04- 市外からの奇襲
リーシャとサルマの旅は順調だった。目の前に拡がる小高い丘陵地帯を登り切ればアインガッシュの首都の東端地域が見えるはずだった。
リーシャ達の眼前に現れたのは静かな古都の風景そのものだった。だが街への入り口に異質な建造物がある。枠と扉だけが大地に直立する巨大な門扉だ。一般の建造物ではあり得ない。事故で車が衝突でもしたら、そのまま枠ごと倒れてしまう様な代物を市街地に建造する訳がない。
「アバルキナが能力で出現させた門? 防御のために? 侵攻の情報はもう伝わっている、あるいはもう始まっている?」
サルマが呟いた。リーシャへの質問ではなく自問している風にも聞こえる。リーシャがもつ経験値に正答を期待していないからだろう。
「防御の為に街道を門で塞ぐっていうのはアリエナイと思うっスよ。防御網をわざわざ視覚化する必然性がないっス。ウチなら街道沿いに地雷原を展開するっス。それに侵攻はドローンを使った制空権奪取が最優先っス。あの高さじゃ障害物にならないっス」
思いがけぬリーシャの的確な答えにサルマが驚きの目を向ける。言われてみればその通りだ。サルマは抗争のプロフェッショナルだが軍事に関しては関心を持たぬ素人だ。だがヒントを提示されればそこからサルマなりの考察が拡がる。
「街道は封鎖されたと視覚に訴えるのが目的なら対象は陸路しか移動手段を持たない市民? ……中央政府の民兵軍による侵攻はもう始まっている。そしてその中にエレメンタリストがいる?」
「ウチらじゃ手に負えない状況っスか?」
リーシャの問いにサルマは首を横に振った。不敵にも笑顔を浮かべている。
「民兵軍の中にエレメンタリストがいるのならアバルキナの戦力は対エレメンタリスト戦にリソースを大きく取られる事になる。攻撃ドローンや兵士を積んだ輸送ヘリは確認できない。市街地に火災も発生していない。私達がここにくるまで戦闘車両が移動した痕跡は見つけられなかった…… 敵は単体、あるいは少人数だと思うけど、どう?」
リーシャへの評価を改めたサルマがそう尋ねた。リーシャもサルマの考えに同意する。
「アインガッシュを全滅した廃墟にするつもりならウチらの出番はないと思うっス。でもスラブ‐ハンは他人の財産大好き民族っスからね。適当に都市機能を破壊して金目の物を略奪しまくるフェーズは絶対にあるっスよ。ウチらの出番は多いと思うっス」
車輛の速度が上がった。怖れる様子も躊躇う気配もなく、大門で閉ざされ先が途切れている街道を突き進む。リーシャが全開状態の横窓から上体を外に出し窓枠に腰掛ける姿勢を取った。運転は最初から車輛AIが担当している。リーシャの肩にはロケットランチャーが担がれている。
向かい風がリーシャの前髪を後へと流し、幼い顔立ちが額ごと露わになった。
「ファランクスを選択しないの? 赤ちゃんリーシャ?」
「このランチャーはスラブ‐ハンが北アフリカや中東に流している模造品っス。使用者の背景探そうとしても何も出てこない。政府が余所見しているタイミングを承知している誰かがこっそりデーターを横流しして、何だか身元が知れない誰かが製造して、クズ鉄だと承知で買い取ったクズ鉄業者から何故か破格値でまとめ買いした変人の手に渡った追跡しようのないゴミっス」
「全部その通りよ。上手に装填できたら前に飛ぶ事もあるし着弾角度が良かったら爆発する事もあるというロケット砲よ。リーシャに扱えるの?」
「事故原因調査官としてプレインストールされたスキルじゃムリっス。でもなんか…… 警戒度を上げた状態の非言語記憶の中に…… ウチのママのスキルが入ってるっぽいんスよ。感覚っス」
リーシャの双眸が淡く発光した。
「ママの正体は知らされていないスけど…… ウチのママは爆撃の専門家っス」
「リーシャ? 赤ちゃんリーシャ? いきなり発砲するの? 門を少し避ければすり抜ける位の隙間はあるじゃない、そこを通らないの?」
リーシャの瞳の発光に気付いたサルマが流石に慌てた声を出した。正確な情報が何もないままロケット砲を撃ち込むというのは流石に乱暴に過ぎる。そう思った。リーシャはサルマの問いに質問を返すことで応えた。
「街中で殺気だだ漏らしでオラついてる男がいたとして。男の後ろ頭をいきなり殴りつけたらどんな反応すると思うっス?」
「歩みを止めずに目で威嚇してきたら何かの作戦中、あるいは仕事中のプロ。歩みを止めて本気で殴り返して来たら暇を持て余しているチンピラね…… ああ、門を攻撃することで彼らは誰を敵と認識しているのかを計るつもりなのね?」
「Дa♪」
むしろ楽しそうに肯定の叫びを発してリーシャがロケットランチャーを発射する。幾つもの偶然の結果を意図的に再現して粗悪な模造品が正規品と同じ性能で発射される。ロケット弾が門扉に着弾した。炎と煙が上がる。
損害を確認する前に炎の中から現れたのは岩で出来た毛皮を纏った巨大な虎。長毛を特徴としたシベリア虎の姿をした、岩で全身を鎧った化物だった。一頭ではない。炎と黒煙の中から次々と現れ、リーシャ達が乗る車輛を目指して疾走を始めたのは全部で12頭。いずれも激怒と飢餓で正気を失った目をしていた。
「……チンピラの方だったー!!」
リーシャの声はむしろ歓喜に震えている様にも聞こえた。




