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僕は君との思い出を  作者: 海鴨
第一章 異世界
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第4話 煮干しと魔法

 小鳥のさえずりで目が覚める、異世界で四日目の朝を迎えた。すでにマヤは居ないみたいだ。台所から美味しそうな香りがしているから調理中なのだろう、とりあえず毛布に残った残り堪能たんのうしてから起き出す。


「おはようマヤ」


「おはようカイム」


 朝の挨拶をしたら水瓶みずがめからおけに水を移して外に行く、桶の水をすくって顔を洗っていると少し肌寒い風が吹いて来た、上を見ると青い空が清々(すがすが)しい。初日にも見た二つの太陽が地平線の向こうに見えた。今思うと夜に外を出歩いたことが無いから月を見たことがない、月も二つあるんだろうか?


 桶に余った水をいてから家の中に戻しにいく、その後は机や椅子を拭いて寝室も軽く掃除していく。毎日マヤが掃除しているから綺麗なんだけど一応、一通りやってから台所に戻った。


「まだご飯まで少しかかるから自由にしてていいわよ」


 そういうことなら、速く読み書きを出来るように、そそくさと本を取りに行く。


 僕の愛読本である【世界の種族】で言語の勉強を始めよう。机に本を広げて文字とのにらめっこを開始する。


 言語の勉強を始めてからまだ三日しか経っていないが、簡単な単語は覚えてるみたいだ。やっぱり読み書きが出来ない状態からではなく、話せるけど書けない状態だとすでに言葉自体の意味は分かっているから覚えが早いのかも知れない。

 言葉の意味は分かっているんだから後は、文字と意味を結びつけるだけでいいのだから、それでも接続詞関連は難しいけどね。


 それよりも紙がないと文字を書く練習が出来ないんだけど、やっぱり村長が羊皮紙(ようひし)を使っていたし、紙は高いのかな?


「紙って高いの?」


「綺麗な紙は物凄く高いわね、羊皮紙なら一枚で銅貨二枚くらいかしら?」


 数枚で銅貨ならいいけど一枚でその値段は高いな。土にでも書いて勉強するかな。


「質の悪い羊皮紙なら少しあるわよ、はい」


 マヤから渡された羊皮紙は、端がボロボロだったり黒ずんでたり、穴が開いてたりで確かに質は良くないみたいだ。こういう羊皮紙なら数枚で銅貨一枚らしいけど、どっちにせよ高い気がする、しかも書きづらいな練習だからいいけど。


 文字を書く練習をしながらも必死に集中する。そうしないと美味しそうなご飯の香りに負けそうになるから……。


「ご飯出来たわよ」


「は~い」


 トコトコとマヤのそばに行って準備の手伝いをする。今日の朝は黒パンと蚕豆そらまめ玉葱たまねぎ、リーキにカブと魚の身が入ったスープだ。美味しそうな料理を前に手を合わせてから、黙々と食べる。食後には色茶葉茶しきちゃばちゃを飲んでなごむ。


「今日はどうするの?」


 そんな僕を見ながらマヤが今日の予定を聞いてくる。


「う~ん。水の補充してから、足運びの練習と村の土塁どるいでも走ってこようかな」


「分かったわ。私は村長のところに寄ってくるから、お昼頃に帰ってくるわね」


 マヤと一緒に洗い物をしてから、彼女が出かけるのを見送る。


 家の中に戻って道着に着替えてから今日も水瓶を持って水の補充をしよう、結構疲れるから筋力はつきそうだよね。


 家を出てから右に進むと何時いつどおりに広場には誰も居ない。井戸からせっせと水を入れてから家に帰って、置いてある水瓶に移し変える作業をする。それが終わったら家の庭に出て、足運あしはこびの練習をきるまでしよう。


「ふぅ……こんなものかな?」


 違和感無く足運びが出来るようになったから、次は筋肉トレーニングでもしよう。


「うぉぉぉおおおお!」


 つ、つらい。つらすぎるぅぅ!


 腹筋、背筋、屈伸、腕立てを、二十回ずつやるだけで限界を迎えた。やっぱりこの年齢では鍛えるのも大変だ、腕立て一回やるだけでも叫ばないと出来ないんて……。何時いつか近所迷惑で犬のお巡りさんが来るかもしれん。


 さて、気を取り直して村の周りでも走ってこよう。


 家を出て井戸で水を飲んでから土塁のうえがる。土塁に打たれた防御柵の隙間から村の外を眺めると海が見えた。桟橋から村の人が魚を釣っているみたいだ、背が低いから柵の隙間からしか見れないのがもどかしい。


 そういえば自分は外に出ちゃ駄目なのだろうか? 今度マヤに聞いてみようかな。


(よ~し、走るか)


 村の周りを時計回りに走る、土塁の上は三人程並んでいても余裕があるくらいの幅があった。たまに見張り役の人獣さんが立っているので挨拶をすると、こっちを見て驚いてから挨拶を返す人獣が多い。ここの人は人族ヒューマンを見慣れてないのか、それとも走ってる人が珍しいのかどっちなんだろう?


「ホッホッホッホ」


 テンポ良く息を吐きながら、そのまま走り続けて村の西側にまで走って到達した。思いのほか村の敷地しきちが広くて脇腹が痛くなってきたよ……。


 おかげで村の規模も何となく分かってきた気がする、ぱっと見て家が百軒ほどあるみたいだから一軒四人暮らしとして人口四百人くらいかな? 多いのか少ないのか分かんないけどね。視線を村から土塁の道に移すと強面こわもての人獣族がこっちを見ていた。


「おい、小僧なにやってんだ?」


「ヒッ……走って体を鍛えてます」


 ちびるかと思うほどに怖い顔をしている。目は鋭くほおには引掻(ひっか)き傷が付いているのにモフモフな尻尾と耳のギャップで色々と凄まじい。


「マヤさんに拾われた子供か?」


「はい、そうです」


 すると目を細めて観察するように下から上に視線を巡らせた。少ししてから歯を見せて微笑ほほえんだ。いや、微笑んでるのか? 捕食されそうな心境にしかならないんだけど……。


「俺は栗鼠人族(ビューカ)薬師くすしでリィデットだ。坊主、薬が必要になったら俺の所に来な、安くしとくぜ」


 アンタ、栗鼠リスでしかも薬師なのかよ、そんな雰囲気も顔もしてないよ!


「僕はカイムです。よろしくお願いします」


 リィデットは濃茶色の毛が生えている腕をきながら話を続ける。


「体鍛えてるんだっけか? 武術には属さないが投擲とうてきの仕方でも教えてやろうか?」


 投擲って石投げのことかな? 石を投げるのにコツがあるのか、教えてもらおう。


「はい、お願いします」


「おう、いいぞ。こっちきな坊主」


 付いて行くと、土手を降りて少し歩いてから、こっちに振り向いて土塁に向かってゆびした。指された方向を見ると土手にマトが張り付けてあった、ここで練習するのか。リィデットさんの方に振り向くと木製の短槍たんそうを三本渡してきた。


「それを此処ここから投げてみな。もちろん的に当てるようにな」


 投げるのは石じゃなくて槍か、確かにそっちの方が見た目的にはいいよね。さて、さっそく一本目を投擲しよう。


 短槍を握って的に狙いを定めてから腕を振って短槍を投げる。風を切る音をらしながら飛んだ後に、土にめり込む音がした。短槍は的から数十センチ離れて土塁に刺さっていた。


「はっはっはははは」


 ちくしょう、笑いやがって。今に見てろよ!


 二本目を的に向かって投擲すると、土塁の上を通り越して防御柵に当たり地面に転がった……。


「ぐっははははははははっへへははぁ」


 ち、ちくしょう。心が折れそうだよ。ってか笑いすぎだろ。


「ふぅ……っふふ。坊主、的を良く見るんだ。それに遠投するわけじゃないんだから、もっと力抜いて構えてみな。持ち方も、こうやって握るように構えてみるんだ」


 そう言いながらリィデットさんは構えを直してくれる。


「ほれ、構えはこうでいいだろう。投げてみな」


 よく的を見て集中する。いけると思った瞬間に腕を振り投擲すると短槍は一直線に的に飛んでいった。的に書かれていた四つの円のうち二番目に近い場所に当たったみたいだ。


「やれば出来るじゃないか、もう何回かやってみな」


「はい」


 返事をしてから短槍を拾いに行く。見た目のわりに親切な人みたでよかった。その後も繰り返し投げては拾いに行くのを繰り返していると、徐々に的に当たる割合が増えてきた。


「コツ掴むのが早いな坊主。でも今日はそろそろしまいにしようか」


「はい、ありがとうございました! また、来てもいいですか?」


「おう、何時いつでも来い。でも何時も此処ここにいるわけじゃないからな、その時は勝手に練習してていいぞ」


「そういえば、リィデットさんは薬師なのに何で武器を持って立っていたんですか?」


「ん? そいつはな、俺が自警団に入っているからだ。皆、仕事があるし交代制で見張りをしているんだ」


 ああ、そうか。どおりで兵士っぽい恰好をした人が、村にいなかったのか分かったよ。兵士がいない代わりに、自警団がいるのか。それから互いに手を振って別れの挨拶を交わした後に、走るのを再開した。



 西側から走って北側に行くと北門で土塁の道が途切れていた、正確には階段があって北門の上に登れるようになっていたんだけど見張りの人に止められてしまった。


人族ヒューマンか? こんなところで何やっている?」


「体力をつけようと思って走っているんです」


「そうか、悪いが門のうえがらせる訳には行かないから下を通ってくれ」


 そういう事なら、さっさと土塁を降りてから北門を横切り再び土塁の上に上がる。次は北側から西側に戻ってやっと一周だ。正直、一周するだけで限界を二回は超えた気がする、なにせ距離が長すぎる。


 疲れきった体を酷使して、なんとか西側にまで戻って来た。あぁ、疲れた心を癒すために、マヤのかおりをぎたい。くんくん。


「汗だくになっちゃったな」


 上衣じょういを脱いでから井戸のひもを引っ張って、釣瓶つるべに入った水を頭から被る。冷たくて気持ちいい。もう一回井戸から水を汲む、今度は頭から水を被りながら飲んでみる。水遊び面白す。


 一人でキャッキャッウフフと遊んでいたら水瓶みずがめを抱えた女の子がこっちに向かって歩いて来ていた。水瓶で前が見えないのだろう、少し足元が覚束ないみたいだ。近寄っていって声を掛けてみる。


「大丈夫? 手伝おうか?」


「?」


 水瓶から、ひょこっと顔を出した子は顔見知りだった。垂れた耳に白い髪と白い尻尾、大きくて潤んだ青いひとみでこっちを見ていた。服屋さんに居た女の子だ。


「……」


「……」


(え? なんで止まってるの?)


 大きく見開いた瞳で凝視したまま固まっていた。覚えてないのかな? とりあえず一歩近寄ると、女の子も一歩下がっていった。


(前にも似たようなことがあったような……)


「えっと、覚えてるよね? 昨日服を買いにいったんだけど」


「……覚えてるにゃぁ」


 まだ警戒されてたのか、紳士的にしてたのに。おかしいな。


 水を汲みに来たのだろうし道を譲ってながめてみる。


 女の子は水瓶を地面に置くと、一生懸命に手を伸ばして井戸の紐を引き寄せ始めた。背伸びするまで体を伸ばしてから、ひざを曲げるくらいにかがむの繰り返しだ。


 女の子の息が上がってきていて早くも疲れ始めたみたいだ。ちなみに僕もそれを見て息が上がってきた。だ、駄目だこれ以上は耐えられそうに無い。


「手伝うよ」


「……」


 返事が来ないけどきっと手伝ってもいいよって事だろう。なんだか若干じゃっかん顔が火照ほてっている僕の顔を見ていぶかしんでるみたいだけど、運動したからだよ?


 頑張って良いところを見せようとして井戸から水瓶にジョボジョボと水を入れていたら、いつの間にか満杯になっていた。


(これ、重くて持ってけないんじゃ……)


 女の子の顔を見ると、頭を横に振っていた。持っていってあげるか。水瓶を持ち上げて振り向く。


「家まで持っていくよ」


「ぁ……ぁりがとにゃぁ」


 上目遣いに僕を見ながら、前に出した自分の両手を握って、恥ずかしそうにしていた。


(これはマズイ)


 なんだか持っている水瓶が軽く感じてきた、今ならスキップでもいけるよ!


「まだ、自己紹介してなかったね? 僕はカイムよろしくね」


「ぇっと、みーれる」


 ミーレルちゃん可愛いよ! あ、でも僕にはマヤがいるんだ! どうしよう!?


「ミーレルちゃんは、いくつなの?」


 ミーレルは、こっちを見て少しもじもじしてから首をかしげて答える。


「五さい」


 わっしょい! わっしょい!! 何だその仕草は、反則も良いとこだろ!!?


「はぁはぁ、ちょ、ちょっと待っててね」


 水瓶を置いてからとおりに生えている木に近づく。その後は勢いよく頭をちつける。落ち着け、落ち着くんだ。お前なら出来る。


「ごめんね、行こうか」


「ぇ……うん」


 なんだかちょっと脅えてるみたいだけど、どうしたんだろうか? やっぱり外は怖いよね、変な人が出るかもしれないから早く帰してあげないと。


 その後も二人で楽しく会話しながら歩いていたら服屋の近くまで来ていた。ちなみにミーレルの好物は魚。猫だから? これは何とか村の外に出る許可をもらって釣りに行かなくては。他にも精樹の村に来る人族ヒューマンは月に一度の隊商として来ている人達くらいという話を聞けた。


「あれ? カイムちゃん? 水汲み手伝ってくれたのかい、ありがとうね」


 服屋のおばちゃんに声をかけられた。


「たまたまミーレルちゃんに会ったので。このままお家の中に置いて行きますね」


「時間があれば、そのまま娘の相手してあげて、同世代の遊び相手が少なくて困ってたのよ」


「いいんですか! お母さん! 是非、遊ばせていただきます!」


 そうと決まれば膳は急げだ。ミーレルに扉を開けてもらって台所に水瓶を置く。あれ、腕が上がらない、よく頑張ったな自分。ふと横を見るとミーレルが棚をあさっていた、何をしているのだろ。探し終えたのか小さい手の平一杯に小魚があった。


「あげる」


「ありがとう。一匹もらうね」


 小魚を一匹とってみる。小魚は乾燥していてそのまま食べれそうだ、口の中に放り込んで咀嚼そしゃくする。うん、煮干にぼしだね。


 隣ではミーレルが美味しそうに煮干しを一匹ずつ食べていた。凄く幸せそうな顔をしている、見ていて微笑ほほえましい。最後の一匹を食べ終えてしまい、口をとがらせてうつむいている姿も可愛らしい。


「ミーレルなにして遊ぶ?」


「あそぶ? ……ほんよむ」


 ミーレルは一人で部屋から出ていくと、しばらくして戻ってきた。小脇には本を抱えている。一人で出てっちゃった時には置いてかれるのかと思ったよ。ミーレルは机に本を広げると瞳をこっちに向けてきた。


「よむ?」


「ごめん、まだ読み書きが出来ないんだ」


「じゃぁ、よんであげる」


 ミーレルは本を見てから、大きく口を開けてたどたどしく音読してくれた。


「ぇっと……。【きゅうせいしゅのぼうけん】むかし、むかし」


 む? 解読するのがちょっと大変かも……。とりあえず要約ようやくするとこんな内容かな?


【きゅうせいしゅのぼうけん】

 遠い昔。まだ人と人が争い、獣人族や魔族が跋扈ばっこしていた時代に救世主様は生まれました。人が魔物によって追いやられるのを見た救世主様は世界に平和をもたらすために仲間と旅に出ます。道行く先々で人を助け魔物を追い払い、時には迷宮ダンジョンに入って財宝を手に入れた救世主は最後に、魔王に戦いを挑み勝ちました。こうして世界は平和になったのです。


 正直どこにでもありそうな物語だった。ただ、題名通だいめいどおりに冒険に焦点を当てた話になっている。


「きゅうせいしゅさま、かっこいい」


「そうだね、救世主様は格好良いね」


「カイムもきゅうせいしゅさまを、めざしてるの?」


 救世主? 人を助けたり出来る強さは欲しいよね。


「そうだね、なれるといいね」


 微笑ほほえみながら答えるとミーレルも嬉しそうに微笑んだ。脚色してあったとしても救世主には努力してもなれそうにないけどね。なにせ剣で岩を切ったり、鎧ごと敵を真っ二つに出来るくらいだから。でも、近づけるように努力はしないとね。


「きゅうせいしゅさまは、まほうも、ぶじゅつも、ひととおりできたの。がんばってね」


 ハードル上げられたぞ。でも、頑張ればきっと大丈夫だよね?


「救世主様はどうして強くなろうとしたんだろうね」


 ミーレルはじっと僕の目を見つめると言った。


「みんなをまもるため。いまも外はきけんでいっぱい。みんな村や町にいないと、こわくて外にはでられない」


 その瞳には、真剣さと怯えが入っていた。僕が外に出たのは一度だけだ、そのたった一度だけでも怪物に襲われて恐怖した。たまたま運が悪かったと思っていただけだったけれど、村の外を一歩でも出ればそれが普通なのかもしれない。

 

 ただの村でさえ土塁防壁モット・アンド・ベイリーきずいて堀や、門に監視塔までついているんだ。そこまでするという事は、襲撃される危険がある、もしくは襲撃されるのが当たり前という認識なのだろう。もしもの時のためにも、もっと真剣に自分を鍛えなくていけないみたいだ。


「大丈夫。いつか強くなってミーレルを守れるようになってみせるよ」


「だめ、あたしだけじゃなくて、みんな」


 まったく、この子はしっかりしているよ。


「そうだね、皆を守れるくらい強くならなきゃね」


 この村に来てまだ間もない。人獣の人達は大抵、僕を見ると驚いたり警戒したりする、人間族が人獣族に迫害をしているのは聞いただけで実際に目にはしていないから、どれ程苛烈(かれつ)なのかは知らない。それでもここの人達は僕に話しかけたり優しくしてくれる。もしものときはそれを返すくらいの男になりたいね。


 その後、玄関の扉が開く音がして。ミーレルのお母さんが来た。


「カイムちゃん。そろそろお昼ごはんだけど食べてく?」


 もうそんな時間か、確かマヤもお昼に帰ってくるとか言っていたし一旦いったん戻ろうかな。


「お昼にマヤが帰ってくるので家に帰ります」


「あら、そうなの? また暇があったら娘と遊んであげてね」


「もちろんです。では、失礼します」


「またね、カイム」


 ミーレルと手を振りあってから、玄関を出る。賑わっている東門の広場を眺めながら帰路につく。家の前につくと、鍵が開いていた。マヤも帰ってきてるのだろう。扉を開けて家に入る。


「ただいまー」


「おかえりカイム。怪我はしていない?」


 大丈夫だよ。と返事をしてから台所のかおりをぐ。少し甘くてこうばしい匂いがしていて食欲をそそる。その様子を見ていたマヤが微笑んでいた。恥ずかしい。


「今日は果物が入った黒パンを買ってきたわよ。それとミリアム達のりょうが上手くいったから、今日の夜ご飯にお肉を出すわよ」


 夕飯はお肉か、お肉は貴重みたいだから嬉しいね。今日のお昼は、朝に余ったスープに果物入りの黒パンにチーズだ。後はコップにお湯を入れてから、色茶葉しきちゃばを一枚入れる。

 

 準備ができたらマヤと一緒にご飯を食べ始める。おお、黒パンって果物が入っているだけでこんなにも美味しいのか。チーズは少し硬く、ナイフで切り分けてから口に放り込む。少しわかさを感じるサッパリした味だった。もっと濃厚なのかと思ってたけど、これはこれで美味しい。スープの方も朝から煮込まれて、とろみと味に深みが出ていてスプーンが止まらない。


「おいしかった」


 いつも通りに食べ終えてから、色茶葉茶で一服する。ああ、幸せな時間だ。マヤがお茶のお代わりと本を持ってきて僕の前に座る。


「では、さっそく。魔法のお勉強をしようと思います」


 とうとう来たよ、魔法が!!


「マヤ師匠。ミリアム先生が、武術や魔法には初段しょだんから漆段ななだんまでの七段階あるけど説明が面倒だからマヤに宜しくって言ってました!」


「え? 師匠? ってミリアム……あの子はホントにもう……」


 マヤは心底ウンザリした顔をしながら天井を見る。ミリアムごめん。でも、僕のせいじゃないよね?


「え~と。武術は初段から漆段までの七段階あるわね。魔法も七段階あるんだけど、武術と少し呼び方が違くて一級から七級なの。武術が段で魔法が級ね」


 武術と同じく魔法にも、各級ごとに称号が与えられる。

 魔法の訓練を始めてから一級魔法を一つ覚えた段階は【見習い】

 一級魔法を二つ以上で【修練者】

 二級魔法を覚えると【熟練者】

 三級魔法を覚えると【精鋭】

 四級魔法を覚えると【達人】

 五級魔法を覚えると【聖者】

 六級魔法を覚えると【賢者】

 七級魔法を覚えると【神者】


 武術と魔法の違いは修得の条件以外には称号が少し違う。武術の場合【見習い】は初段になる前。初段で【修練者】弐段で【熟練者】と続いていく。あとは、武術が陸段ろくだんで【勇者】。魔法が六級で【賢者】と、そこだけ称号が変わるぐらいで、他は武術も魔法も一緒みたいだ。条件を達成できれば称号を名乗れるのも武術と一緒らしい。


「称号持ちの人はどのくらいるの?」


「【神者しんじゃ】は誰もいないわね、神様を入れなければずっと昔に三人いただけかしら」


 それってほぼ到達不可能ってことなんじゃ……。


「【勇者】や【賢者】も今はいないわね、最近でいったら百年くらい前に数十人いたぐらいかしら。【聖者】は各武術の指導者や魔法使いに何人かいるわね。【達人】も世界に百数十人ぐらいで、それ以外なら結構いるんじゃないかしら?」


 まて、【達人】クラスが武術や魔法問わずに世界に百数十人しかいないって少ないぞ。ミリアムって凄かったんだな。【聖者】も武術や魔法の指導者ぐらいって事は十数人くらいってことだし、【勇者】や【賢者】にいたっては居ても百年前とか……。その上の【神者】なんてまさに神レベルなら到達出来なくても不思議じゃないな。


「ミリアムのせいで余計な時間食っちゃったけど、次は魔法について説明するわね」


「魔法は大きく分けて【攻撃魔法】に【強化魔法】と【補助魔法】と【特殊魔法】があるわ」


 大きく分けて四つって事は、攻撃魔法なら、火とか水とかで細分化されているのかな?


「まずは【攻撃魔法】ね。これは、火と爆発、水と氷、風と刃、土と岩、光と雷、闇と重力。と、それぞれの属性を持った六属性があるの。ただこの中で、光と雷、闇と重力は使い手も少なくて解明もされていないわ。特に闇と重力属性は魔族が使う異端いたん魔法として適性があっても覚える人はいないわね」


適性てきせいですか?」


「そう、魔法には人に合った適性属性があって自分にてきしていないと覚えるのも、使いこなすのも大変よ」


「その適正はどうすれば分かるの?」


「それはとりあえず試すしかないわね。自分で適性と思っていても、実は他の属性が適性でしたって事はよくあるのよ」


「自分に合っていないと使えない?」


「それも人によるわね。まったく使えない人から、使えるけど一級までとかいろいろよ。その前に一番重要なのが属性に対して適性があるかどうかよりも、まず自分に魔法適性、つまり魔法自体を使えるか、使えないのかの適性を確認するのが大事なの。しかも、それも実際に魔法の修練をするまで分からないわ」


 それってつまり、魔法適性がなければ修行を一生していても魔法が使えない人がいるってことだよね……?


「僕に適正があるか試す前に分かったりしないの?」


「う~ん……。他の人よりも魔力量は多いけど、魔法使いとしては物足りないぐらいかしら?」


 その評価だと、魔法使いにはなれるけど一級止いっきゅうどまりってことかな……?


「魔力の量は見れるの? それと増やせるんだよね?」


 もしここで増やせないって言われたら絶望的だね!


「魔力を目に集中させれば見れるわよ、カイムにはまだ出来ないけど。あと魔力量は成人前後まで伸びていくわよ。成長が止まっても魔法を使ったり、量を増やす訓練をすれば少しずつ増えるわね。限界があるかは知らないけれど」


 なるほど。成人前後まで勝手に魔力量は増えるけれど、一定の年齢に達したら自然に量は増えなくなるのか。それでも増やそうとするなら、魔法を使いつずけるか、量を増やす訓練をすればいいけど、この方法はいつ限界が来るのか分からないってことかな。


「さて、説明はここまでね。次に実際に魔法を習得しゅうとくする準備をするけれど、何の魔法がいいかしら?」


 どうしよう? 光と雷属性とかロマンがあるけど適正者が少なくて解明されていない魔法みたいだし。安全に練習するなら土か水? でも、男ならやっぱり火かな?


「えーっと……火と爆発属性でお願いします」


「分かったわ。じゃ、外に出ましょう」


 僕が先に外に出てきてマヤを待っている、マヤは少し準備してから来るらしい。空を見ると薄暗くなってきていた。少し待つとマヤが本と荷物を持って来た。


「魔法を覚えるためには、覚えたい魔法の本と、満杯の魔法石が四つと魔法棒が一本必要なの。それから魔法書に書いてある通りに魔方陣を魔法棒でくのよ」


 そう言うとマヤは地面に魔方陣を書き始める。円の中にもう一つ円を描き、円と円のあいだに魔法文字を書いて、二つ目の円の中心に模様を描いていく。それが終わると四隅に魔法石を一つずつ置いていく。


「よし、出来た。見てて分かったと思うけど、別に魔法書が無くても大丈夫なのよ。もちろん正確に描けるならね。準備出来たしこっちにおいで」


 マヤに手招きされて魔方陣の真ん中に立つ。辺りが少し暗くなってきたおかげで、魔方陣があわく光っているのが分かる。だいぶワクワクするね。


「今描いた魔方陣は一級の火属性魔法【手火ファイア】自分の手から火がくイメージを頭の中で強く、強く思いえがいて。魔方陣から何か流れ込む感覚がすると思うけど、その時は逆らわないで自分のものにしていくのよ。ちょっと説明が難しいけど、きっと何とかなるわ」


 マヤは軽く深呼吸してから告げる。


「さぁ、儀式を始めましょう」


 マヤが目を閉じて魔方陣に手をかざす。マヤの金髪がかすかにれてから、魔方陣からはなっていた淡い光が徐々(じょじょ)に強くなっていった。すると、自分の意識の中に魔法を使うときのイメージがいてくる。自分の手の平から熱い火が放射されている姿が脳にうつし出された。そのイメージを、目を閉じて何度も強く想像すると何かが入り込む感覚と共に魔方陣から光が消えた。


「魔方陣からイメージが湧いてきた?」


「はい。なんだか本当に使っていたかのような感覚がいまでもする……」


 自分の手の平を凝視しながら答える。本当に魔法が使えそうで、なんだか嬉しくなってきてしまう。


「儀式が完了したら、後は使いたい魔法を強くイメージして。そしたら呪文を唱えるの【手火ファイア】って」


 目を閉じて強くイメージをする。手の平から火を出すイメージを……。


手火ファイア!」


 手を伸ばして目を見開き呪文を唱える。すると手の平から火がほとばしらなかった(・・・・・・・・・)


「……」


「……」


 その体勢のまま、もう一度、強く強くイメージして呪文を唱える「手火ファイア」と。


「…………」


「…………」


 ゆっくりマヤの方に振り向く。目に涙を溜めて……。


「ぁ……なんで……」


「う、うん。最初にも言ったけど、ほら。適正の問題で、火属性の適正が無かっただけかもしれないし、それに魔法を使えること自体の適正が無いって事もあるし……えっと。頭にイメージは入ってきたんだよね?」


「は、はい……」


 もうほぼ半泣きである。あんな自信満々にやっといて出来ないとか恥ずかしすぎる。あと、マヤ師匠。なぐさめるなら魔法適正はあるけど、火の適正が無かっただけかもって逆に言って下さいお願いします。


「う~ん……と。それなら儀式は成功したってことだし。えっと、えっと。とりあえず練習してればそのうち使えるわよ。儀式が成功したからって直ぐに使えないって人は居なくもないし。ずっと使えない人もいたような気がするし……?」


「はぃ。がんばります……」


「よ、よし次は、読み書きのお勉強しようね!」


 その後は、文字の勉強をしてから早めに寝たことは言うまでもないだろう。早く寝て忘れないと黒歴史として永遠に残るかも知れない。寝て覚めたら忘れていますように。



ここでは本編に出てきた言葉や造語の解説をしようと思っています。

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