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エレメント・アクティビティ  作者: 志島井 水馬
第一章 終末期再生調査官
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21- 再生調査(2) 死亡までの残り時間 35秒

見ず知らずの他人と死を共有するという行為に調査官が複数回耐える事ができるのは、自分ならばその原因が予測できた、自分が実際に同じ状況に遭遇しても自分は死ぬ事はないと実証もできた、という強い自己肯定感があるからだ。



 状況を再生してみたが自分でもただ死んでいくしかなかった、という経験は調査官の心に致命傷を残す。



 ただ死んでいくという経験から生還しただけでは仕事としての継続意欲を失ってしまうのだ。



 幾人もの脱落者を見送ってきたアイリーにとっても「無駄死に」は絶対に避けたい結末だ。視界の隅にリッカが起動させているカウンターが表示されている。残り150秒。



 アイリーはこの事故を「接触事故」と予想していた。

 整備不良による走行中の車体崩壊や爆発炎上は起きていない。



 視えていたかどうかは別にして壁などに激突してその場で車両が大破した衝突も起きていない。



 ならば、何かに接触したのだ。結果1tを超える車両を時速192kmで前進させていた運動エネルギーで車は転覆・滑走した。



 橋桁に激突・大破したのは転覆後の制御不能な滑走が原因の、言うなれば別カウントすべき結果だ。



 何に接触したのか。アイリーは「死角に存在していた何か」だと予想していた。

 その何かを見つけなければいけない。視えなくても存在はしていたのだ。



 五感を研ぎ澄ます。何も異常を発見できない。カウンターは残り50秒。

 前方右側にある工事現場から巨大な自律型工事車両が現れ、合流してきた。



 全高3mの長方形の建設機械は構成されている部品ひとつひとつが巨大な作りになっていて平時なら近くで観察するだけでちょっとしたアトラクション気分が味わえるだろう。



 実際、運転者の横に座っている夫人が大きな歓声をあげている。

 その表情を確かめようと運転者は視線を隣の夫人へと動かした。



 アイリーが、自律型工事車両を視界に捉える事ができた初回の時間は0.8秒。

 全てを記憶するのには十分な時間であり、リッカによる照会も1秒を要しなかった。



『タズボーン社の高難度大規模整地用車ATFF5000。純正品だけで構成されていて目視では特注部品や改造部品の仕様は確認できない。損傷も表面上の軽微なもの以外確認できない。他に自律自走型周辺警備ロボット6台を搭載しているよ』



 自分の前方を走る車に異常はないかの確認は路面の状態確認と同様に重要なポイントだ。だが差し迫った危険を見つける事はできなかった。



 運転者が顔を横に向けて自分の妻の笑顔を見つめる。

 今朝アイリーがビデオで視た女性と同一人物とは思えない明るい表情の美しい女性だった。



 運転者は笑顔を夫人に見せていたのだろう。夫人が笑い返す。

 夫人が進行方向右側、つまり夫人の座る側の路側帯に興味を示した。



 二人の乗る車が自律型工事車両が現れた地点に到達したのだ。

 そこは側道に設けられた工事現場だった。



 運転者が一瞬だけ中の様子に視線を向ける。

 超大型重機に分類される工事車両が何台も駐車中になっている。整然と並んでいるのはそれぞれの車両に自律型の運転AIが搭載されている為だ。



 ここに不測の混乱などはない。

 そうだろうか。



 工事現場に視線を向けていた運転者とアイリーにゆるやかな横揺れの感覚があった。

 大きな危機感を持たずに運転者が視線を前方に戻す。アイリーは運転席のパネルに注目した。



 自動運転AIが何か障害物を検知して回避行動をとったらしい。安全確認完了のランプが点滅後にグリーンに変わったのをアイリーは見た。



 見落とした。その障害物の存在を。一体、何を回避したのか。



 アイリーは改めて前方の視界全てに集中する。

 見落とした事への後悔や焦りはない。



 犠牲者の視界の中に映ったものだけで判断しなければならないという前提はどの事故調査でも同じだ。後悔や焦りに費やす時間はない。



 残り時間38秒。再び前方を走る巨大車両が視界の中に入ってくる。

 先ほど視た時との相違点はあるか。研ぎ澄まされたアイリーの視覚と記憶が幾度も照会を繰り返す。



 ―バンパー中央下部に裏側から見え隠れしていたU字型の金属の部品が見えない。



 何の部品だったのか。見えていた限りでは力仕事をする男性なら片手で扱える程度の大きさ、重さの金具に見えた。あれは、何の部品だったのか。



 言葉を介さないで湧いてきた疑問にもすぐに回答があった。



 見えていた部分と一致する外見を持つ金具類で、自作品や特注品でもなく商品として流通しているものだとしたら、トラックの荷台にある荷物を固定するワイヤーフック、シックルハンマー社の荷役用フックが該当する。



 高難度大規模整地車に荷役用フックを活用する場面はない。前を走る車両に標準装備されているのは最大荷重10tまで対応のイーグルクランプ類一式。



 これだけの情報が言葉で伝えられるのではなく、元から自分が持っていた知識を思い出すという感覚でアイリーの脳裏に浮かび上がった。



 もちろん、アイリーが重機関係にここまで詳しい訳ではない。リッカとの知識連鎖機能と認知機能の連結による支援があっての事だ。



 アイリーは路面を中心に視える範囲を偏りなく観察し続ける。

 自分が乗っている車両の走行を妨げる障害物は何か。

 それは今、どこに、どんな形で存在しているのか。



 カウンターに表示される残り時間35秒。まだ、何も見つからない状態だ。

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