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転生したら和風乙女ゲームの世界で攻略対象を誑かす悪女になっていました  作者: 風待紫翠


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5/12

葛藤

「……じゃあ、一緒に寝てよ」

 黎はそう言うと、敷かれた布団へと目線を移動させる。


「え、それはちょっと、さすがに……」

 予想外すぎるお願いに、驚いてしまう。


「できることならなんでも聞いてくれるんでしょ?」

「これは、できないことに含まれるのでは……?」

「昔できたんだから、今だってやろうと思えばできるでしょ」

 彼は話しながら、私との距離を少しずつ詰めてくる。


「昔って……私たちせいぜい十歳頃には一緒に寝ることなんてなくなってたと思うわ」

「そうだったかもね」


「あの、私たちもう十七歳だと思うんだけど?」

「そうだね」

 私は何とか回避する方法を見つけようと、必死に頭を巡らせた。


「というか、仮に私が今ここで寝たとしたら、私たち二人とも明日おかあさんに怒られることになる気がするのよ」

 ——この年齢で一緒に寝たら、あらぬ誤解を生みそうだわ。


「許して欲しいんじゃないの?」

 黎は冷たい声で尋ねた。


 ええ、どうしよう。

 というか何でも聞くと言われて頼むことがこれなの?

 人肌恋しいのかしら?


「ちょっと怖いんだけど。何よ、急に。もっと他に頼み事ないわけ?」

「……聞いてくれるの? 聞いてくれないの?」


「まさか私相手に変なことするつもりじゃないわよね……」

「さあ?」

「ええ、なんなの、今日機嫌悪いわね。……私のせいなんだった」

 明日は黎が休みだったから、私も休みをとって二人で過ごそうと思っていたのに。

 このまま喧嘩したままだとそれもできそうにないから、できるなら今のうちに仲直りしておいてしまいたい。


「……いいわよ」

「本当に危機感ないね」

「そっちがしてって言ったんでしょう? なによ、ふざけてるの?」

「ううん、ふざけてないけど」


 黎はさっさと自分だけ布団に入り込むと、私を手招きする。

 はあ、だめだ。何を考えてこんなことを言っているのか分からない。


 もう考えるのを放棄してしまおう。今までだって時々彼はよく分からないことを口にすることがあったし、きっとこれもその一環なのだろう。




 私が葛藤を捨てて、諦めとともに黎の布団に入ると、彼は私を抱きしめてきた。

「……ちょっと、くっつかないで。腕、邪魔なんだけど」


 返事がない。

 ……もうあきらめて、よほどでない限り好きにさせておくことにしよう。


 しばらくすると、黎は、

「鈴、僕はこれまで一度も鈴に迷惑かけられたなんて思ったことないよ」

 と呟いた。


「……かけてるわよ。というか、それくらいは思ってくれてないと、私が困るわ」

「思わない。……ただ、心配なだけ」

「心配?」

「そう、鈴が心配なだけ。ゲームの強制力とか鈴がとった行動とかで僕がどうなろうと別にどうでも良いけど、鈴には笑っていて欲しいから」


「優しいわね」

 彼は何も言わずに、私を見つめている。


 ああ、かわいそうに。このままでは、あなたは私なんかよりもずっと悲惨なことになりそうだわ。


「黎。明日はお休みでしょう?」

「……うん、そうだけど」

 それがどうかしたの? と黎は尋ねる。

「私もおかあさんに言って、明日お休みを取ったの。どこか行きたいところはない? せっかくだから、二人で過ごしましょう?」

「いいの?」

 目線がぶつかる。


「もちろん。……なんだか眠くなってきたわ。私、もう寝るわね。どこ行きたいか、考えておいてね」

「おやすみ、鈴。……覚えててくれたんだよね、ありがとう」

 私が忘れているなんて思っていたのかしら。


 ああ、なんだか暖かくて良く眠れそう。——明日のおかあさんのお説教と、姐さんたちの冷やかしは、考えるのをやめてしまおう。




「……うわ、びっくりした」

 目覚めた時に、目の前にお綺麗な顔があったときの驚きといったらない。


「おはよう、鈴」

 黎の方はといえば、いつから起きていたのか、じっと私のことを見つめていた。

「……おはよう」


 まだ皆が起き出すには、少し早い時間だろうか。

 おかあさんに見つかる前に、自分の部屋に戻った方が良いかもしれない。


「黎、私身支度をしに行きたいから、離してくれる?」

「まだ早くない?」

「考えて、黎。この状況を姐さんやおかあさんに見つかったら、無実を証明するのに半日かかるわよ。時間がもったいないじゃない」

「無実を証明って……悪いことでもしたかのような言いようだね」


 彼の呑気な言葉に少しだけ苛立ちを覚える。

「十七歳で異性と一緒に眠るのを悪いことじゃないとでもお思いで?」

 私が冷たく言い放つと、

「ごめんなさい。僕が悪かったです」

 という返答がすぐに聞こえた。


 黎の腕にようやく解放されたため、私は起き上がると大きく伸びをする。


 それを見ていた彼もやがて起き上がると、布団を畳んでしまおうと手をのばしていた。

「どっちもどっちね。黎が悪いなら、私も悪かったんだわ」

「誘ったの僕だし」

「自覚があるなら、これからしないことね。……なんでもすると言った私も私だけど」


 というか、なぜ唐突に思いついたお願いが私と一緒に寝たい、だったのかの方が地味に気になってしまう。

 特になにかされたわけでもなく、本当にただただ一緒に眠っただけだった。——彼は私を困らせたかったのだろうか。


「黎も準備しといてね。朝ごはん食べたら出かけましょう」



     ◇



 朝ごはんを食べ、おかあさんに挨拶をしてから、私たちが繰り出したのは元城下町だった。


「目的もなく自由に遊びまわれる休日なんて久しぶりだわ」

「そうだね。またしばらくしたらお祭りにむけて忙しくなるだろうし、この辺で一回休みがもらえて良かったんじゃない?」

「そうだった……お祭りの時期は気が狂うように忙しいもの。遊べるうちに遊んでおかないと。黎と久しぶりに一緒に出掛けられて嬉しいわ。それで、黎は一体どこに行きたいの?」

「食べ歩きでもしない? 甘味処に入るのも良いと思うけど、鈴はどっちがいい?」

「黎って甘いもの好きよね」


 黎にわがままを言いたい時には、お菓子を与えておけば丸めこめることが多い、というのは本人には伏せておく。

 もっとも、疲れているときには自ら甘いものを探してさまよっていることもあるので、彼も自覚はあるのかもしれない。


「どっちでも良いからお任せするわ」

「そう? じゃああの通りの屋台行きたい」

「良い匂いね。どれも美味しそう」

 屋台が並んだ通りは、町の人たちでとても賑わっている。

 夜の花街とは違った賑わい方で、見ていて楽しい。


「あ、あのお菓子、こないだおかあさんが買ってきてたやつだ」

「本当だ。私も黎も忙しすぎて食べそびれたの、悔しかったわ」

 他愛ない会話を交わしながら、目に映る屋台を巡ってゆく。




「……さすがにこのくらいにしておかないと太りそう」

 数時間後、私はギブアップを申し出た。

 同世代の女の子たちの中では結構食べる方である自覚がある私も、後のことを考えるとこのくらいでストップしておきたい。

「そう?」

 次の屋台へ足を向けかけていた黎が立ち止まった。


「黎はよく食べるわね。なんでそんな細いのよ。羨ましいわ」

「あはは、食べた分動けば良いだけでしょ」

 笑うなんて酷いわ……


「私も動いてるつもりなんだけど」

「別に太ってないと思うけど」

 褒め言葉には成り得ない台詞をかけられる。


「……それはどうも」

 私は体重計という発明品がないこの世界に感謝すべきかもしれない。多少の増減なら本人すら気づかないでいられる。——逆に考えれば、自分自身が体重の増減に気づいたときには確実に他の人も気づいているということでもあるのだけど。


「じゃあその辺の小物屋でも周ってみる?」

 黎の言葉に、「それもいいわね」と頷いて答える。

「女の子のショッピングなんて長くて退屈よ。頑張ってね」

 と冗談めいて言ったら、

「さあ、鈴の場合はどうだか」

 と呆れたような返事が返ってきた。



     ◇



 夕方になり、少し寒くなってきた時間帯、私たちは置屋へと帰り着いた。


「結局いつもこうなるよね……」

「本当、なんでかしら」

 私たちの視線は本日の購入品に向けられている。


「女の子のショッピングは長くて退屈、なんじゃなかったの?」

「世の女の子がどうやってあんなに長時間買い物を続けられるのか、教えて欲しいわ」

「何事も効率重視の鈴には無理だと思う」

 どうやら憧れのショッピングには素質がなかったらしい。


「結局買ったものといったら、姐さんたちが切らしてた化粧品に、妹たちが欲しがっていた雑貨に、おかあさんが今度ついでで買ってきてと言っていた石鹸……」

「もっと自分自身にお金を使う方法を学んだら? 欲しいものとかないの?」

「欲しいものを買った結果がこうだったんだから、仕方ないじゃない……」

 店で商品を見ていると、置屋の皆のことを思い出してしまうのだから困ったものだ。




「二人とも帰ってたの」

「おかあさん、ただいま戻りました」

 花街は今からが忙しくなる時間帯だ。

 たすきを結びながら、せわしなく動いていたおかあさんは、私たちに気がつくと声をかけてくれた。


「あの、これ」

 黎が畳に並べられていた購入品の中から小さな箱を手渡した。

「あぁ、切らしてたのよ、石鹸。ありがとう……二人とも結局おつかいみたいなことしてきちゃったの? せっかくの休日だったのに」

「気づいたらこうなっていて……」


「いつものことね。じゃあ、いつもついでに休日のところ悪いんだけど、手間取っているらしい妹たちの様子を見に行ってあげてくれる?」

 台所の方から、何かが割れたような音が聞こえてくる。


「鈴姐さん! 助けてください! 」

 ちとせの切羽詰まったような声も飛んできた。

「ああ、嫌な予感がする」

 私が小さく呟くと、おかあさんは夕食の食器を下げながらくすくすと笑い出した。




「私たち、今日休日のはずよね」

「うん……」

 ただでさえせわしないお座敷前の時間帯は、今日は輪をかけて忙しくなってしまった。

「皆で共同生活している限り、休日なんてあってないようなものなのよね。もはや日常が仕事というか。……トラブルってどうして一つ起こると、いくつも連続して起きるのかしら」


 ほんの数刻前には騒がしかった置屋も姐さんたちは皆お座敷に行き、小さな妹たちは就寝してしまったせいで、とても静かに感じる。

「とにかく、お疲れ、鈴」

「ありがとう、黎もね」


 そろそろ自室に戻ろうかと思い、立ち上がりかけたその時、

「……鈴」

 黎に呼び止められてしまった。


「どうしたの?」

「もう寝るの?」

「そうだけど。黎もそろそろ寝た方が良いんじゃない……待って、何言うつもり? 私今日は自室で寝るから」

 まさか、と思いながら、恐る恐る返事を待っていると、黎の笑い声が耳に届いた。


「やだ、何がおかしいのよ。酷いわ」

「だって……もうしないよ、本当に。昨日はちょっと僕もどうかしてた。ごめんってば」

「はあ、もう。良いわよ、別に。それで?」


「これあげる」

 そう言って彼が手渡したのは簪だった。


「簪? きれいね」

 一見シンプルに見えて細かな意匠が凝らされている。淡い青色の玉簪に銀の装飾が付けられていた。


「私にくれるの? なんで?」

 ……正直これはちょっと色々邪推してしまわざるを得ない。

 どっかのお座敷で別の置屋の女の子に貰ったものだったりしないかしら。


「似合うだろうと思って」

 なんだその理由は。

「……珍しいわね」

 彼の本当の意図がどこにあるのか分からない。


 黎は私の手から簪を取り上げると、そのまま私の髪をまとめ上げた。

「やっぱり似合うね」

 満足そうに微笑むと私を見つめてくる。

「ありがとう……」


「どこで買ったの?」

 貰ったものについていろいろと質問するのはあまりお行儀が良いとは言えないけれど、私たちの関係性なら別に良いだろうと思い、気になっていたことを聞いてみる。

「今日屋台で」

「いつだろう、気づかなかったわ」

「鈴が石鹸選んでたとき」

 言われてみれば、確かにあの屋台の隣は簪や櫛を置いた雑貨屋だったかもしれない。

「なるほどね……」


 言うべきか言わざるべきか迷いつつも口を開く。

「私は良いけど、あんまり他の女の子に気軽にしない方が良いと思うわ」

 この世界では男性が女性に簪を贈るのはほぼイコールでプロポーズの意であることが多い。

 おそらく黎も承知の上だろうから、深い意味はないのだろうけれど。

「鈴なら良いでしょ」

「まあ、良いけど……」

 変な勘違いはしないし。


「もっと自分のことを大切にして、どうか。もし鈴がいなくなってしまったら、僕はどうすれば良いというの」

 少し低い声で、彼が呟く。

「私は自分のこと十分大切にしているつもりよ」

 相変わらずちょっと重いんだよな、と思いながら、そこには触れずに答える。


「全然大切にしてない。口ではそう言いながらとてもお人よしなんだから」

「そうかしら? 皆こんなものだと思うけれど」

 ゲームのわたしに比べれば人当たりが良い性格である自覚はあるが、お人よしとまではいかないだろう。


「皆もっと自分のことばっかりだよ」

「黎も?」

「うん」

 へえ、それはちょっと意外かもしれない。

 黎は私よりよっぽど面倒見がよく、周囲の人といざこざを起こすような話も聞かない。


「僕は鈴が幸せでいられれば、あとはどうでも良い」

 ——だから重いってば。


「それは、自分のことではないと思うけど」

 わたしの幸せを願っている時点で、自分のことが抜け落ちているのに気づいていないのだろうか。

「……自分のことだよ、きっと」

 私がそれに返事をするより前に、彼はさっさと襖を開けて廊下に出て行ってしまった。


「黎、おやすみなさい。今日は久しぶりに一緒に遊べて楽しかったわ」

 彼は襖を閉めながら振り返ると、微笑んで去って行った。




 自室で黎にまとめられた髪をほどいてゆく。

「高かったんじゃないかしら」

 今まで気まぐれのように物を贈り合ったことはあれど、ここまで高級そうなものを貰うのは初めてだった。


 どうしたものかと思う。




 はやく、終わらせなければ。

 いつかは絶対に訪れる終わりを待つより、自分から終わらせてしまった方が苦しまずにすむ。


 分かっているはずなのに、できないのはどうしてだろう。


 本当は嫌われたくない。ずっとこのまま一緒にいたい。

 ほら、やっぱり私は自分のことばかりの人間だ。

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