第6話 剣術と召喚魔法
異世界生活十一日目。本日も朝がやってきた。軽く目を擦ってから横を見るとマヤが居ない、台所で調理中なのだろう。昨日あった疲労感はもうなくなっていて気分も晴れやかだ、きっと魔法が使えた興奮がまだ冷めていないんだろう。とりあえず毛布を被ってマヤの残り香を嗅ぐ。落ち着くわ~。
(さてと)
まずは桶に水を入れて外に行き顔を洗う、今日も青い空が広がっていて清々しい。残った水はその辺に撒いておく。前に花壇にある花に水を撒いたらマヤに怒られた、大事に育てているらしいから気を付けないと。家の中に桶を戻してから裏庭で魔力循環を行う。集中して魔力を滞りなく廻らせるように意識する。今日は初めての剣術もあるし魔法は使わないでおこう、今は集中して感覚を研ぎ澄ます。それから少し経ってからマヤが外に来た。
「そろそろご飯よ」
二人で家の中に入ってからマヤは料理の続き、自分は机を拭いて食器をマヤの傍に置く。マヤが食器によそったのを僕が机に並べていく、今日は雑炊と焼き魚と芋だ。この世界にも芋あったのか。準備を終えて席に着いてから二人で食べ始める。
「「いただきます」」
雑炊はいつも通りに美味しい。焼き魚も脂が乗っていて箸が止まらない、こっちに来て焼かれた魚は初めてだ。芋は少しパサパサしていたが甘かった。芋は畑で育てているわけではなく、この地域では森の中に普通にあるらしい、ただ森の中には魔物もいるから少ししか取れないみたいだ。
「今日は一緒に村長さんの家に行きましょうか」
「は~い」
「片づけと洗濯物をやってから行くから、水汲みお願いね」
早速寝室に戻って道着に着替える、マヤは着替え終わった服を持って洗濯をするために外へ出て行った。
(自分も早く水汲みに行かなきゃ)
水瓶を持って井戸へと向かい、水汲みの作業をする。水汲みを二往復すると家にある水瓶は一杯になった。後は椅子に座って瞑想を再開する。
それから少しして、洗濯物を終えたマヤが来た。
「カイムそろそろ行きましょうか?」
マヤと手を繋いで村長の家に向かう。途中で村の人と挨拶をしながら村長の家に入ると玄関の広間で騎士団長が村長と話していた。
「おはようございます」
「おはようございます。村長さん、騎士団長さん」
村長と騎士団長の名前はうる覚えだ、名前覚えるの苦手なんだよね。
挨拶に気づいた二人は僕たちに挨拶を返す。
「おはよう。マヤさん、カイムくん」
「おはよう御座います。マヤ様、カイム君」
「ジョエル騎士卿もよくお眠りになれましたか?」
「はい、宿舎建設の計画も出来ましたので、後は完成まで時間が出来ました。早速、カイム君を連れて訓練しますが宜しいですか?」
「はい。よろしくお願いします」
「では、カイム君。付いてきてくれ」
「はい、これからよろしくお願いします」
ジョエル騎士団長と共に北の方へ歩いていくと、ミリアムの武具屋でまで来た。
「ミリアムのお店ですよ?」
「ああ、ミリアム殿から裏庭を借りて訓練することになったんだ。宿舎にも修練所を作る予定なんだが、今は建築で忙しいからね」
お店に入るとミリアムが頬杖してカウンターに座っていた。
お客さんがいるのに何やってるんだか。
そのお客さんは棚の商品を見ていた、栗色のショートカットに片側に肩当が付いた革の胸当を背中で結んでいて膝下までのズボンを穿いていた。あれ、見たことある。
「ヴァレリー来たぞ」
ジョエル騎士団長がお客さんに声をかけると少女がこちらを向いた。やっぱり昨日の人だ。
「お父さん遅かったよ。――やっぱり昨日の子だね、お父さんから人族の子供と一緒に訓練するって言っていたから君の事だと思っていたんだよ」
「おはようございますヴァレリーさん。今日はよろしくおねがいします」
「よろしくねカイムくん」
「カイム~。はいこれ」
ミリアムがヒョイと出てきたと思ったら、木で出来た剣を渡してきた。木製の割には本格的な見た目をしていて、柄部分が長く両手でも持てるようになっていた、重さも1キロぐらいあるんじゃないだろうか?
「ミリアム殿、裏庭をお借りします」
「はい~。ごゆっくり~」
ジョエル騎士団長に付いて裏庭に行く。
「さて、今日はカイム君の練習を中心にやろうか。早速だが、私は【刀剣術】の【剣術】と【剣盾術】が出来るんだがどっちを覚えたいかな?」
どっちにしようか? 剣と盾は堅実に戦えるようになるだろうけど、今の体格だと片手で剣を扱うのは大変そうだ。剣術の方は片手で扱うのか、両手で扱うのか、それとも両方なのだろうか?
「剣術の方は片手で扱うんですか?」
「片手でも両手でも好きな方を集中してやっても構わない」
「じゃぁ、剣術の方でお願いします」
「あら、それなら私と一緒ね」
「ヴァレリーさんも剣術を教えてもらっているんですか?」
「そうよ、私は剣術初段になったばかりなの」
「さてと、話しているところ悪いが、まずは剣の勉強からしよう。ヴァレリーは復習だと思って良く聞きなさい」
「「はい」」
ジョエル騎士団長は木剣の先を地面に刺して説明を始める。
「まずは持ち手の先端にあるコレを柄頭と言う。これは剣を振ったときに抜けるのを防ぐ役割を持っている。鍛冶屋にとっては剣の重心を調節する役割もするんだ。そしてその下は握り、又は持ち手や柄と呼ばれる手で握る部分だ」
木剣の柄にある丸い先端部分を指差して説明してくれる。この柄頭は時代や製作された国の特徴が出る部分だと教えてもらった。その下は握りと言って手で持つ場所だ。次に柄と剣身の間にある横棒を指差す。
「この横棒は鍔。地域によっては横鍔と言うこともある部品で、国や地域の特徴が出る部分でもある。剣の種類によってはこの木剣みたく横棒だったり円盤状だったりS字や、よくわからん装飾をされた物まで有る。鍔は主に相手の剣などの刃が自分の手に滑り落ちてくるのを防ぐ役割をするが、特に両手で剣を扱う剣士にとって非常に重要な部分だ。鍔を使って技を掛けたり、殴ったり、引っ掛けたりグリップ代わりになったりと色々出来る」
それから先程の三つの部品を指差して説明を続ける。
「柄頭、握り、鍔の三つを合わせた名称を柄と呼ぶ」
鍔の説明が終わると指が剣身を指す。
「この部分は剣身や刀身と言う名称。剣身の先端を切っ先や剣先と言う」
ジョエル騎士団長が地面から剣を抜いて剣を見せるように持つ。
「もう少し詳しく剣身の説明をしよう。剣の刃が付いていない部分を平。刃が付いている部分を刃先。次は剣の特徴だが、切っ先から剣身の中ほどから少し上の部分を【弱い部分】、剣身の中ほどから根元までを【強い部分】と呼ぶ。これは技を使うときに何度も出るから覚えておくように」
弱い部分と、強い部分? どういう意味なんだろう?
「次は構えてみようか。闘術と構え方はそれほど変わらないから真似してみなさい」
そう言うと、左足を前に正眼に構える。自分も真似して正眼へ構える。
「もう出来てるな。右手を鍔近くの柄に、左手は右手よりも下の柄を握る。剣は切っ先を相手の目へ向けて構えて、足は左足を前に右足を後ろへ。この構えを左正眼構え、又は単に正眼構え、と呼ぶ。足が逆になったら右正眼構えだ。もしカイム君が左利きなら手の位置を逆に構えるんだ、左手を鍔側に右手をその下に」
基本は左利きだけど、どっちでもいけるんだよね。闘術も左右両方で出来るようにしているから剣術もそうやって練習しよう。
「どっちでも大丈夫ですので、両方練習します」
「おお。凄いね、私は右利きだからそっちを中心に教えていくよ。右利きに出来て左利きに出来ない技は無いからな」
「私も両方出来るようにしないと……」
なんかヴァレリーが隣で話していたけどよく聞き取れなかった。何だろう?
「では次だ。構えたときに、剣の刃が自分の方に向いている側を裏刃、相手に向いている側を表刃と言うんだ。これも後でよく使うことになるから覚えておくように。それと、最後に剣には物打と呼ばれる箇所がある。物打とは斬るのに最適な部分とされている箇所だ。剣を人や物に当てると命中したときに剣が振動する、だが、二箇所だけ振動の波と波が重なって振動しない箇所があるんだ。一つは握りの柄部分、もう一つは剣身にある。この剣身にある振動しない箇所が物打と呼ばれていて、そこに当てると余計な振動で力を逃さないから、剣の力を完全に引き出すことが出来る」
そうなのか。よく、切ったときに「手ごたえを感じない」と言うのは物打の部分に当てて綺麗に切っているから、振動を感じずにこういった言動が出たのかな?
「剣身部分にある物打の位置は何処にあるんですか?」
「剣の種類や長さ重さで変わるが、大体は剣身の中心と切っ先の間より少し中心寄りにある。調べるには剣を持って硬い物を叩いてみて振動の無い箇所を探すか、柄頭を叩いて調べる方法が有る」
ジョエル騎士団長は説明してから再び構える。
「剣の説明はここまで。では、型の続きをするぞ。真似してみろ」
次は、左足を前に右足を後ろにし、右手を鍔側の柄、左手は右手の下へ構えた【正眼の構え】から、腕を上段に上げ体をやや斜め右に構える【天構え】。腕と剣先を下げた【地構え】。体をやや右斜めに、切っ先を上に向けて、柄を顔のやや右下に位置するように構える【八双構え】。最後に、体を右斜めにし、腕と剣を体の後ろへ向けて下げた構えの【尾の構え】。と続けて真似をしていく。
「ジョエルさん。いまやっている剣術の流派ってなんですか?」
「流派……?」
あれ、流派で通じないのか。この国では特定の流派が幅を利かせてるのかな?
「例えば、バストニア流剣術とか、王国流剣術とかです」
「――ああ、一応あるんだが、流派というよりは地域色が強いのがあるな」
「地域色?」
「今教えているのは南部流剣術。単純にこのアムリタ大陸の南側はほとんど南部流だな。東なら東部流と、地域ごとに違う」
「地域ごとに特徴っていうのはないんですか?」
「南部流は他の流派と比べると手数が多く技を重視している感じがするな。東部流なら防御重視。西部流は回避重視、北部流は一撃重視の傾向が強いが、どれも癖の範疇だ。私は南部流しか知らないから聞いただけの知識だがな」
横からヴァレリーも説明に加わってくれた。
「バストニア王国は南部流が一般的ね、西のローディア王国は西部流、北にある神聖ヴェルカ帝国は大陸の中心にあるから地方ごとに流派が違うみたいね」
地理を勉強していないから国の名前が出て来ても分からないな。後でマヤに聞いてみようかな。
「さて実際に剣を振る練習をしようか。初段になるには、先に教えた五つの構えからの攻撃と防御を覚えれば直ぐになれる、努力するように。では、正眼構えになって」
ジョエル騎士団長が正眼構えになって剣を振る。流れるような剣筋で見ているだけでワクワクできる。
「まずはその場で剣を振り上げてから振り下ろす練習からだ。――はじめ!」
ただひたすらに剣を上から下へ振り続ける。何度も手の位置を直してもらったりしながら振り続けた後は、後ろ足を一歩前に進ませ、踏み込み足をしながら切り下ろす。
右正眼になったら次は左足を踏み込み足で進ませながら切り下して前に進む。進めなくなるまで前に行くと、次は前足を下げて後ろに下がりながら切り下す。それをひたすら繰り返していく。
「よし、休憩だ」
休憩の指示が出るとヴァレリーは地面に座って足を伸ばし始めた。足よりも手や肩の方が疲れたよ。
「ジョエル騎士団長。前に餓鬼族と戦ったことがあるんですけど、強さの位置づけとしてはどのくらいなんですか?」
【世界の種族】を読んでいたら、この世界に来たときに出会った砥粉色野郎は、獣人族に属する餓鬼族という名前だったことが解った。餓鬼族は森や洞窟などに集団で住んでいて、獲物を探すときや周囲の監視を行うときに単体で出歩くと書いてあった。
「え!? カイム君、餓鬼族と戦った? よく無事だったな」
「はい。あの時の自分でも、何とか一体相手に立ち回る事が出来たので、魔物の中でもどのくらいの強さなのかが気になって」
「そうか、強さは武術の心得が無い大人でも一匹なら倒せるだろうな、二匹相手でも無傷とはいかないけど倒せるとは思う。ただ、子供では一匹相手にするのも難しいだろう」
子供で倒せたことは凄かったのか、最終的には死にそうになったけどね……。
「父さん、私みたいな初段はどの程度の相手までと戦えるの?」
「単独の闘豚族とは戦えるだろう。ただ奴らは個体によって大きく能力が違うから過信は出来ないがな」
初段でオーク? 初段はどのくらい強いんだろうか?
「初段を取るのにどのくらい掛かるんですか?」
「初段は長くて五年と言われている、五年過ぎても駄目ならその武術に関しては才能が無いと判断されるんだが、初段は努力さえすれば誰でも取れるとも言われている」
「他の弐段や参段はどのくらいですか?」
「弐段は長くて十年、参段も長くて十年だが努力と少しの才能が無いとなれない」
参段の時点で才能が必要なのか、なんとか参段までいきたいね。
「ジョエル騎士団長は何段なんですか?」
「私は剣術が肆段と剣盾術が参段だ」
「肆段になるのはどのくらい難しいんですか?」
「まず、初段から参段までの基礎と応用が瞬時に出来ることと強化術を扱えることが絶対条件だ」
「強化術ですか? 魔法にも似たようなのがあったような……?」
「魔法の強化魔法と武術の強化術は同じものだ。強化術とは武術を修め鍛錬を積むと出来るようになる。武術を修めていなくとも強化術を使える人の事を、強化魔法と呼んでいるんだ。先にも言ったが全く同じもので、魔法使いか武術家かで呼び方が違うぐらいだな」
「強化術というのは自分を強化出来る技と考えていいんでしょうか?」
「そうだ。強化術にも二種類有って【攻撃強化術】と【防御強化術】の両方が出来ないと肆段とは認められない。後は、伍段になるには【武魂術】が出来ないとなれないんだが、私には方法がさっぱり分からない」
強化術は腕力が強くなったり、攻撃を受けても耐えられるようになるんだろうか?
「お父さん見せてあげたら?」
「そうだな、後学のためにもやって見せるから。よく見ておくんだぞ」
そう言うとジョエル騎士団長は裏庭に立てられていた練習台へ向かい、少し離れた場所に立つ。この練習台はミリアムお手製の案山子だ、ただの丸太に鉄板を着けた代物だ。それにしても、よく素手で鉄板殴れるよな、あの人。
ジョエル騎士団長は木剣を地面に突き刺すと、腰に下がっていた剣を抜き八双に構える。
集中しているのか微動だにしないなと思った瞬間に空気が変わった感覚がした。
「――フッ!!」
気合と共に「ブオ!」っと風を切る音がしてジョエル騎士団長の姿が一瞬ブレた、ブレた瞬間に破砕音が響き渡る。踏込んだ場所の土は抉れ、案山子は丸太ごと中間から砕かれていて、鉄板も真っ二つになって地面に落ちていた。
(すげぇーー!!)
これが強化術か、凄すぎるな。鉄板ごと丸太を切れるなら鎧の意味を成さなくなる。さらに上の武魂術はもっと凄いんだろうな。
「凄いですね! 武魂術はもっと凄いんですか!?」
「そうだな、強化術は自分の体を強化するものなんだが、武魂術は武器に強化術を流せるようになるんだ。ただ出来る人は数えるほどしかいないがな」
強化術は自分の体以外は強化出来なくて、武魂術はその限界を超えた事なのかな? どっちにしても強化術は使ってみたいな。
「まずは初段を目指して、練習お願いします!」
「その心意気だぞ。よし、また素振りからいくぞ――」
その後も、お昼になるまで三人で練習をしていた。帰るときにミリアムが様子を見に来て「あたしの案山子八子がぁぁぁぁーーー!!」って叫んでいたけど、騎士団の方で丸太を提供することになって落ち着いた。ミリアム、八子はないだろ。
家に帰るとマヤがお昼ご飯を用意して待っていてくれた。お昼は、黒パンに鶏肉と野菜を挟んだのと、ヒヨコ豆と玉葱を煮込んで塩で味付けしたスープだ。手を合わせて食べ始める。
モグモグと肉を、パクパクと黒パンを食べながら、お願い事を思い出す。
「マヤ、釣りをしてみたいんだけど、外に出てもいい?」
マヤは食べるのを中断してから、首を傾げて考え始めた。
「そうね……。近場の海くらいなら外出許可を出してあげたいんだけど、外は危ないから子供をなるべく出さないようにって村の暗黙のルールがあるのよね……」
「そうか~。子供って何歳まで? 二十歳までとか言わないよね……?」
まさかの二十歳までだったら、あと十四年も待つしかなくなる……。
「え? 成人は十五歳よ。それと、十歳で村の外に出てもいいことになっているわ。――それと外に出る話だけど、何かの武術で初段か、攻撃魔法を二つ以上覚えて【修練者】になれたら外に出てもいいわよ」
それなら手っ取り早く攻撃魔法を覚えれば、すぐに外に出れるな。それに、成人が十五歳ならこの世界の平均寿命は長くないんだろうな。
「なら攻撃ま――」
「攻撃魔法以外の魔法を覚えましょうか」
「……」
言葉を遮られて、先手を取られてしまった。まぁ他の魔法も覚えたかったしいいか……。
食べ終えた食器の片づけをしてから、机にマヤが魔法書を置いて魔法の勉強を始める。
「魔法の勉強ね。【攻撃魔法】の他には、強化魔法を抜かして【補助魔法】と【特殊魔法】があるわ。【補助魔法】に属しているのは治癒魔法と変性魔法。【特殊魔法】に属しているのは召喚魔法と付与魔法ね」
治癒魔法はそのまま治癒の魔法。変性魔法は物の持つ性質を変えられる魔法。ただ変性魔法は一部の魔法が失伝していたり、禁忌魔法とされていて覚えるのも大変らしい。召喚魔法は物や生物を召喚出来るが、適性者が魔法の中で一番少ないみたいだ。付与魔法は魔法を覚えるよりも付与された道具を作る技術が必要で、覚える魔法自体は少ない。
「マヤ、お薦めは?」
「一番は治癒魔法かしら、自分の身を自分で守れるからね。一人で外に出る状況になった時のために召喚魔法もいいわね、生物を召喚出来るから護衛にいいと思うわよ。あと、私は付与魔法が苦手で専門的なことは教えられないわ」
(う~ん…)
無難に治癒魔法を覚えようかな。でも、召喚魔法って言葉にはロマンがあるよね。それに、禁断とか、失伝とか背徳感が湧く変性魔法もいいな。
「治癒と変性と召喚はどんな魔法を教えてくれる予定?」
「一級魔法だから治癒魔法なら【簡易治癒】、【休息鎮静】、【周囲索敵】、【魔法盾】ね。変性魔法は【革の皮膚】、【魔法照明】、【暗視】、【消音】で。召喚魔法は【具現化する短剣】、【具現化する槌】、【番犬召喚】、【伝書鳩召喚】よ」
名前だけなら治癒魔法か召喚魔法のどっちかかな。変性魔法は何だかヤバそうな職業向けみたいだし。
「一気に二級魔法は覚えられないの?」
「一つも魔法を覚えていない人が一級を飛ばして二級、三級以上の魔法を覚えることは不可能よ。ただ、一級魔法を全て覚えていなくても、一級魔法を二つ三つ覚えられた人が二級魔法を覚えることはあるわね」
他にも例え治癒魔法で三級の腕前があっても、行き成り他の魔法の三級魔法を覚えることは出来ないみたいだ。どうしてか解明されていないが、一級から覚えていくしかないようだ。
「悩む……」
「候補は有る?」
「【簡易治癒】か【周囲索敵】か【具現化する短剣】かな」
「【簡易治癒】は直接患部に触れて傷の表面を治癒するの。だから、骨折や臓器の損傷は治せないわね、それに治癒するのに時間もかかるわ。【周囲索敵】は周囲の生き物を感知するわ。ただ、敵か味方かは識別出来ないし、不死族は感知出来ないわね。他にも修練しないと索敵範囲は広がらないわ。【具現化する短剣】は短剣を召喚するの、手から放したりしたら維持出来なくなるらしいけど、使ったことないから分からないわね」
「うーん……【具現化する短剣】でお願いします」
治癒と違って怪我しなくても練習できるからね。それに召喚するだけなら安全でしょ。
「準備するから外で待っててね」
先に外に出て待っている間に魔力循環をする。瞑想してると落ち着くようになってきた、後はお茶と餅が必要だな。大好物だから。
(雑念が入ったな……)
改めて瞑想を再開するとマヤが裏庭に来る。
「儀式を始めるわよ。カイムはこの魔法書に描いてある通りに魔法陣を描いてみて」
マヤに魔法書を手渡される。早速、魔法棒で地面に描いてみると思いのほか難しい。綺麗な円や模様が上手く描けない。マヤに助けてもらいながら魔法書を見比べて魔法陣が完成した。後は、完成した魔法陣の四隅に補充された魔法石を置く。
「それじゃ、魔法儀式を始めましょうか。カイム、魔法陣の中に立って」
「はい、分かりました」
緊張するな、召喚魔法の適性も有るといいんだけど。マヤが魔法陣に手を翳す。
「カイム。イメージは手に短剣を思い描いて集中するのよ。――始めるわね」
マヤの手から魔法陣に魔力を流していく。金髪が揺れ魔法陣の淡い光が徐々に強くなっていった。自分も目を閉じて集中していると、魔法陣から魔法を使うときのイメージが湧いてくる。自分の手に短剣を召喚する姿が映り、その短剣のイメージを何度も強く意識すると何かが入り込む感覚がしてから、魔法陣の光が消えた。
「どう? 成功した?」
ちょっと不安げな顔をして上目遣いにマヤが聞いてきた。可愛いな。魔法陣からイメージと何かが入り込む感覚もしたから成功だろう、後は実際に召喚するだけだ。
「成功したみたいだから、召喚してみるね」
目を閉じて瞑想から始める。魔力を体に廻らせるように集中して魔力をはっきりと認識したら目を開ける。
(後は、魔法陣から湧いてきたイメージ通りに……)
柄を持つように軽く握った左手を前に出し、手を開いた右手を左手に合わせる。
「具現化する短剣」
短剣の柄、鍔、剣身と想像しながら右手を右に動かしていく。そうすると柄が現れ、右手で隠れていた部分が露わになった所から鍔と剣身が見えた。召喚を終えた左手には剣をそのまま小さくしたような無骨で鍔の長い短剣を握っていた。
「――出来た」
「おめでとうカイム!」
少しの間振ってみる。召喚するのに魔力を消費するだけで、維持するのに魔力はいらないみたいだな。使い勝手はよさそうだ。
「このまま実験しててもいい?」
「いいわよ。枯渇状態にならない程度になら、気が済むまでやりなさい」
(手を放したら消えるのか試してみよう)
手を放すと地面に落ちきる前に消えた。たぶん、一秒も経っていないだろう。集中してもう一度召喚してみる、今度は魔力を多めに入れてみた。出来た短剣を眺めてから落とす。今度は地面に落ちて少ししてから消えた。
魔力を多めに入れると維持出来る時間も伸びるのかな? 落としたのを拾って戦うやり方は出来るんだろうか? あれ、落としたら拾っても維持出来ないのかな?
集中してから、短剣を強く想像し、軽く握った左手を前に出して右手を添える。
「具現化する短剣」
右手を右に移動させながら短剣を召喚する。見た目的には召喚よりも作っている感じがするけどね。先ほどよりも魔力を込めた短剣を落としてから拾う。
「…………」
(なるほど)
手を放したら短剣を維持していた魔力が抜けていくみたいだ、短剣を拾った時に失った分の魔力を感じ取れたので、魔力を補充したら消えることなく今も手に収まっている。次の実験は一度作った短剣の見た目を変えられるのかだ。目を閉じて鍔の無い形状を想像して集中する。
「ぐ、ぐぬぬぬぬ……」
魔力を送り込んだり、別の形をした短剣を想像したりしてみたけど、魔力を消費しただけで特に反応は無かった。
「……駄目か、出来そうな雰囲気はしたんだけど」
「形状を変えようとしたの?」
家の中に行ったのかと思っていたけど、ずっと見ていたのか。なんか、嬉しいな。
「そうなんだけど、一度作った形状は変えられないみたい」
「どういう風に変えたかったのか分からないけど、具現化する短剣は魔法名の通りに短剣の範疇からは超えられないわよ」
「なるほど」
鍔を無くせたら、次は剣身を長くしてみようと思っていたけど、短剣の範疇に収まる剣身の長さには限界があるんだろうな。もうすこし実験したいけど、そろそろ限界かな。
「魔力が少なくなってきたから今日はもう止めるね」
「分かったわ、今お茶入れるから台所で待ってて」
二人で家に入るとマヤはお湯を沸かせ始める、付与技術を使った道具でボタンを押すと火が出る便利な道具だ。中には補充された魔石が有って使えなくなったら補充するか新しい魔石と入れ替えるみたいだ。
「マヤ。魔石ってどういった物なの?」
「そういえば、説明してなかったわね」
お湯が沸くのを待ちながらマヤが話を続ける。
「まず、魔石は一部の魔物の体内に入っているわ。魔石を持っているのは【獣族】、一部の【龍・竜族】、【魔族】、【悪魔族】ね」
魔石を持っている魔物を倒したら体内から魔石を取るらしい、気持ち悪いな……。
魔石の用途は主に二つ。付与技術で作られた道具の燃料として使うか、魔石に付与を施して魔法石にするか。
魔石に魔力を籠める方法は、魔法が扱えるなら努力すれば出来るみたいだ。また、魔石に籠めた魔力が無くなっても補充することが出来るが繰り返し使うと壊れる。他にも魔石に入れた魔力を自分に戻すことも出来るけど、補充された量の半分以下しか戻らない。
「魔法石はどんなものなの?」
「魔法石は空の魔石に付与魔法を施して魔法石にするか。古代長耳族の遺跡などで見つけるかね。魔法石を作るのは三級から四級の腕前の付与魔法使いじゃないと出来ないわ。魔法石が手に入ったらその大きさによって入れられる魔法が決まるの、最大で五級までで魔石と同じように何回も使っていると壊れるわ。他にも魔法使いの杖に魔法を安定させるために付けられてるわね」
魔石や魔法石の大きさは五段階まであって。
【魔石の欠片】<【魔小石】<【魔石】<【魔大石】<【魔結晶】と大きくなっていく。もちろんそれが魔法石なら魔石の名称の部分を置き換えればいいだけだ。また、魔石が空のときは灰色。魔力を籠めると朱色に染まる、質がいいものは赤色だ、赤色の魔石は魔力の大半を自分に戻せる。魔法石は空のときは透明。籠めると水色になり、質のいい物は青色。ちなみに、魔法石から魔法を戻すことは出来ない。
「前に魔法の儀式は、あと二回出来るって言っていたのは?」
「魔法石の方ね。魔法石は何度か補充できるって言ったけど、魔法儀式に使うと一回で壊れるのよ。今回使ったから後一回分ね。この村に魔法石を作れる人が居ればいいんだけど、月に一度の隊商に頼るしかないのよね」
「覚えるのが一杯だなー」
「そうね。今日はここまでにして読み書きのお勉強をしましょうか」
どっちにしろお勉強か。まぁいいけど。専門用語以外ならだいぶ読めるようになってきたんだよね。
「少し早いけど、そろそろ他の言語も勉強しましょうか」
「え、今のもまだ覚えてないんだけど……」
「こういうのは早いほうがいいのよ」
「が、がんばります」
「今私達が話しているのは【古代長耳族語】で大半の他の種族もこの言語を喋っているの、だから別名で【大陸語】とも言われているわね。正直、他の言語を勉強しなくてもこの言語を使えれば不自由しないんだけどね。
他には【古代神語】といって未だに解析できていない言語と。【精霊語】、私達、精霊族が使う言語ね。次は【人獣語】で、これは人里離れたところに住んでいる人獣族が話しているけど、今は人獣族も大陸語を喋っているわね。最後は【龍語】たぶん使うことは無いんじゃないかしら?」
五つしかないのか、少ないな。もっと種族毎にあるのかと思っていたよ。
「何で大半の種族が古代長耳族語なんですか?」
「それは地上から神様がいなくなったときに世界を統一していたのが古代長耳族で、その時の言語が古代長耳族語で統一されていたから殆どの種族が喋れるのよ」
「なるほど。おかげで楽でいいですね」
「そうね。でも、そのせいで独自の言語を使っていた種族の殆どが古くからの言葉を忘れてしまったけどね。じゃぁ、これからは精霊語も教えていくからね」
「はーい」
今日から今までの大陸語の他に精霊語も勉強することになった。大丈夫だろうか自分の脳みそは……。
これから多くの構え方が出てきますので、出来れば覚えていただくと次話以降スムーズに読む事ができると思います。覚えるのが多いですが……。
※十話に構えのまとめがあります。
用語と造語コーナー
※難しい用語から作者が作った造語まで分かりにくいものを説明するコーナー
クィヨンダガー=鍔があるダガー。ほかにもキヨンダガーとも言うみたいです。




