対象によるものである。
そんなことを考えていたら最悪の未来を想像してしまい、身震いしてきた。
「いいえ、お帰りください。ここはあなたが来るような場所ではありません」
「どうかお願いします。あなたと、話がしてみたいのです。……私は、世界を見てみたいのです」
彼女は一体何を言っているのだろう。
「世界を見てみたい?」
「はい。あなたのように私と違う人生を歩んできた人は、何を見て何を思うのか、私は知りたい」
なんだその理由は。
「私ではない方でもよろしいのでは?」
「あなたが良いのです。……あの人が気に入ったあなたが良い」
彼女は静かに、でも力強く私に訴える。
「それに、あなたは私に不幸になってほしくないと言いました」
——言った気がする。
「学ぶことは、身を助けると言います。不幸にならない第一歩かもしれません」
「そのまま過ごしてくだされば、不幸にならないようにいたします」
だから、どうかこれ以上深く関わらないでほしい。
抱えるものが多くなればなるほど、私は身動きがとれなくなる。
「未来のことなんて、誰にも分からないものです。……変なことを言うと思われるかもしれません。でも、私はあなたと初めて顔を見合わせた瞬間、自分の人生がようやく動き始めた気がしたんです」
私が、黎や朱雀に初めて会ったときに感じた衝撃のようなものを、彼女も感じたのだろうか。
「この運命のような直感を、気づかなかったことにするのは、あまりに惜しい。どうか、私にあなたの世界を見せてください」
「……それは、具体的には私にどのようなことをして欲しいとおっしゃっているのですか?」
「こうして時々会いに来させていただきたいのです。それから、私とお友達になっていただけたら、嬉しいのですが」
どうしよう。絶対に乗らないほうが良いはず。
私の保身のために。それからあなたの幸せのためにも。
ああ、でも、前世であんなに推していた主人公の願いを叶えてあげられるかもしれないのだ。
黎の方を向けば、彼は「絶対だめ」と言いたそうな表情で首を横に振っていた。
——ごめん、黎。
「……分かりました。私でよければ、さくらさまとお友達になりましょう」
「本当ですか! ありがとうございます。どうぞ、私のことはさくらと呼んでください」
「でしたら、さくらさんとお呼びいたします」
主人公と悪女が友人になるなんて、ゲームの強制力もあんまり大したことがないのかもしれない。
——美少女のお願いって断りにくくて困るわ。
「お友達にはなります。でも、花街にいらっしゃるのはおすすめしません。きっとご家族の方が心配します」
「いいえ、ですから、その心配はないのです。だって私の両親は…………とにかく、本当に大丈夫ですから、心配しないでください」
誤魔化されてしまった。
なにか事情があるのだろうか。追求しないであげるべきだろう。——鈴の末路的には重要な部分な気がして、とても怖いけれど。
「分かりました。追求しないで差し上げます。でも、お友達にお金を出させるのはやっぱり気が引けるので、出来る限り別の場所で会いましょう」
「ありがとうございます! 分かりました。できる限りそうします。……あなたのような綺麗な人とお近づきになれるなんて嬉しいです」
美人に綺麗と言われても、返答に困ってしまう。
「あなたの方がよほどお綺麗だと思います」
よくあるお世辞ではなく、本心からこの言葉を返す。
「そんな……でも嬉しいです。ああ、そういえば私、今日はそろそろ帰らないといけないんです」
彼女は思い出したように言う。
「そうなのですか?」
「はい。というか、そろそろばあやに私が抜け出していることが気づかれそうです」
それはいけない、ぜひ早く帰ってほしい。——私の破滅回避のためにも。
それからすぐに、彼女はにお座敷をあとにした。
「道は分かりますか?」と聞いたら、「迎えがあるので」とのことだったから、どこかで迷うということはない、と信じたい。
「何考えてるの、絶対危ないでしょ。あぁ、どうしてくれるの」
黎が無表情で私に詰め寄って来る。
「ごめんなさい……推しの頼みには抗えなかったわ」
私は弁解もできず、ばつが悪い気持ちで曖昧に笑って見せた。
「彼女が花街に通っていることがご両親に気づかれたりしたら、鈴はどうなると思う?」
「分かってる。承知の上よ」
「せっかく主人公への説明も済んで、この先平穏に暮らしていけるかもしれないはずだったのに」
「でも、私とお友達になりたい、なんて言うんだもの」
黎、美人の無表情ってとっても怖いから、そろそろやめて欲しいわ。
「大丈夫よ、黎には何の迷惑もかけないから」
「そういう問題じゃないんだけど」
ああ、どうやら怒らせてしまったみたい。
それから置屋へ戻る間、彼は一切口をきいてくれなかった。
◇
——迷惑はかけない、なんて言ったけれど、思い返せば既に迷惑かけまくっている気がする。
「ねえ、ごめんなさい。私が悪かったわ」
彼の自室の襖の前に行くと、声をかける。
「黎にだって影響があるかもしれないのに、良く考えずに返事をしてしまったと思う」
さっき入っていくのを見たから、絶対にここにいるはずなのに、返事がない。
まさか、この一瞬でもう寝たなんてことはないだろう。
しばらく——恐らくは一時間ほど、私はその場所から動かないでいた。
廊下を通り過ぎる姐さんたちが「あら、珍しいわね、喧嘩?」と全員が全員声をかけてくる。笑って誤魔化すけれど、もしかして、これは本当に喧嘩なのだろうか。喧嘩なんて思い返しても滅多にしたことがないから、私は今なかなか珍しい状況に陥っているのかもしれない。
もう諦めて戻ろうか迷い出したその時、
「……鈴」
声が聞こえて、顔をあげる。
黎は私がまだ廊下に居たことに気づいていたらしく、襖を開いた。
「……そこにずっといたら寒いんじゃない? とりあえず入ったら?」
黎に促され、彼の自室に踏み入れる。
「あはは、ちょっと危機感なさすぎない?」
彼は、私を振り向くとおかしそうに言った。
……笑ってるくらいだし、少しは怒りもおさまったのかもしれない。
昼間はよくお互いの自室を行き来するから、何度も見慣れた光景だが、布団が敷いてあるとそれだけで少し違和感を覚える。
「本当に反省してるわ。考えなしだった。今までだって黎には迷惑ばかりかけてきたし、私の事情に巻き込んでしまっていて申し訳ないと思っているの」
彼は少しの間なにも言わず、返答を迷っているように見えた。
「……許してあげてもいいけど、僕のお願い聞いてくれる?」
主人公の願いを聞いたのだから、自分の願いも聞いてくれということだろうか。
「もちろんいいわよ。私が叶えてあげられる願いなら、なんだって聞いてあげるわ」
「……じゃあ、一緒に寝てよ」
黎はそう言うと、敷かれた布団へと目線を移動させたのだった。




