10- 苦戦
エイミーの反応は素早かった。物理的な扉の解放を確認するまでもなく三人のエレメンタリストをそれぞれ封じているの檻のひとつへと走り出している。
『3人への同時攻撃じゃねえのかよ? 走って向かってるのは作戦か?』
クラリッサの疑問がリッカを通じてアイリーにも共有される。言葉での伝達ではない。クラリッサが何を疑問に思っているのかアイリーには閃く様に理解できる。記憶と思考に直接介入できるナビゲーター、リッカの援護あっての情報交換だ。
エレメンタリストならば相手の死角に瞬間的に転移できる。そして迫りくる追撃を交わすためにも小刻みな転移を繰り返す。それが定石だ。だがアイリーはエイミーの動きを不自然と思わなかった。
自分でも発想の源が思い当たらない、初めての感覚がアイリーの中に生まれる。
『エイミーは走り寄る事で絶対の間合いを測っている。二刀流の能力を最大限に発動させるための加速だ』
エイミーの感覚に同調している様な一体感をアイリーは覚えている。素早い脚の運びは人間の能力を越えて100メートルを数秒で駆け抜ける速度に達している。その加速の中で一点にのみ存在する必殺の間合いの限界で抜刀が発動する。
エイミーの何も持たぬ左手が逆手に柄を握る形を取る。小さな呟きはアイリーの耳に届かないがそのタイミングをアイリーは正確に把握した。
「顕現せよ、バ・キル。ク・ザン」
疾走を止めずにエイミーの左手が下から掬い上げる軌跡で振り切られた。
その手には何も握られていない。最初の目標となったエレメンタリストが檻の中で咆哮した。ダメージを受けた様子もない。エイミーの目に一瞬の動揺が浮かぶ。
“起きろ、顕現しろ!! バ・キル!! ク・ザン!!”
檻の中に囚われたままのエレメンタリストの全身が光を放った。光は突風に煽られる絹布の様に四方へと拡がり、エイミーの体にも届き、発火した。エイミーの体が白く輝く炎に包まれる。正視できない光の強さにアイリーは瞬間的に目を閉じた。閉じられた視界の中にアンジェラの目が捉えた視界が展開される。
炎はエイミーの全身を包みながらもその体に触れる事が出来ずにいた。エイミーの防御能力が炎の攻撃を防いでいる。炎の中から巨大な腕が現れエイミーを激しく殴打した。光を発火させるアクティビティとは異質の能力が生み出した腕だ。エイミーはこの衝撃にも耐えた。
エイミーを殴打した巨大な腕全体が震えて蠕動が握り込まれた拳へと殺到した。目視できないエネルギーの塊がエイミーの細い体を叩く。エイミーの体が衝撃で大きく後ろへと弾き飛ばされた。
どれほどの衝撃が襲ったのか、エイミーの腕が肩から千切れて飛び散り、ひしゃげた胴体から鮮血と臓物が押し出された。腰も砕かれているのだろう、両脚が可動範囲を超えた角度に曲がっている。
人ならば既に即死している損傷を受けながらエイミーの体は無防備に宙に弾かれ、そして投げ出される様に地に落ちる時には完全に修復されていた。
「バキル!! バキル!! クザン!! ……畜生っ!」
両手に必殺の武器を持たぬままエイミーの声に混乱が滲んでいる。光の爆発が収まった事を確認したアイリーが再び目を開けてエイミーを目で追った。何らかの理由でエイミーは能力の発動を封じられている。そうとしか思えない。そんな事が可能なのか。そしてエイミーをして防ぎきれなかった今の攻撃は何なのか。
「3人のエレメンタリストが互いの能力を混じり合わせながらひとつの攻撃を繰り出す。一つだけ能力を解析しても他の能力が襲ってくるし混じりあった状態を解析しても分離させてしまえば防御は無効になる。厄介だろう? 白い糞の坊や。ああ?」
距離を置いたままの場所でヒャクメがそうアイリーに語った。わざわざ解説をしてくるのは戦いの後に再開されるであろう交渉への仕込み、恩の押し売りだろう。
片膝をついた姿勢ながらも完全回復を遂げたエイミーの周辺の地面が歪み、圧し潰された様に窪みを作る。その力が及ぶ範囲の中に光が満ちて炎が地面と空間を燃やし尽くし始める。荒れ地の地表が砂に変じ始める。物質の置き換え能力まで発動されている。
「鬱陶しい…… 煩わしい!!」
地表に窪みが出来るほどの圧壊の中でエイミーが立ち上がった。両目が怒りの色に燃え上がっている。その背後に現れたのは砂を圧し固めて作った様な体を持つ巨人だった。目鼻もない土塊そのものの頭部が、かろうじて正面と分かる部分をエイミーへと向ける。大振りな打撃がエイミーを襲う。
エイミーが反射的速度で体を翻し右手で巨人を薙ぎ払う動作を見せた。だが頼みの両刀が現れていない。反射的反応が隙となったエイミーの頭を巨人が上から叩き潰した。エイミーの美しい顔が面影だけを残した残骸となって細い体にのめり込む。前のめりに倒れかけるエイミーの両肩を巨人が掴んだ。どれほどの力が加わったのか、エイミーの体が縦に二つに引き裂かれる。両手足が痙攣する。
「予想外の苦戦だ。結末をどう見届ける? アイリー?」
ネイルソンがそう尋ねてきた。エイミーに加勢し勝利してこいという指示も依頼も受けてはいない。エイミーの一方的な苦戦を誰も予想していなかったからだ。
不死者同士の戦いに完全な終わりはない。敗走か降参があるのみだ。エイミーは敗走するだろうか。負けを認めて攻撃の中止を請い願うだろうか。
どちらもあり得ない、とアイリーは思った。ならばこの一方的再虐殺を終わりもなく見続けるしかないのか。
「カイマナイ……」
沈黙を守り続けているカイマナイナへと目を向けたアイリーが途中で言葉を飲み込んだ。
カイマナイナはアイリーを見つめている。その胸から血に濡れそぼった白刃が突き出ている。カイマナイナの背後に人影が見えた。アイリーの知らぬ顔だった。東洋人である事しか分からない。ヨラではない。
カイマナイナの胸から突き出た白刃が大きく上へと移動し首の付け根を割ってその刀身を露わにした。白刃が煌めき、言葉もないまま体を揺らしたカイマナイナの首を上から斬り落とす。頭部を失ったカイマナイナの体が地に倒れた。
頭部は背後の人影に掴まれたままとなっている。白刃がカイマナイナの頭を真横から貫いた。
「これで再生は出来ないっ……とね。ちょっ……とだけ、ヤバくない? アイリー?」
東洋人がそう言ってアイリーに笑いかけてきた。なだらかな首筋をみせながら細く高い声で嗤う。女だった。




