22‐ 再生調査(3) 死亡までの残り時間20秒
以前、狙撃されて死亡した時には体に大穴が開いてから銃声が聞こえてきた。
爆破された時にはその瞬間に光を感じた以外予兆は見つけられなかった。
死亡の直前まで予兆が見つからないケースは過去にも経験はある。どちらも遺体が消失した状態での再生調査だった為死因すら不明だった。焦りは無益だ。
今現在、前方に落下物はない。先を行く自律型工事車両との車間距離が縮まりつつある。こちらの走行速度が前車の速度を上回っている為だ。
運転者は減速を試みたが隣に座る夫人が巨大車両を横からも見てみたいと言ってきた。運転者の視点が前方、バックミラー、サイドミラーの順に目まぐるしく動く。
その視点の動きを煩わしく感じながらアイリーはひたすらに路面に注目し続ける。
運転席に座るアイリーの足が微かな振動を感じた。
振動する何かに実際に触れたという刺激ではない。
鳴っていない携帯電話が振動している様に錯覚するという、ファントムバイブレーションに似た感覚。
実際の肉体の持ち主である運転者もこれに気づいたが特に注意を払う事はなかった。
振動を感じた場所に携帯電話がないから、という当たり前すぎる理由だった。
事故発生までの残り時間、30秒。
知覚が研ぎ澄まされた状態にあるアイリーの聴覚が微かな違和感を覚えた。
走行中の車内とも車外とも判断できない場所から発している。
察知しているのは耳だがこれが音なのか揺れなのかも定かではない微かな違和感。
だが違和感は続いている。走行中の車両に乗っていて違和感が続くという事は原因は路面ではなく車両にあるという事だ。
これは事故原因が発している違和感だ、とアイリーの直感が告げた。
運転席から見える風景はそのまま、アイリーの視界に幾つもの幻が浮かんだ。
ブレーキを思い切り踏み込む自分。
わざと車両を防音壁に接触させて強制的な減速を試みる自分。
巨大な巻き取り機に体を絡み取られてもがく自分。
木材を作る為の巨大な回転鋸に半身を引きちぎられる自分。
過去の経験が縦横のスクロール映像となってアイリーの脳裏に再生される。
死の危険に対処できる過去の経験を探る。俗に走馬灯とも呼ばれる現象だ。
感知した違和感と共通点のある経験を探そうとするが一瞬にも満たない時間に適切な判断をする事は難しい。
アイリーの脳裏に幾十ものシーンが同時に浮かび上がる。さらに無数のイメージが沸き上がる。
そして湧き上がる速度を上回った数の映像が消去されてゆく。
平常時のアイリーと全く同じ判断が出来る様に訓練されたリッカが瞬時にこの場では不要な記憶を選びだし再生を中断しているのだ。
残された記憶に共通しているのは異音が響く中での事故体験。
巨大な、あるいは強力な何かが回転し周囲に擦過音をまき散らしている。
アイリーの思考が視えるはずのない走行中の車両底面と路面を克明にイメージする。
想像は一つの可能性を導きだした。
『事故当日に、今通過した工事現場から盗難、破損、紛失に関する報告がなかったかを確認したい。モノはなんでもいい。何かあるはずだ』
『事故原因調査室の調査権限で、土地の管理者、出入り業者、車両所有者の全てにナビゲーター経由で確認を取る。4秒待って』
疑問が湧いたと同時にリッカから返答がきた。返答は既に記憶しているものを思い出すという感覚で届けられるため、文章を理解する様なタイムロスは発生しない。
運転手本人はまだ何の違和感も感じていない。そもそも自分を待ち受けている運命を予想すらしていない。
目の前の巨大車両を追い抜こうとして車両を横に滑らせる。対向車線にこちらへと走行する対向車が確認できた。このタイミングでの追い越しは危険だ。
安全のために追い越しを少し先延ばししようと考えたのだろう。アクセルペダルを踏み込む力を若干弱めた事がとった行動の全てだった。
『事故当日に工事現場に駐車していた30tトレーラーの自動運転AIから車両所有者に宛ててワイヤーの破損・紛失報告が出ていた。私企業内の消耗品の損失報告だから当然公的機関への報告はない。物理演算開始。ビンゴ』
4秒67で、仮説の検証まで終えたリッカが回答してきた。
アイリーは、この車両に起きた事故の原因をイメージする。
自律型工事車両が何らかの偶然で30tクラストレーラーに装備されていたフック付きワイヤーの先端を引っ掛けてしまった状態で走行を開始、路上に出てしまった。
元々、荷重がかかっていない状態でのワイヤーとフックの連結は人力で取付・取り外しができる強さだ。
そして仮にこのフックとワイヤーが自律型工事車両に絡んだままだった場合、自重40tを超える車両と積載中であれば30tの車重となるトレーラーの間での高速の綱引きになる。
ワイヤーは荷重超過で引きちぎれ地に落ちて、軽微な事故で終わっただろう。
だがフックは外れて走行中の車両から路上にたたきつけられる形となった。結合は外れ、フックとワイヤーはそれぞれに路上に投げ出された。
そこに運転手の乗る車が通過し、障害物センサーはフックだけを認識してこれを回避した。そしておそらく。
この時に跳ね上がったワイヤーの先端が自動車の前輪車軸に巻き付いた。
アイリーが感じ取った違和感は車軸に巻き上げられるワイヤーが発した擦過による振動だった。
ワイヤーは時速192㎞の速度で巻き上げられ、数十秒で車軸をロックする。
ワイヤーの軸の太さの積み重なりが車軸を止めたのか、ワイヤーそのものの長さが限界に達したのか、それは後日の確認事項となるだろう。
結果、自重1tの乗用車は走行中に40t近い重しに突然前輪をすくわれた形となり、転覆した。
正面から衝突したのではない。背後からの接触で運動エネルギーの方向を変えさせられたのだ。
『死亡の瞬間まであと20秒あるよ。事故発生まではあと3秒。ちょっと時間が余ったね。ちょっとしんどいね』
心の中から、憐みと励ましの感情を伴った思いが沸き上がってくる。これはリッカの声だ。
『事故の発生原因だけなら再生調査をしなくても聞き取りだけで辿りつけたかもしれない。俺の本当の調査はこれからだよ』
『まあね。あなたの名前は?』
『アイリー・スウィートオウス。事故原因特別調査官』
『大丈夫そうね』
自分の名前を意識できる、というのはパニックが発生した際に自我を維持するという意味で非常に重要な指標になる。
ドラマなどでは度々、救急救命の場で患者に名前をよびかけて可能ならば自分の名前を言わせようと試みるシーンが挿入されているが、意識の混濁をぎりぎりで踏みとどまらせる最後の質問が「自分の名前は?」なのだ。
アイリーの乗る車に何かに衝突した様な衝撃が走った。
悲鳴をあげる間もなくシートベルトに体を押さえつけられて息が止まる。
※次話 痛い表現が多くなります※




