第25話 サマルキア王国滅亡
その後もディールは、仮面の冒険者フレイアとして各地を転戦する。軍では対処できないような大型の魔物や、大規模な集団となり暴走した群れなどを次々と討伐して回った。
たまに資金調達も必要と感じ、ギルドを通した依頼という形で仕事を請け負ったりもする。
ある意味以前に比べれば自由となり、むしろ資金稼ぎは効率よく行うことができた。
そんな彼の活躍により、絶望的だったこの国の状況は劇的に改善されていった。
謎の仮面冒険者の英雄譚は、瞬く間に国中に広がっていく。
それとは対照的に、既に王権を失った王家の権威は完全に失墜していた。全く魔物討伐に動こうとしない、異世界人を召喚した教会も同様である。
待てど暮らせどディールを連れてくる様子の無いエマに対し、ルーイ11世の怒りは頂点に達していた。
「ラヴィーヌ家の小娘め! まさか、そのまま逃げたのではあるまいな?」
王の叫びに対し、内心ではそのとおりだろうと思っていた大臣。しかし、彼は主君の癇癪を恐れてその事を否定してみせる。
「よもや、そのような事はございますまい! 女の身でありながら本人の希望を尊重し、近衛騎士にまで取り立てた陛下の寛大さを、あの娘が忘れるとはとても思えません」
「当然、そうでなくては困る! しかし、何故にディールの奴を司令官に任命すると喧伝しておるのに、各地の軍は一向に召集に応じる気配が無いのだ? そちは申したな? 奴の人気があれば、各地に散らばった軍は必ず我が方に味方すると」
「は、はい! それは間違いない事かと……恐らくは、魔物共と対峙しているため、上手い具合に撤退する事ができずに手間取っているのでしょう……」
「ならば良いが。ワシもいい加減、このようなむさ苦しい場所にいつまでも居りたくはないしの」
大臣とのこんなやり取りは、最近毎日のように繰り返されていた。そんなむだ話が終わったタイミングで、王の元に緊急の報告が舞い込んでくる。
慌てた様子で砦の広間内に入ってきた一人の兵士。それを見て、歓喜するルーイ11世。しかし、彼の期待は大きく裏切られる事となった。
「陛下! 緊急のご報告が!」
「おお! ついに各地の軍がワシの元に続々とやってきおったのか?」
「い、いえ陛下! 異世界人の奏多が、どうやら我々に対し軍を差し向けてきたようなのです!」
まさかの一言に耳を疑い、もう一度訊き返す国王。
「異世界人が軍を送ってきただと?『各地の方面軍がここにやってきた』の間違いではないのか?」
「残念ながら、そうではございません! 彼らの要求書も預かってきております!」
「要求書だと? このワシに降伏せよとでも言うつもりなのか?」
王の言葉を受け、内容が書かれた紙を差し出す兵士。それを乱暴に取り上げた国王は、その内容に愕然とする。
「ティナを明日の朝までに引き渡さないと、総攻撃をかけ皆殺しにするだと!? ワシを誰だと思っておるのだ! サマルキア王国第25代国王、ルーイ11世なるぞ!」
怒りと恐怖により、声を震わせながらそう絶叫する国王。
しばらくして彼は、この期に及んで王らしさを取り戻す。潔い死を決意し、周りの者達に向け宣言する。
「こ、こうなったら、この砦を枕にして最期まで戦うぞ」
召喚者たちが、ティナの身柄を要求した理由についてはよく分からない。ひょっとしたら、王女の命だけは助けるつもりなのかもしれない。
とはいえ流石の国王も、あまりにも高慢な異世界人の態度に怒りを抑えきれなかった。
自信なさげに発せられた王の命令ではあったが。砦内の兵士達は、その命に従い慌ただしく籠城戦の準備を始める。
しかし、翌朝。目覚めたルーイ11世は、我が目を疑う光景を目にする事になった。
やけに静まり返った砦内の様子に、不安の色を隠せないルーイ11世。
「衛兵! 大臣は何処だ!?」
大声で叫ぶも、誰からの返事もない。
「ティナよ! ティナは何処におるのだ!」
そう叫びながら駆け出す国王。王女の部屋の前までたどり着いた彼は、再び大声で叫ぶ。
「ティナよ! おるのか? おったら返事をいたせ!」
繰り返し叫んでみたものの、王女からの返事はない。堪り兼ねた国王は、ノックもせずにドアを開け放った。
しかし、そこに王女の姿はなく、部屋は完全にもぬけの殻となっていた。
☆☆☆
数時間前──
国王のルーイ11世が床に就いたタイミングで、大臣を初めとする臣下達は砦内の広間に集まり密談をしていた。
既に多くの兵達が、次々と脱走し始めていた。しかし、そんな状況にも拘わらず、臣下達は誰も彼らを咎めようとはしなかった。
我がまま放題の国王に、人望などというものはまるでなく。全員の思いは同じだったのだ。
一人の大臣が、話し合いにより出した結論を述べる。
「この期に及んでは、もはや戦うという選択肢などあり得ません。兵達も次々と逃げ出しているようですし、我々も一刻も早くこの場から逃げ出しましょう」
「ただでさえ、僅か二千の兵しか居らぬ状況であったのに、数万の大軍を率いてきた召喚者達を相手に、最初から敵うはずも有りませんでしたからな! 王女を渡せば済むだけの話だったものを、あの我がまま国王ときたら……何を血迷ったのか」
ついに逃げ出す、という結論を出した臣下たち。その準備を始めようと立ち上がったところで、いきなり王女のティナが彼らの前に躍り出る。
「聞いてしまいましたわよ! あなた方、お父様を裏切るおつもりなのですね?」
「お、王女殿下……いらしたのですか?」
常に王の話し相手をしていた大臣の一人が、柱の影から現れた王女に驚きそう白々しく返した。
「別に構いませんことよ? 私も、あなた方と同じ思いですもの。だから、今の話をお父様に告げ口しに行くつもりなどごさいませんわ。ただし、一つだけ大臣にお願いが有るのです」
「なんでございましょうか? 王女殿下」
「大臣! あなたに頼みたいのですが、私を奏多様の所に連れていってもらいたいのです」
「奏多の所に行くなど何をされるかわかりません。お考え直しになられた方がよろしいのでは?」
「何を言うのかしら? 大臣! 奏多様は、やはり私の事が惜しくなって、きっと迎えにきて下さったに違いありませんわ」
おめでたい思考を再び炸裂させるティナ王女に、呆れ返る大臣。しかし彼は、これが王家に対する最後の忠義だとも思う。
要求どおりの使者を殺す事など流石にあるまい。そう思った大臣は、彼女の頼みを了承する事にした。
そして、日が昇り始める頃。王一人を残し、砦からは全ての人間が忽然と姿を消してしまうのだった。




