07‐ ヒャクメ・ヒャクミミ
「まだ年若く見えるのに凄い威厳と風格だな! 正直、心が痺れる思いだ! 初めまして、ミスター・スウィートオウス。俺に貴方を攻撃する意志はまったくない」
二人のクラリッサとアマグセイがそれぞれの着地地点で立ち上がったのはほぼ同時だった。アイリーが笑みを漏らす。クラリッサへと向けたものだった。
「日本語で感想を聞かせてくれ、クラリッサ。それから俺が君を誇らしく思っている事も改めて知っておいてほしい。君と侵蝕部隊が俺の護衛についてくれる事がすごく嬉しい」
「止めなって、アイリー。笑わすな…… 相手のレベルに合わせた対人攻撃はそいつの残虐性を見抜くのに一番手っ取り早い。武技を齧っただけか、武術で足踏みしている状態か、武道を修めた境地に至っているのか…… ミスター・アマグセイの反撃は護身に準じたものだった。あたしへの急所攻撃はない。能力の発動もない。武道家としての仕上がりは…… 80点てトコだな。滅法強いが上には上がいる世界だ。自分から身元を明かした事と合わせて、あたしは話を聞いてもいいと判断したよ、アイリー」
「護身って…… 自分達は銃で撃ってきておいて……!! しかもその銃、俺に当たったぞ!? 他の奴にもだ!! エレメンタリストに当たる銃なんて聞いたこともない!! どういう仕掛けがあるんだ?」
「タダで教える義理はねえよ、ミスター」
クラリッサの答えは冷淡だった。実際にはクラリッサの能力ではない。自分の能力そのものを結晶化させる事ができるネイルソンが空間の置換え能力を弾頭の形に結晶化させている。
“発砲と同時に銃口が向けられた先に空間を超えて着弾”する弾頭だ。
相手が途中の空間を置き換えた防御を張っても、自分自身が空間転移で逃れようとしても、もっと端的に銃弾よりも速く移動できたとしても。クラリッサの銃の中でハンマーが雷管を叩いた瞬間に弾頭は自動認識した標的に着弾している。
クラリッサにしてみれば究極装備に等しい弾頭と言えた。
立場的に強い事が言える今の関係を活用してクラリッサは6000発分を作らせていた。ネイルソン存命中はネイルソン本人との距離に関係なく世界中どこでも有効に使えるだろう、という予測も得ている。
「……いや、幾ら金を積まれても仕掛は教えねえ。あたしの秘技ってやつだ」
「そうか。ならいいや。撃たれても治る傷だしな!」
屈託のない返答にクラリッサの顔に殺意が奔り、アンジェラが顔を背けて笑いを噛み殺した。アイリーは…… アマグセイに喫緊の脅威はないと判断したのだろう。カイマナイナの方へと目を向けている。
黒い色彩が拡がる地面の上に一人の東洋人男性が何の構えも取らずに佇んでいる。男が立つ周囲の地面からは雷撃熱による煙が立ち上っている。男には何の被害もない様に見えた。ステンカラーの丈長いコートを着ているがコートにも損傷がない。ミサキの雷撃をどう凌いだのか。
アイリーの顔に微かに不審の表情が浮かぶ。
『カイマナイナと対峙している男の情報が出てこないぞ。どうなっている?』
痩せぎすで黒い髪を無精に伸ばしている陰鬱な表情の男。もみあげが細い頬にかかる程伸びているのが印象に残るが手入れをしている様子もない。つまり、身なりにまったく頓着のない男に見えた。
この場にいる全てのエレメンタリストの相貌認証は完了している。アイリーはひとりひとりの顔を見るだけで元から記憶していたようにそれぞれの個人情報を思い出す事ができた。それがこの陰鬱な男を見ても何も思いつかない。
『モンゴル在住のエレメンタリスト、ドルジの所在が確認できません。入れ替わったのだと思います、アイリーさん』
『変装していたのか?』
『変装で相貌認証を突破するには骨格からの修正が必要となります。仮にその能力を持っていたとしても今、変装を解く理由が不明です』
『彼の相貌認証は終わったか?』
『アンジェラの目でもスキャンできません。アイリーさん。異常事態です』
ドロシアの返答にアイリーは目を細めた。出来ない、という不自然よりも大きな疑問。なぜ、彼は今になって姿を現したのか。
男が口を開いた。感情のない掠れ切った声が聞こえてくる。
「やる事が雑なんだよなあ、カイマナイナ。普段は大人しくしているエレメンタリスト達がせっかく、とっておきの、攻撃を見せてくれるっていうんだ。躾するのは見てからでも遅くはない。そうは思わなかったのか? ああ?」
「……なぜ、お前がここにいる?」
男に問いかけるカイマナイナの声は低かった。怒りや当惑ではない。嫌いな奴が話しかけてきた、そんな感情的な理由で低まっている声だった。
「俺がお膳立てした本人だからだよ。台無しにされたから文句を言いに来た。当たり前だろう?」
ネイルソンとミサキはカイマナイナを見つめている。男の正体を知っているのはカイマナイナだけだからだろう、とアイリーは見て取った。ネイルソン処罰をお膳立てした、と言い彼らの攻撃を見たかったと言う。どんな立場にいればそんな発言になるのか。
「身を守るなとは言わない。だが一方的過ぎた。痛めつけてそのまま返して…… その後どうすんだよ? カイマナイナ? 逃げ散った奴らは二度と戦いに関わろうとしないだろう。自信を無くして報復に怯えて巣穴で震える草食動物みたいに一生を過ごす役立たずになっちまった。考えが足りないんだよなあ、カイマナイナ」
「模擬戦…… あるいは選抜試験のつもりで仕掛けたというのか? 一方的に仕掛けておいて期待した結果ではなかったとこちらに文句を持ってくるつもりか?」
沈黙を守るカイマナイナに代わってそう問いかけたのはアイリーだった。呼吸が緩やかになっている。激怒している。
「俺達は未だに敵対関係が継続している。俺はそう認識しているが…… 俺達とやり合うつもりか?」
アイリーの問い掛けに侵蝕部隊の全員が、ネイルソンとミサキが、身じろぎもしないままに臨戦態勢に入った。痩せぎすの男の口元に笑いが浮かぶ。肩を動かす事もせず首だけをアイリーの方へと向ける。
「短気だなあ、アイリー・ザ・ハリストス。初めまして。日本の外務省から任務の為赴いて参りました。ヒャクメ・ヒャクミミです。どうぞ…… お見知りおきを」
ヒャクメ・ヒャクミミ。その名を聞いたネイルソンとミサキ、そして侵蝕部隊の全員に緊張がはしるのをアイリーは感じた。ヒャクメの自己紹介は続く。
「次のアンチクライスト候補の目星が立ったのでお伝えに来ました」




