12‐ 観測者の存在
アイリーは心を理性で押し潰して体にしみついている手順に身を委ねた。
今やるべき事は判断材料を搔き集める事だ。
ジューリアの遺体に顔を近づけ、腐敗の様相を観察し、銃撃以外の外傷を探す。
視るべきものをすべて見たと体が納得したところで、次の犠牲者に近づき観察を始める。
通路の両側にある店舗の中には生存者がいるが通路へと出る自動扉は強制施錠されている。アイリーは無人の通路の中を黙々と歩き回った。
20人全員分の遺体を見て回ったところでアイリーは違和感を覚えた。
遺体は全て心臓への一撃が致命傷となっている。
頭部を破壊しなかったのは各人のナビゲーターに最後の瞬間まで記録させるためだ。
クラリッサの意図をアイリーは正確に理解している。
発症した者は体の前面から撃たれている。アイリーへと歩み寄ろうとしていたためだ。
未発症の者はその場から逃げようとして背後から撃たれている。
両者は混在しているが発症した者はジューリアの遺体を中心に同心円の範囲に分布して絶命している。発症は円形に広がったのだろう。
だが一人だけ、アイリー達から最も離れた場所にいながら前面から撃たれて絶命している遺体があった。壁に残された衣服片と揮発せず残った血痕から、壁を背にしてアイリー達の様子を見る様に立っていたと想像できる。
『リッカ。この人物が撃たれる瞬間の映像はある?』
『防犯カメラに残っているよ』
アイリーの視界にその時の映像が通信窓の中で再生される。
リッカが瞬時にその映像を入手できたのはアイリー自身が本部のシステムに連結する裁量を持つ事故原因調査室特別調査官という肩書あっての事だ。
映っていたのは流行の外出着を着た観光客だった。
銃弾による惨劇が目の前で展開されながら、逃げる様子もみせずにアイリー達の方向を凝視している。
『この振舞いには違和感を感じる。リッカ、この人物のフロア内での動きを逆にたどる事は出来る?』
『どれくらいの時間?』
『俺がこのフロアに降りてきて、ジューリアが俺を見つけたであろう時刻まで遡って』
『やってみるね』
『その時間内に、この人物と接触したかすれ違った人全員分の過去も辿ってみて欲しい。ビル内に入ってきた時からでいい』
『ビンゴ。ジューリアがアイリーを見つけたすぐ後に無人の非常階段に空間転移してきた人物がいる。犠牲者ともすれ違っている。アイリー、この犠牲者は状況確認の為に利用されたんだと思う?』
『可能性はある』
『アイリー、この犠牲者とすれ違った人物だけどね』
アイリーの視界の中でもう一つの通信窓が開いた。
『たった今この防火シールドの向こう側にいるよ』




