18‐ 口づけ
「初対面のエレメンタリストに剣で刺されて、ウォービーストに襲われて、死獣に再度襲われて、今度は三度襲われて…… あなた本当に忙しい人ね」
カイマナイナがアイリーの傍らに歩み寄った。全ての騒動の張本人という自覚は微塵もない様だ。アイリーの目の前に回り込んで間近で顔を見つめる。
「厳しい表情。理性の揺らぎが微塵もない冷たい目。貴方ほんとうにイケてるわ。恐怖は感じているのに冷静さを維持している。貴方にもうちょっと苦みがあったら乱暴に抱かれたいと願うくらいに魅力的だわ」
炎を噴き上げた虎がアイリーへと殺到する。
エドワードが数メートル先に停めてあるバイクへと走り出す。今のエドワードは何も武器を持っていない。対抗策を求めての事だろう。
アイリーの五感が暴走とも言える感覚向上を発揮し思考が高速で回転する。
エレメンタリストが全身に損傷を受けた瞬間、操られていた虎は動きを止めた。
今は首だけとなっている彼の頭部を破壊すれば炎を噴き上げて突進してくる虎も瞬時に動きを止めるだろう。エドワードは武器を求めて大型バイクへと走ったに違いない。
自分に出来ることは自分の身を守り数秒を生き延びる事。
カイマナイナがアイリーを見つめながら優しく右手をあげた。
「邪魔しないで」
合計すれば2tに近くなる質量の肉が巨大な力で潰され水分を搾り取られる圧縮音が聞こえた。
殺到した6頭の虎の全てがアイリーの視界から消失している。空間から消失したのではない。見えない圧力に平面になるまで押し潰されたのだ。
「ああ!! 今、驚いているのね? 私の力に見とれた訳ね? いい気分だわ。貴方の命を救ったのは私よスイートパイ」
カイマナイナが嬉しそうに歯を見せて笑いアイリーの開いた胸元に指を当てた。
カイマナイナには見えず、感知する事もできないがリッカが悪霊の様な顔をして彼女の横顔に最接近してガン見している。
「まるで無力で無能だったとはいえ、一応はエレメンタリストだったバルバロイを私達の力を借りずに追い詰めた貴方の頭脳にご褒美をあげるわ」
そう言ってアイリーの胸元に顔を近づけたカイマナイナはアイリーの素肌に口づけをした。尖らせた舌先の感触にアイリーが身震いする。そんな経験をしたことはない。
『はあっ? はあっ? 何こいつ? ってか、はあ!? 』
リッカが実体を持たない自分自身に初めて激怒した様子をみせた。カイマナイナには何の干渉もできないのでアイリーを睨みつける。大きな瞳が半泣きになっている。
『嫌悪感の上昇がまっっったく見られないのは何故ですかっ!? 』
嫌悪感どころか未体験の感覚にアイリーの思考は固まったままだ。
カイマナイナが唇を離した跡、彼女の舌先が触れていた部分の皮膚に小さな紋章が描かれていた。
大人の親指くらいの大きさの紋章だ。何を意図したものなのだろうか。
「イケてる坊やの事を別にしたら今夜は最低の夜だわ。弱いエレメンタリストの醜態を見せつけられたから。でもエドワード? あなたの頑張りにもご褒美をあげる」
アイリーから顔を離したカイマナイナがエドワードに向けて軽く手を振った。




