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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第三部: 第一章 イクサゴンとの対面
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01‐ 蜜月

成人向けの暗喩表現を含みます。




 ワイドキングサイズのベッドは幅が280cmある。縦の長さが210cmなので横幅の方が広いベッドという事になる。ハッシュバベルの自室には90cm幅のシングルベッドを置いているアイリーは王邸に据えられた自分専用のベッドを見て馬鹿馬鹿しいと感じていた。



“全てモノには使い道というものがあるもんだな”



 背中に乾いたシーツの心地よさを確かめながらアイリーはベッドの中で腕を大きく横へと伸ばしてみた。伸ばした腕の先に冷えたシーツの感触を確かめる。ベッドの片側半分は手で触れれば分かるほどに汗を吸っている。



 ベッドの四方は天蓋から降ろされた厚いカーテンに覆われている。密やかに閉じられた空間にイノリの呼気が満ちている気がしてアイリーは大きく息を吸い込んだ。



 仰向けに横たわるアイリーの胸の上でイノリが小さな笑い声をあげた。イノリはアイリーに覆いかぶさる姿勢で俯けに横たわっている。



「……疲れた?」



 そう尋ねるイノリの肩に長い髪が吸いつく様に貼りついている。髪を纏めず乱れるまま肌にまとわりつかせているのはアイリーの好みに応えた結果だ。二人は裸のままでベッドに横たわっている。



「人の体って不思議だね、アイリー。自分から迎えにいくのがちゃんと分かったよ」



「? 何を迎えに行ったんだ?」



「赤ちゃん。お母さんはこっちだよ、って。おいで、って。 ……お父さんがちゃんとお見送りに立ったままでいてくれたから、みんな迷わず私のところに来たよ」



 おとぎ話や昔話に使われる類の言葉だけを選びながら子宮と受精について感想を語っているのだと気付いたアイリーが顔を赤らめる。どんな比喩を使ったとしてもアイリーの方からは決して話題にしない内容の話だ。イノリにとっては恥ずかしさを覚える話題ではなかったのだろう。



「幸せ…… 幸せ。 ふふふ…… しあ……」



 言葉が途切れ寝息が替わりにイノリの小さな唇から漏れ始めた。眠ってしまったのだと知ったアイリーがゆっくりとイノリの頭を撫でる。



 お見送り…… イノリがそう例えた状況に変化はない。眠ってしまったイノリの体の中でアイリーの男性器は未だに勢いを落さずにイノリの体温を愉しんでいる。



 半ば気を失う様に眠りに落ちたイノリを起こさぬ様にアイリーは自分の呼吸をイノリに合わせた。密着した二人の胸の上下を一致させる。ゆっくりと目を閉じる。数分前までイノリが繰り返し口にしていた言葉が耳の奥に蘇る。



 お願い。休ませて。息をさせて。許して。



 ずるい。こんな角度… ずる過ぎる。激しすぎる。待って。頭がおかしくなる。



 悲鳴にも似た甲高い声だった。鮮明によみがえるその声が呪文の様にアイリーの意識を深い眠りへと沈めていく。やがてアイリー自身も静かな寝息を立て始めた。



 天蓋の中にカメラは無い。だがアイリーとイノリの静かな寝息は部屋を出て廊下で歩哨に立つクラリッサの耳に届いている。



 その顔には微笑が浮かんでいる。覗き見の愉悦や揶揄の笑いではない。安息に満たされた状況と、その状況を確保しているのが自分達の護衛である事に満足している微笑だった。



 今から6時間後にアイリーは第三資源管理局の局長、イクサゴンとの初対面を果たす約束を取り付けている。莫大な資本と超法規の権力、そして絶望的な敵対者の両方をアイリーに与え続けた張本人だ。



 アイリーを虐殺のエレメンタリスト“アンチクライスト”に対抗しうる人物に育てるため、という名分は聞いている。だが余りにも不可解な対応が多すぎる。



“アイリーがアンチクライスト戦の切り札候補なら…… 予定が変更され用済みと判断されれば始末される可能性もゼロではない。第三資源管理局は無条件な庇護者ではない”



 クラリッサ達侵蝕部隊はそう推測している。その時の処刑人として選ばれるのはカイマナイナであろうとも予測している。カイマナイナがアイリーに貸与している絶対防御の能力が解除されればアイリーは鍛錬の足りない一般人に過ぎない。



“今回の初対面はアイリーが無理強いしたものだ。ウバンギ侵攻の結末は第三資源管理局の思惑と違う形で終結した。 ……アイリーは処分される可能性だってある”



 アイリーもイノリも当然にその可能性を認識している。その上で互いに求めあい、応え合い、挙句に二人揃って穏やかに寝息をたてている。その豪胆さにクラリッサは笑顔を抑えきれずにいる。



 西方守護者連邦の首都陥落から2週間が経過していた。長く待たされたとは誰も感じていない。対面する一方は全エレメンタリストの頂点に立つ存在、第三資源管理局の局長であり、もう一方はハッシュバベル三局の後見を得て人類の有事に備える武力組織の中心人物だ。互いに感情論をぶつけ合う仲ではない。全ての情報を収集し主張を整理した上で互いの真意を探り合う。その上で落し処を見出す。その準備期間として2週間はむしろ少なすぎるとも言えた。



 油断なく周辺を警戒しながらクラリッサはここ2週間を振り返る。刮目すべきはイノリの推理だった。



 過去のアンチクライストは戦後に改心し第三資源管理局の治安介入部に編入されその任務を全うしている。だが人類虐殺を目論むほどの憎悪が簡単に消える訳がない。



 アンチクライストと呼ばれたエレメンタリスト達はその憎悪を別の誰かに強制されたのではないか。その呪縛から解放されたからこそ贖罪の日々を甘んじて受けているのではないか。カイマナイナが好例だ。



 当時恋仲にあった軍人が上層部の都合で汚名を着せられ冤罪で処分された。悲劇ではあるが、それが人類全体を滅亡させる程の憎悪につながるとは思えない。だがカイマナイナは環太平洋沿岸諸国の連合軍を壊滅させてしまった。



 その憎悪は押し付けられたものだったからこそ、正気を取り戻したカイマナイナはその後の数十年を治安介入部での任務で贖い続けている。



 第三資源管理局は元凶原罪となった別の存在を特定しているのではないか。新しくハリストスに選ばれたアイリーは次のアンチクライストではなく原罪となっている別の存在の、次の暴走を鎮めるためにこそ選ばれたのではないか。



 その別の存在が持つ能力は…… 自分が抱え込む憎悪への共鳴を強いるものではないのか。



「全てのエレメンタリストに憎悪の共鳴を強いる存在……。 その憎悪を鎮めさせる儀式に必要とされているのが…… アイリーの死。 ……ふざけるなよ、第三資源管理局」



 微笑を打ち消してクラリッサが小さく呟いた。 


雑感:


第二部の舞台となったウバンギ共和国は中央アフリカ共和国をモデルとしていました。

第三部は豊かな地下資源を持ちながら厳しい気候条件に発展を阻害されつづけ、周辺民族を侵略し格差の頂点に立つことでしか繁栄を実現できなかった不遇の国としてロシアを舞台とする予定で……



まさか本当に侵攻するとは思いませんでした。書くの止めようと思いましたが幸い極めて少数の方にご高見を賜るのみの愚作ですので気にしないで書いてしまえと思いました。



鷹揚のご高見を賜れればこれに勝る幸せはありません。よろしくお付き合いくださいます様お願い申し上げます。

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