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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第三部: 第三章 アイリーの戦死
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06‐ 裏切り者

 3日の後…… リッカが招かれて出向いた先は侵蝕部隊が揃う仮想空間だった。広々とした室内の手前には長い楕円形のテーブル。奥には3人掛けのソファがある。ソファの傍らには部屋の主が座るためだろう、リクライニングチェアがある。



 構成は定番。設えはモダンレトロに仕上げられた、合衆国の裕福な家庭の応接室だった。アンジェラ、ブリトニー、クラリッサ、ドロシアの4人がそれぞれに離れた位置に座っている。リッカの登場を迎えても視線を合わせることもなく表情を沈ませたまま自分の足元に視点を合わせている。



 片眉をあげて呆れ切った表情をつくり、両腕を平らな胸の前で組んでリッカが問いかけた。



「わたし相手に落ち込んでる演技は不要だけど? なにやってんの?」



「……演技じゃないのよ、リッカちゃん。私達は本当に落ち込んでいるのよ」



 アンジェラの沈鬱な答えにリッカが問い返す。



「高次AIが落ち込むなんてコトあるの?」



「こんなバッドエンドは数十年ぶりだ。あたしもドロシアも“とっておき”の筐体を全損させた。襲撃者の情報もロクに手に入らなかった。警護対象を死亡させた。そして何度記憶を再生させても有効な対策が立てられない。思考が空転したまま結論が出ない状況は…… あたしらにとって最低に落ち込んでいるってコトだよ。リッカ」



 クラリッサの返答にリッカがもう片方の眉もあげてみせた。



「……鼻、ほじっていい?」



「お好きにどうぞ。私達はどんな叱責を受ける覚悟も出来ています。リッカさん」



 リッカに視線を合わせずにいるドロシアに応えず、リッカは小さな鼻の下を伸ばして細い小指で鼻をコリコリを掻いてみせた。鼻の孔はない。



「正直な意見をありがとう? 一番ショックだったのが筐体の損失なワケね? 全損なら何回も経験してきたじゃん?」



「ケタ違いに戦闘力の高い、とっときの一機ってのがあるんだよ。あたしの筐体は足首だけでも一点もののジャイロセンサーが8つ組み込まれていた。だから実現できた挙動ってのがあった。同じものは手に入らないし、全部のセンサーに対応させた反射反応プログラムも書き換えが必要になる。最大戦力の上限が下がった」



「筐体持ちは大変だねえ…… わたしから見たら状況はイッコもバッドじゃないしエンドでもないよ。アイリーは不死ではないし、侵蝕部隊も最強であっても無敵ではない。カイマナイナが裏切ったという想定で立てたプランはきちんと実行されて、アイリーは無事に生きている。アイリーが無事ならバッドなコトは何もないし状況はエンドでもない」



 カイマナイナが行動不能に陥った瞬間、アンジェラとドロシアがアイリーを圧し隠す様な密着警護態勢をとり、司令車とエドワードが前線から撤退する。



 その瞬間にアイリーは視覚と聴覚をアンジェラに同調させながら自身は東フィリピン海洋自治国の王邸へと避難を済ませていた。その後に前線に留まったのは影武者としてアイリーに変身したミサキだ。あの場においてミサキの参戦がなかったのは自分の分身を上手に操る能力をミサキが持ち合わせていないからだった。



「確かに反省点はあると思うよ? あの襲撃者は“アイリーの戦力を削ぐ”と宣言してあの場にいたアイリーを斬り斃した。影武者なのバレバレだったってコトだよね」



「影武者であったとしても警護対象の死亡は私達にとって敗北です。次の襲撃を退ける対策が思いつかない…… 自分達の無力を痛感しています。リッカさん」



「はあ」



 リッカの反応は薄かった。リッカ自身は既に善後策を見極めていたからだ。



「襲撃者の正体を探るヒントは山盛りだったじゃん? 結論から言えばアレは300年前の日本でエレメンタリストに生み出された意志を持つアクティビティ…… ヨラはホモンクルスと自称してたし、ヒャクメはシキガミと表現していたけど呼び名はどうでもいいよ。300年前に日本にいたエレメンタリストを特定するのが最優先でしょ」



 初めて、ドロシアが顔をリッカへと向けた。なぜ、リッカは襲撃者の出自を300年前の日本と特定できたのか。その理由が分からない。



「あの襲撃者が使う言葉はヘンに時代遅れな単語が多かった。エレメンタリストを失礼な単語で罵倒する人は今でもいるし、過去には色々な呼び名が存在したけれど超能力者エスパーという表現をしていたのは1980年前後の日本だけ。それより前の時代は“法力者”や“行者”と呼ばれていたし、当時の合衆国では“ミュータント”と呼ばれていた。そしてエスパーという呼び名を今も使う者はほとんどいない」



「それだけで300年前の日本が出自と特定できるのですか?」



「襲撃者はあの場で“小童こわっぱ”という日本語を口にした。自分より未熟な者を侮蔑する単語だよ。激怒しすぎて思わず母国語が出たんだと思う。その単語も現代の日本では使われていない。そして300年前と今とでは日本語の発音方法も変化がある…… だから300年前の日本人がもしも英語を習得したらどんな訛りが出るかをシミュレートしてもらった。 ……あの襲撃者が身につけている母国語は300年前の日本語だった…… なら300年前に日本に存在したエレメンタリストを特定する」



 ドロシアの両目が光を取り戻した。



「……300年前はエレメンタリストという存在が定義されていなかったためリストが存在しません。超常現象を伴うエピソードを持つ実在の人物の記録なら…… 2点の該当があります。パッケージにして送りますね、リッカさん」



 リッカの目が細くなる。翻訳による誤解を避けるために日本語で作られた資料が原本のままリッカの元へと届けられる。



「……付喪神を封じる古道具屋、九十九堂つくもどう。それから…… 帝都壊滅の魔人、入江一清いりえかずきよ ……魔人っていう方が物騒だね。合衆国の軍部が別枠で資料を作ってる?」



「当時の軍部にもエレメンタリストが存在していました。リッカさんの指摘通り、当時はミュータント部隊、Mチームとして存在を秘匿されていましたが深層アーカイブには当然記録が残っています。そして秘密保持期限を過ぎ一定の権限を持つ者であれば閲覧可能な状態となっています」



「リッカ? 300年前の日本人がエレメンタリストだったとして、だ。300年先の未来にどんな用事があるんだよ? 普通にあり得ねえだろ?」



 クラリッサの疑問にリッカは小さく頷いて見せた。



「300年ていう数字はどうでもいいんだと思うよ。何年先の話でもいい。アイリーに用事があった。でも300年前にアイリーという個人を特定する事はできない。必然…… 未来のハリストスに用事があったと考えるべきじゃない?」



「べきじゃねえよ。らしくねえな、リッカ。300年前にアンチクライストは出現していない。当然、対抗勢力としてのハリストスも存在していない。用事なんか発生するワケがない」



「はあ。……その答えをあたしに求める? バカなの? 過去に遡って、無関係に見えるピースを搔き集めて隠された真実を1枚のジグソーパズルに完成させる…… それが捜査の本質で、あなた達は捜査官なんじゃないの?」



 アンジェラが小さく含み笑いを漏らした。



「言ってくれるわね、リッカちゃん」



 だがリッカはアンジェラの言葉を遮る様に言葉を続けた。



「もう一つ。アイリーは今回の襲撃についてわたし達の中に裏切者…… 少なくとも情報提供者がいると考えている。アイリーはわたし以外の全員を、その可能性から除外できないと言っている」

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