11‐ リッカの説得
リッカがクラリッサへと声をかけた。
『クラリッサ、アイリーに最初に接触した女性は日頃からアイリーの日常を無断投稿している女性の1人。アイリーが今日このフロアに降りてきたのは偶然、つまり』
『日頃のアイリーの情報を得るために常に近距離にいるであろう他の女性達も既に感染している可能性が高いな。確保するわ。ありがとうリッカ』
『…殺すのか?』
『まさか。その前に事件を解決してみせるさ。協力を要請します。アイリー』
その問いにアイリーは沈黙し、クラリッサも返答を促す事なく沈黙を守っている。
不透明な耐火シールドの向こう側で人が騒ぐ声と避難を指示するアナウンスの声が遠く聞こえてくる。
『…… 俺を囮にしていた?』
『囮なら最初の女が声をかけてきた時点で女を確保してこんな被害は出さなかった。ここは第三資源管理局もあるハッシュバベルの本部だぜ? ここで襲撃があるとは想定していなかった。念のために護衛していただけだよ』
アイリーは一歩を踏み出した。
閉鎖された空間内はすでに一定の安全が保障されていると判断したのだろう。クラリッサはアイリーの行動を止めなかった。
ゆっくりと最初の犠牲者、ジューリアの遺体に近づく。
明るい肌と闊達な笑顔を見せた彼女も今は骨格に縮み切った皮膚を僅かに残すだけの姿となっている。遺された髪と服だけが彼女と他の遺体との判別を可能にしている。
アイリーがジューリアの遺体の傍に膝をついた。遺体に触れる事は出来ない。今、この状態を保存し捜査局の鑑定を受ける事が彼女の無念を晴らす事になるからだ。
「…ごめんなさい」
謝罪の言葉は子供のそれの様に純化していた。他に詫びる言葉が浮かんでこない。
今日、自分がこの階に降りてこなければ死ぬ事もなかった人。
自分と話をした事で死が決定づけられた人。
つい数分前まで健康な体をもち明るい笑顔で毎日を過ごし、当たり前に明日を迎える事が出来た人。その可能性の全てを一瞬で奪ったのは、自分。
「ごめんなさい…… ごめんなさい…… ごめんなさい」
『なんでアイリーが謝るの?』
リッカがアイリーと目線を合わせてしゃがむ姿勢で尋ねてきた。
アイリーが信じられないモノをみた様な表情でリッカを見つめる。
『アイリーが今日のランチはチャイニーズにしようと思ったら46階に降りていたよね。職員専用レストランで食事しようとしたら管理局のフロアにいた。そこでジューリア以外の誰かがアイリーに声をかけてきて、やっぱり同じ事が起きていた』
リッカの表情は真剣だった。
『じゃあ、46階で食事をした人たちと管理局の全員は今日死なずに済んだのはアイリーのお陰、アイリーを命の恩人と思ってお礼を言いにこなきゃいけない?一生感謝しつづけなきゃいけない?』
『そんな訳ないだろ、何いってんだリッカ』
『そういうコトよ。アイリーがどこで何をしていたとしても、あっちの勝手な都合で今日アイリーは襲撃を受けたはず。アイリーは被害者だよ』
リッカの言葉はクラリッサにも聞こえているはずだ。
だがクラリッサは口をはさんでこない。
リッカとアイリーの信頼関係を尊重している。
『今日、事件に巻き込まれなかったという結果を得た人に対してアイリーが命の恩人という権利を求めないなら、事件に巻き込まれた人に対してもアイリーが責任を負う必要はない。アイリーが持つべき感情は罪悪感じゃないし自分自身への叱責でもない。暴力に対する怒りだよ』
リッカの真剣な声がアイリーの混乱し拡散し始めていた思考をつなぎ止めた。
気持ちを切り替える事は出来ない。だが、取るべき行動は体が覚えている。




