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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第三部: 第三章 アイリーの戦死
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09‐ 東京

 ビルの屋上に二人の女性の姿があった。東洋人の女性だ。着ている服が防弾・耐熱耐酸の特殊戦闘服である違和感が女性の顔立ちの美しさをさらに際立たせている。



 屋上にはぐるりと転落防止用の柵、さらに人の背丈を超す高さのフェンスが囲う様に設置されている。



「立ち入り禁止になっている屋上に転落防止対策が施されている…… このご丁寧さが、いかにも日本って感じじゃねえ? 泥川さん?」



 一人が、隣に立つもう一人の女性にそう問いかけた。泥川、と呼ばれた女が答える。



「丁寧な造りである事が日本製品の特徴ですから…… 体の調子はどうですか?」



 問い返された女が首、肩、両腕、両膝、足首と順に振ってみせる。試してみないとわからんな。と呟くと泥川と呼ばれた女がにこやかに頷いてみせた。



 泥川が一歩を大きく踏み出す。その一足で傍らに立つ女の体に密着するほどの接近を果たす。自分と相手の間に残った僅かな隙間から垂直に右手を突き上げる。その指先は女の両眼を狙っている。



 女が泥川の放つ目潰しを首をわずかに反らせて躱す。同時に肘をL字に固定して背中と肩の動きだけで泥川の腹部へと拳を放つ。泥川が左手でこの拳を叩き落とす様子に抑えこむ。その左手を女がもう片方の手でさらに掴みにかかる。



 女の動きを泥川が肩をぶつける様に阻害し、ひねった体の外側から片足で女の足を踏みつける。女がこの踏みつけも躱すと泥川が放った踵落としは屋上を覆うFRP被膜ごとアスファルトに亀裂を走らせた。



 さらに密着の度合いが増した態勢の中で女が左右から横殴りに泥川に打撃を与えようとする。その打撃を掌で押さえて軌道を変えながら泥川が数歩分を後退した。追撃と迎撃が止まる。この間、僅かに0.4秒。訓練を受けていない人間では目で追う事もできない攻防だった。



「仕上がりはどうですか? 倉山さん?」



 戦闘の興奮も見せずに泥川がそう尋ねた。倉山と呼びかけられたもう一人の女が小刻みな頷きを繰り返す。



「まあまあ、だ。いつもの筐体に比べたら75%の仕上がり、ってトコだな」



「日本の組織強襲には充分すぎるスペックだと思います。確認しますが…… 本局との情報連結は遮断していますね?」



「もちろんだ。情報支援どころか現在地と現在時刻も自分で計算しなきゃ分からない、完全なスタンドアローン状態だ。しかしよく日本製の筐体がすぐ手に入ったな?」



 問いかけられた泥川がウィンクした。倉山は思い出す。筐体を用意したのは国際的な公的機関、国家脅威評価センターの日本支部。泥川はそこで特殊作戦部門にも籍を置いている。



「作戦を確認します。標的はミナミズ・マスカス。スラブ‐ハン双璧新社会主義連邦の対日工作を請け負う組織の実質的責任者です。15階建のこのビルは4階から15階までがその組織が占有しており法的根拠のないまま、不要の衝突を避ける日本政府の忖度から実質治外法権に近い扱いを受けています」



「中で何があっても警察が関与できない」



 倉山の補足に泥川が笑顔で頷いた。



「逆を言えばどんな襲撃を受けても日本の国家権力に援護を要請する事ができない。当然、内部には非合法の武装警備態勢が敷かれていますが…… 所詮は日本国内での有事想定の範疇です」



「ワクワクしてきたなあ。泥川サン」



「……私達は所属不明の日本製ヒューマノイドです。倉山さん。地を出さないでください。装備は大丈夫ですか? 愛用の銃なんか」



「持ち込んでいる訳ないだろ。日本のヤクザ・ファミリーから買った使い捨ての3D出力製品だよ」



「標的の拉致誘拐が作戦目標です。襲撃を悟られる前にビル内を制圧します。通信傍受警戒のため、突入後は互いの通信も行いません」



「3歳児の枕元にクリスマス・プレゼントを置いてくるより簡単な作戦だ。あんたは上の階から、あたしは下から。坊やの枕元で合流しようぜ、サンタ・泥川」



 打ち合わせるべき事はすべて済んだのだろう。屋上の転落防止柵に小さなフックをかけ、極細のワイヤーロープをベルトから吐き出しながら倉山が屋上から地上へと飛び降りた。泥川がビルの反対側から同様にラペリング降下を始める。



 強襲が始まった。



 倉山が最初に目指したのは空調管理室だった。外壁を伝い、同じ階にあるトイレの窓から難なく侵入を果たす。人口密度が極端に少なく、入室してくる者は必ず“使用目的を果たす事”だけに意識を集中させて入室してくる。



「ココの防御がザルなビルでマトモな襲撃対策が取られてるとこは見た事がねえ」



 倉山の口元に笑いが浮かぶ。無事に侵入を果たし空調設備室に到達する。ビル全体への強制通風に切り替え点検口から、然るべき発動場所を自分で判断し致死寸前レベルの催眠ガスを噴出する自走式のガスボンベを放つ。



「あとは警備が濃い方に濃い方に進むだけで標的のところに勝手に辿りつく、と。待ってなよ、アイリー。あんたに刀を突き付けてきたバカ女を日本の公安に狩り出させる。公安へのとっときの手土産を持って帰るぜ」



 今は日本製の筐体に入り込み、東洋人の顔に不敵な笑いを浮かべながら…… 所属不明のヒューマノイド・倉山鳩ことクラリッサが音もたてずに上階へと歩みを進めてゆく。

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