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ファントムバイブレーションシンドローム

 春の新緑の匂いも名残惜しむ程度に消え、アスファルトを焦がすような初夏の香りが漂い始めた今日。


 本格的に夏へ向けて加速を始め、日に日に日照時間も延びつつある。

 それでも、午後八時ともなれば日は文字通り影を落とし、月を輝かせ際立たせる。自らは影を潜め、他者に主役の座を譲って尚、裏から全力サポートする太陽さんはマジ神。本当に男の中の男だよ、あいつは。


 しかしそうなると昼間の気力すら奪う暑さもどこへやら、仕事ボイコットの上、寧ろ涼しいを通り越して肌寒いにまでなってくる。風呂から上がったばかりで、いまだ湿った体はよりその落差を実感してしまう。

 それでも夜風を浴びたくて自室の窓を開けると、既に八時を十五分以上過ぎた現在は、半月が浮かび、せめてもとしてささやかに地上を照らし続けている。


 勿論、夜風を浴びたいのには何となくなんて適当なものではく、理由がある。まあ、


 ――落ち着いていられないから。


 なんて至極単純な理由なんだけど。

 それでも、やけに高いという訳ではないが、確かに普段よりは速度のある鼓動が自分が興奮状態にあることを教えてくれる。


 その時、ケータイが震えた。気がしたので理由はなく部屋の中央まで移動しつつポケットからケータイを取り出した。そのまま点灯させたディスプレイを見るも、メッセージの通知はなかった。


 何、だと……! ただの気の所為だと。そんなバカな。


 これ何なんだろう。結構あるよな、震えてもいないケータイが震えた感じがする現象。

 何なら、電源切ってたのにそれ忘れて、確認してしまったこともある。

 確かこれ、『幻想振動症候群(ファントムバイブレーションシンドローム)』とか言ったっけか。わあ何か、凄いな、かっこいいな。男心くすぐられるなー。で、それ何のアニメに出て来る単語?

 もし何も知らない女子に話しでもしたら、「なに、なんかのマンガの話? 知らないわよ。てか、中二くさっ」とか言われる未来がありありと想像出来るぜ。でも、やっぱりかっこいいぜ。


 とか何とか考えながら普段通りを演じようとしても、やはりそわそわ、心が落ち着かない。結局窓の前まで戻ってきてしまった。ふう、夜風が気持ち良い。


 いよいよ、明日は女子と二人で出掛けるんだよな。


 いや、勿論分かっている。付き合っている訳ではないし、これはデートではない。単なる遊びだ。それでも言葉や意味合いが違うだけで、結局女子と二人きりで遊びにいくのは変わらず、そこにデートとの違いを見出せない。

 とは言っても、今まで女子と二人きりで出掛けたという経験が皆無という訳ではない。回数は少ないとはいえ、一応はある。

 というのにそれでも特別性を感じるというか、それらとは違う気がするのは何故だろうか。


 思い当たるとすれば、二つ。


 今までは何となく話の流れで、とか自然と会うことになったっていうのが多かったけど、今回は雨川の方から誘われた形だということ。女性側から行きたいと意志を示されたのは初めてだった気がする。

 のと、あとはやっぱりあの素顔を見てしまったからなのかな……。あんな綺麗な顔は見たことがない。変に意識してしまっているのかもしれない。


 とりあえず早く決めることは決めて、その時点で今日はきっぱり切り上げ、明日のことはまた明日としたい。のだが。しかしそこまで多く出掛けることのない俺にとっては慣れない遊びコースプランを考えるという重労働の末に送った集合場所と時間に関してのメッセージへの返信がまだ無い。

 いつもはすぐ送ってくるくせにこういう時は遅いのかよ。頼むよ、雨川。早く送ってくれ。俺を生殺しにしないでくれ。


 そんな願いを続けること二、三分経っただろうか。遂に、ケータイがブルっと震えた。今度こそは、ファントムバイブレーションシンドロームなんかではない。

 急いで取り出し中身を見た。


『返信遅くなってごめんね、鹿川くん(>_<) ちょっといつもより長めにお風呂入ってたから。明日鹿川くんに臭いって言われないように、いつもより念入りに洗ってたから上がるの遅くなっちゃた笑』


 思わず目を逸らしてしまった。

 いやいや、ちょっと待て。なにこれ、想像力掻き立てられちゃうよ。女性が風呂入ってる様子とか送ってくんなよ。あっ、見える、見える! けど、モヤがかかってる……。

 なっ、何て凶器(狂喜)的な文章を送ってくるんだ。

 ……しっ、しかし、もう一度ちゃんと見てみようか。


 ――――俺の為に念入りに洗っただと……! ちょっと良いの、これ!? これじゃ違う意味合いにも取れちゃうと思うんですけど! さっきとは違って、変に鼓動が速くなるんでやめてください!

 

『で、集合場所と時間なんだけど大丈夫! それでいこう(*^^*)』


 で、次に送られてきたメッセージ。なんか少し心臓が落ち着いた。

 あっ、オッケーね。


 ……うん、何かあっさりだな。

 いや確かにさっさと終わらせたいとは思ってたけど、あまりにもあっさり過ぎませんかね。何か俺だけ勝手に変な気分になってたみたいでちょっと虚しいんだけど。

 まあ、これ以上特になし。『オッケー、じゃあ明日十時に(^^)/』と送ろうとした所でケータイから高調子な音が鳴った。


『……鹿川くんは今どう?』


 言葉をつなぎ合わせるように送られてきた、雨川からのメッセージ。

 しかし内容は要領を得ない。


『どうって?』


『いま、どういう気持ちなのかなって汗 私はちょっと楽しみすぎてまだ明日なのに興奮してる状態(>_<) これじゃ遠足前の小学生だよね笑』


 俺の問いに程なくして返ってきた答えを見た途端、俺は笑いが込み上げた。

 本当にだよ。小学生だな、俺もお前も。

 てか、何だよそりゃ。全く一緒じゃねえかよ。


『俺もだよ笑』


 返した後も二言、三言メッセージを交わすと、『本当はまだ話したいけど、明日があるからそろそろ寝るね』と雨川から来た。


 まだ九時にもなっていない。俺はもう少し起きるとして、とりあえず今はこれで終了だな。


『分かった、おやすみ』


 そう打とうとした所で、しかし直前にふと頭にある疑問が過ぎった。

 その為、予定変更で別の言葉を打ち込んだ。


『最後に聞きたいんだけど、そういえば明日って素顔で行くの? それとも変装して行く?』


 送ってから、別に今送る必要は無かったんじゃと少し後悔した。

 明日行けば分かる。それを先に知ったって特に俺に影響はない。

 なら何故終わりそうな流れに割り込んで聞いた。


 そんな自分自身の心情への解答も見つけられない上に返信が来ない。さっきまでポンポンと交差していたメッセージも五分経っても届かない。雨川、もう寝ちゃったのか。

 なら良いやとケータイを近くにあるベッドにトスしようとした所で、またケータイが震えた。


『鹿川くんはどっちが良い?』


 ディスプレイにはそう表示されていた。

 質問に質問で返してきたか。つまり、俺の意見によって決めるってことなのかな。

 それなら――


 ――それなら?


 なら何だ。

 俺は今何て答えるつもりだった? どっちかを選択しようとしたか。

 咄嗟の思考。だからこそ自分の信念も誓いも悪意も混ざり込む間隙のない、混ざりっけのない本心。でも余りにも一瞬で、まだ形作られる前のその本心の中身は把握することは出来なかった。

 ……俺はどっちを望んだ?


 いや、違う。確信している。分からないフリをして結局俺の中でどっちだったかなんて答えは出てる。

 それが当然だと分かっているから。俺は素顔の方を望んでしまった。

 

 雨川は良い奴だ。自分の想いにとことん向き合って真っ直ぐで凄い奴。

 なのに、俺は今顔で選んだ。

 自分では中身を評価しろと考えておきながら結局顔左右されてしまった。あいつはそれを望んでいなかった筈なのに。

 そのことに罪悪感を禁じ得ない。



『別にお前の好きな方にすれば良いんじゃないか?』


 結局そう送った。

 そんな自分が嫌になった。

 

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