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31  証言  その3

「……どう思う?」

 井川が身体を小宮の方に屈めて小声で聞く。

「嘘をついてるとか何か隠しているようには見えませんね」

「しかし、何か人が良過ぎないか?」

「人が良過ぎるから、面倒事を背負った男子中学生の世話を引き受けたんでしょう」

「久住の家ともめていた様子もなかったな」

 もしかしたら晴彦は自分を保護してくれた羽崎を両親に悪く言われ、その怒りから二人を殺害したのではないかとの推測も持っていた。が、羽崎と晴彦の両親との間にそんな深刻な確執があったふうでもない。

 羽崎の話を全面的に信じるならば、だが。

「……あの嬢ちゃんがいればなあ」

 井川がぽつりと呟く。

「は? 誰ですって?」

「昨日の、あの共感覚とやらの子だよ」

「ああ、原田さんね。あの子がどうかしましたか」

「あの子がいれば、羽崎が言ってることが嘘か本心か分かるだろう。動揺した点でも分かれば、そこから突き崩せるかもしれんしな」

「井川さんは羽崎さんが何か隠してると?」

「そうだな……」

 羽崎が少し理性的すぎる気がするのだという。

 少しでも良い人生を歩んでもらいたくて善意を注いだにもかかわらず、晴彦は破滅の道を行ってしまった。その行動に落胆や怒りがあって当然で、もっと感情的であったり、愚痴めいた話が出てもいいはずなのにそれがない、と。

「何と言うか……マイナスの面での人間味がない気がするんだ。出来過ぎた人間ってのは大抵裏があると思うだろう?」

「刑事の職業病ですよ、それ」

「馬鹿、俺たちはそう考えるのが基本の仕事してるんだろうが。信じるだけで良い仕事がしたいなら宗教家になれよ」

「まあ、神様は信じている限り裏切りはしませんからね」

 飄々と返した小宮を井川が真顔で覗き込む。

「俺は今のこの国は色々ろくでもないと思っているが、そこら辺にいる中学生が冷静に誰かを殺そうと計画して実行できる人間に育つほど腐ってはないと思っている」

 それは小宮も同感だ。いくら今の子供たちがゲームや漫画の影響で他人が傷つく事に対して鈍感になっていると言われても、そこまで酷くはないと思う。

 未成年の未熟な感情制御力ではカッとなって抑えが効かなかった突発的な事例は別にして、他人の肉体を悪意を持って傷つける行為は頭で想像するのと実際に自分の手でやるのとでは雲泥の差で、心身ともに相当な大ごとだ。

 普通はまずリスクを考え、後の事に恐怖する。それがスットッパーの役割を果たす。

 真剣に考えれば考えるほど実行には至らないものだ。

「晴彦は気弱な奴だった。そんなガキが、あの結構観察力のありそうな小説家に全く気取らせず宗田たちへの復讐を計画して、実行しに帰るなんて出来ると思うか?」

 確かに、晴彦なら計画を練って行く過程で精神的不安が言動に出て、すぐに馬脚を現しそうだ。

 それを羽崎が見逃すなんてあるだろうか。

「……それって、羽崎さんが復讐を唆した上で晴彦を帰したって疑ってるように聞こえますけど」

 井川は答える代りに姿勢を正す。すぐに軽い足音が聞こえ、羽崎が部屋に戻ってきた。

 大雑把そうに見えるが井川は小宮より人の気配に敏感だった。



「お待たせしました。晴彦君がデジカメで撮った写真をパソコンに移してきたので、見てください」

 テーブルの上に置いたノートパソコンの画面を小宮たちの方に向ける。画面には夕焼けを背景に木の上で翼を休ませる一羽のカラスの写真が映っていた。

 羽崎が横から操作し、次々と晴彦の撮った写真を見せる。

「実は私も全部は見ていないんです。恥ずかしがってあまり見せてくれなかったので。それでも、何枚かは見せてくれたんですが」

 風に吹かれる一輪の花。防風林の上空の飛行機雲。林の中に落ちる弱い木漏れ日――どれも独特の構図で撮られた美しい写真だった。

「……きれいだな」

 思わず小宮が言葉をもらすと、羽崎は目を細めた。

「刑事さんもそう思いますか」

「ええ。写真に詳しくないので技術的なことは分かりませんが、良い写真だと思います」

 羽崎は頷き、悲しげな表情をパソコン画面に向けた。

 画面には朝焼けの空に浮かぶ月が映っていた。

「……晴彦君にもこんなにもきれいなものを見ている瞬間があったのに」

 どうして陰惨な事件を起こし、自ら命を絶ってしまったのだろう。

 言葉なき羽崎の問いに、答えられる人間はこの世にいない。

 晴彦の一番近くにいた羽崎が分からないなら、他に動機を探る手掛かりはもうない。


 小宮は羽崎からパソコン操作を引き継ぎ、次々に写真を見ていった。どれもこの家の敷地内で撮った写真らしいが、小宮の目からすれば来た時に見たあの陰鬱さを感じる林と同じ場所だとは思えないほどきれいに撮れていた。

 もしかしたら晴彦には写真の才能があったのかもしれない。まだ十五歳だった彼には、この先の時間をかけて感性と技術を磨いていけば、将来写真家になる道があったかもしれない。

 画面を見ながら、小宮は酷くやりきれない気分になった。

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