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51  回復  その1

 小宮の様子を見に刑事課の課長が来た時、小宮の脳波検査が丁度終わった。

 担当医師が「検査結果を見て、これからの治療方法を相談したい」というので課長が医師の話を聞くことになり、医師と共に別室へ移動した。

 その場に残った井川と原田は、せめて病室まで付き添おうと廊下で小宮が出てくるのを待った。

 検査室のドアが開き、ストレッチャーに寝かされたまま出てきた小宮をひと目見た原田が、短く息を飲み駆け寄って小宮の体を揺すって大声で呼びかけた。

「小宮さん! 起きて!」

 原田の突然すぎる乱暴な態度に、井川は慌てて小宮に付き添っている二人の看護師と共に彼女を止めようとしたが、

「詩織ちゃん? どうしてここに?」

「この人詩織ちゃんの知り合いなの?」

 看護師の二人共が原田をよく知っている様だった。

「このままだと危ないの! お願い、この人を起こして!」

 看護師達が緊張し、息を飲んだ。それは原田の言っていることが正しいと分かっている者の反応だった。

 確かに井川の素人目にも分かるほど小宮の顔色は悪い。

「――先生を呼んできます!」

 看護師の一人が担当医師が歩いて行った方へ走った。

「ダメ! そんなの間に合わない!」

「じゃあどうすればいいんだ」

 起こせるものならとっくに起こしている。

 原因不明の昏睡状態の人間をどうやって起こせというのだ。

「とにかく起こして! このままだと小宮さん、一生目が覚めなくなってしまう!」

 井川は残った看護師に問う。

「CT検査で脳に異常はなかったよな。脳内で出血してるとか」

「は、はい。ありません」

 看護師が頷くと、井川は小宮の頬を張り飛ばし、彼の耳元で叫んだ。


「起きろ! いつまで寝っ転がってる気だ! 高木が逃げるぞ! 起きて追え!」


 ぴくり、と小宮の瞼が動いた。

「逃がすな! 起きて捕まえろ!」

 口がうっすら開き、静かだった呼吸が乱れる。

「いい加減起きろ! また逃がす気か!」

 いきなり小宮の目が開いた。

 驚いて一瞬言葉を詰まらせた井川に、

「話しかけて、もっと! 完全に目が覚めるまで!」

 原田が井川のコートの背中を掴んで縋る。

「しっかり起きろ! 寝ぼけてんじゃねえぞ!」

 目を開いたもののぼんやりして視点の定まらない小宮を、井川が叱咤する。

「大丈夫ですか? 自分のお名前を言えますか?」

 看護師の問いかけに、小宮は視線を彷徨わせた。

「ぼ……ぼくは……くずみ……あ、いや……違う……」

 ゆるゆると首を振り、井川に視線を止めると、

「……小宮だ。俺は小宮俊介」

 意思のある声で答えた。

「職業は?」

「警察官。刑事」

 小宮は疲れたようにまた目を閉じようとしたが、

「小宮さん、気をしっかり持って! 今は絶対眠らないようにして! 思考の空白を作らないで! 何でも良いから考えて!」

 原田が大声で小宮に話しかけた。

「一応目が覚めたんだから、もう大丈夫じゃないのか?」

 井川の問いかけに原田は難しい顔をして答えなかった。じっと息をひそめるようにして小宮の顔を睨んでいる。

 小宮は看護師から「頭痛はしないか」とか「胸は苦しくないか」とか、体調に関して次々に質問され、その全てに律儀に答えていた。

「もう完全に目が覚めましたよね」

 原田に訊かれて小宮ははっきり頷いた。

 それを見てホッと緊張を解いた看護師に、

「看護師さんはこの嬢ちゃんのこと知ってるんですか?」

 井川が問うと、彼女は微笑んだ。

「この病院で詩織ちゃんを知らない看護師はいないと思います」

「へえ、有名人なのか」

「ええ、詩織ちゃんは可愛いから人気が」

「私は生まれた時からこの病院にいますから。自宅よりこの病院にいた時間の方が断然多いので、その分知り合いが多いんです」

 看護師が答えるのを奪うように、原田が早口で答えた。

 だが、それだけではないだろう。さっきの原田に対する言動を見ると、少なくともこの看護師達は原田の共感覚を知っていて、信頼している。

 信頼に足る何かがあったわけだ。

「大したことじゃないんです。何回か共感覚で病状が急変して危なくなりそうな人を見て、周りの人に知らせただけ」

 井川の疑問は読まれていた。

「詩織ちゃん、それは人に言っては――」

 原田の答えに看護師が慌てて首を振ったが、原田は彼女に笑って見せた。

「大丈夫。この刑事さんたちは私の共感覚を知ってるから」

「え、そうなの?」

 看護師は目を見開き、

「そう……よね。詩織ちゃんの共感覚を知らない人が、驚きもしないで言うとおりにしてくれる訳ないわよね」

 そう言って一人頷くと、次いで目を細めて井川の方を振り返った。

「ありがとうございます。でも、よく詩織ちゃんの言うことを信じて、対応してくださいましたね。私なんて実際に体験するまで半信半疑だったのに」

 看護師の話によると、原田が共感覚で救った患者は三十人近くいるらしく、その中の一人が自分の担当する患者だったそうだ。それは信頼するのに十分な実績だろう。

「いや、私も体験したクチですよ」

 原田は本人に聞くまで誰も知らなかった、宗田が晴彦を虐めた理由を言い当てた。

 ついさっきも、小宮の突然の昏睡状態など知らないはずなのに、心配する井川の意識が検査室の方に向いていると、正しく指摘した。

「それに、この子は自分が病気で苦労してるから、他人の病気に関して絶対質の悪い冗談は言わないだろうと思ったんですよ」

 井川の言葉を聞いて、看護師はニコリと笑った。

 そこへ、担当医師が課長と共に駆けつけて来た。

 医師の指示で小宮は病室に戻され、脳波の検査結果も合わせてとりあえず今はどこにも問題はないと診断された。

 暫くは経過を見ることになり、課長は署長へ報告するため一足先に署に戻っていった。

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