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魔法の木エニシダの香り  作者: 文乃木 れい
慧の目にうつる世界
50/50

写真展

「ひなぎく園の歩み」 っていう写真展を J銀行のロビーで開催できることになった。

園で撮りためてたスナップの中から展示写真を選ぶのを、希望するおとうさんやおかあさんにやってもらうことにした。

ホールに常時アルバムなどを用意しておいて、役員が交代で当番をすることになった。そういうわけで、このところ慧を早めに迎えに来て 長いこと保育園にいることが多い。

 それぞれのお子さんの写真を撮りにきてもいいですよということにしたので、みなさん時間をみつけて撮りにきている。いい機会だからと、リズム運動をしているときや、給食の時に撮りにきたおかあさんたちもいた。 

それで、そういうおかあさんたちとちょっとでもお話ができるのもうれしい。

 美和さんとも話ができた。風邪でダウンした時に来てもらってからも何度か家のほうで会っている。

 調子がいいときと悪いときがあるようで、先日もご主人の池田健三さんに出会った時にも、

「そう簡単には完治は難しいですわ。」と話していた。それでもさっちゃんとおねえちゃんを連れて買い物にいくところだった健三さんは、とても穏やかだった。

 

 「ねえ、役場ってひどいよ。来年度の入園申し込みをしにいったら退院したんだったらおかあさんが家で保育できるんじゃないですかって言うの。」

今日の美和さんは明るい。


「できませんって言ったら、うるさいのよ。できるはずだって、母親だったら責任もって育てるのが役目だって。 家でこどもを見ていることがあたりまえだ、とかなんとか。」係長まで出てきたそうだ。

「私、『薬飲んでる最中でまだ自分のことだけで精一杯なんだ。』って説明したのにわかってもらえなかったの。主人が行っても。でもね、主人があんなにはっきりと言うような人だと思ってなかった。

妻は家ではきっちりとこどもを見ています。でも24時間は無理なのです。妻には今休息の時間が必要なんです。とか言っちゃって。なんか救われたよ。でも結局国立病院に診断書書いてもらったけどね。診断書もお金かかるし、面倒な話よ。」

そう苦笑して、美和さんはゆっくりと、でもしっかりした足取りで

「ちょっと写真選んでくるね。」とホールに入っていった。


  美和さんの場合は、育児が病気のきっかけになってるかもしれないから、いくら今状態が良くても本人が自信をとりもどすまでは無理ができないと思うけど、それを役場はわかろうとはしないのだろう。美和さんはわりと平気で自分の病気のことを口にするけど、そうできない人もたくさんいるだろう、周りが理解してあげないと取り返しがつかないことにもなる。母親がアンバランスな精神状態でこどもに接することの恐ろしさを、もっともっとわかってほしいと思う。


 高田さんが、庭であひる組に交ぜてもらって遊んでいるあさとりょうに何か話しかけている。

「りょうちゃんもうひとりで遊べるんだねえ、おかあさんのそばから離れられなかったのに。」と言いながらこっちにやってきた。

「そう、もう2歳すぎたのよ。私のことが見えるし、あさこがそばにいるからね。」

「大きくなるのは早いねえ。そうそう、こないだはダウンして大変だったんだって。」

「もう死ぬかと思ったよ。ぐるぐる目が回って。なんにも食べられないし。それこそ死んだように眠って眠ってまる二日間たってふっと良くなったの。あー、帰ってきたーって、そういう感じだった。ものすごく爽快な気分だった。」

「日頃、忘れてんのよね、普通にできてるってことがどんなに有難いことか。」

「ほんとに健康って有難いって身に染みた、今回は。」

「私、かんたの写真撮りにきたの。」そういえば大きいカメラを手に持っている。

「かんたがこま回しがいいっていうので、それをとろうかと思って。」

庭で走り回って遊んでいたかんた君たちに高田さんが何か言うと、何人かが教室に入り、また手に手にこまを持ってでてきた。

「これはやらせだわ」と高田さんは、照れくさそうだった。



慧の写真はどうしよう。まだ決めていなかった。

仕事で写真を撮りに来るどころではない父母が多い中で、園で慧の写真を撮ることが、気がひけるということもあって、でも、アルバムでは なかなか慧ひとりの良い写真がみつからなかった。

洋は

「そう凝らんでもいいがな。保育園にけいが写ってるのがあればそれでええやないか。」とあきれている。


島先生が「おかあさんちょっと」と呼びにきた。

「けいちゃん見てやって」りょうを連れてホールに入った。

 らいおん組は跳び箱をしているところだった

 このところ家に帰ってから、よく跳び箱の話をしていた。 四段、五段、六段と跳び箱が並んでいて、慧は六段をきれいに飛んでいる。 六段は慧くんとたっくんとまりちゃんだけしか飛べないのよ、いまのところ。という先生の言葉が特別にうれしい。何をやっても習得が遅く、百回やったらってがんばってがんばってみんなにやっと追いついてきた。恐がりでのんびりで運動は苦手なのだと思い込んでいた。跳び箱上手にとべるなんて、びっくり。

そうだ、跳び箱の写真にしよう、けいの飛んでいるところを撮らしてもらうことにしよう。




 土曜日の午後、J銀行のロビーに父母の会の役員が集まった。

いよいよ明後日から写真展が始まる。今日はその準備作業。

 それぞれの子供の写真は親が選び、保育園の生活や、行事などの写真は保母さんが選んだ。

 四つ切のパネルのしこどもたちの写真は、季節の順番に並べた。

満開の桜の下でのお弁当を食べてる子、収穫した野菜を自慢してる子、お絵かきをしている子、どろんこすべりで真っ黒な子、リズム運動で躍動している子。。。

日々の散歩、コマ回し、跳び箱、縄編み、たけうま、思い出はつきない。

園の児童31人がそれぞれ最高の顔をして並んでいる。


慧の3年間がフラッシュバックしてきて圧倒されそうだった。みんなも同じ心境だったのだろう、黙々と作業した。

 

最後に、一番大きいひなぎくの園舎の写真を正面の目立つ所に飾った。

三方の壁に、三十一人の子供たちを丁度見守っているような位置だ。


垣根に咲き乱れるエニシダが美しいひなぎくの写真。

みんな、しばらく写真の前で動くことができなかった。


                 おわり


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