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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第二章 【帝都ベオラント】
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1歳2ヵ月 1 ―――泥



 私はベオラント城で行われた中央司令部定例会議を終えて、自宅への帰途についていました。

 先月、獣人が暴れているらしいから帝都の防衛をしよう、という会議を行ったその日に獣人を手懐けて帰ってきた私が司令部にどう思われているのかはわかったものではありません。

 さすがはセフィリア卿、なんて表向きでは持ち上げられていますが、やっぱり怯えられているんでしょうね。


 私がそんなことを考えながら城下の街並みを歩いていると、私の存在に気が付いた人たちはギョッとして道を開けてくれたり、青い顔をして悲鳴を上げたりしています。

 ……あれれぇ、おかしいぞぉ? 獣人のレジィを連れてる時よりも怯えられてません?

 私の脅威度って、魔族以上なの? やっべー。


 いつもはネルヴィアさんに抱えられて移動している私なのですが、諸事情あって最近は一人で出歩くことが多くなっています。

 というのも、


「……まだあの子、帝都にいるのね……勘弁してほしいわ」

「前線にも行かないで、魔族を帝都に連れこんで……やっぱりあの噂は本当なのかねぇ……」

「陛下のことだから考えがおありなんだろうけど、監視役くらいは必要なんじゃ……」

「……いつか本性を現す前に、“暗黒山脈”にでも送り込んだ方が良いんじゃないか?」

「馬鹿、逆鱗卿なら怪物でも従えて無事に帰ってきかねないだろ……!」

「お前ら、滅多なことを言うな。聞こえてたら殺されるぞ……」


 聞こえてますけどねー。

 いやはや、私の嫌われ具合といったら大したものです。

 まぁ、獣人が自国領土で暴れていたという事情さえ知らされていない帝都の民からしたら、私はいきなり帝都に魔族を連れ込んだ狂人ですからね。

 私の能力なら前線に配属されて兵器として運用されてもおかしくないはずなのに、ずっと帝都で無駄飯食らいとして暮らしているのも心証が悪いでしょうし。

 そもそもスタートが悪夢の処刑人で、御前試合では実際に処刑を執行。そして新幹線みたいな速度で帝都の周辺を飛び回っていたかと思えば、極めつけに獣人を帝都に連れ込む始末。

 あれ? 完全に自業自得?


 べつに私個人としては、この程度の誹謗中傷は構わないんですけどね。今のところ実害もありませんし。

 私は本当に大切な、一部の身近な人たちからの愛を感じられれば、それで十分なのです。

 前世じゃ誰からも愛されてませんでしたし、必要ともされてませんでした。それに比べれば、現状のなんと恵まれていることでしょう!


 とはいえ、私は気にしなくてもネルヴィアさんは気にしちゃうと思いますしね。

 あんな陰口みたいなのを耳にした日には、この白昼の往来で抜刀しかねません。

 レジィも獣人ですから、戦闘能力の低い人たちが私を悪く言うのは、きっと良い思いはしないでしょうし。


 とまぁ、そんなこんなで私は一人で街を歩いているのです。

 いつまでも移動をネルヴィアさんや魔法にばかり頼っていては、身体が弱くなってしまいますしね。良い機会だと考えましょう。

 こんなにお天気が良いのですから、気ままにお散歩気分で歩こうではありませんか。

 帝都の皆さんの心臓には悪そうですけれど、それでもお互いに不干渉ならば問題もないでしょう。


 ……なんていう私の考えは、直後にあっさりと覆されることとなります。




 べちゃり、と、私の顔になにかがぶつかりました。




 びっくりして顔に当たったものに触れてみると、それは茶色くて、ざらざらしてて、水っぽい……もしかして、泥?

 どこかから跳ねたのかと周囲を見渡すと、すぐ近くの商店に一人の子供が見えました。

 坊主頭の釣り目がちな男の子で、お兄ちゃんと同い歳に見えるので、おそらく四歳くらいでしょうか。

 男の子はボールでも投げ抜いたような体勢(ポーズ)をしていて、手は泥で汚れています。


「このまちからでてけ、このばけもの!」


 男の子の声が響くと同時に、周囲からは小さな悲鳴があがり、そして水を打ったように静まり返りました。


 …………ばけ、もの……?


 私は力なく手を下ろすと、泥で汚れた小さな手のひらに視線を落とします。

 あ……帝国軍から支給されたマント、汚れちゃった……


「ひぃっ!? な、なにやってるのカクリー!!」


 男の子がいた商店の奥からすごい勢いですっ飛んできた女性が、勢いそのままに男の子の頬を張り倒しました。

 カクリーという名前らしい男の子が吹っ飛んで転倒するのにも構わず、母親らしい女性は彼を乱暴に引きずってきて、私の前に平伏します。


「セフィリア様、申し訳ございません!! 申し訳ございませんっ!! どうかっ、どうかお許しを!!」


 ほとんど半狂乱な母親は、額を割れそうな勢いで地面に擦りつけて謝罪してきます。

 そんな母親の異様な様子に、なにかとんでもないことをやらかしてしまったと気が付いたらしいカクリーくんが、頬の痛みと相まって泣き出してしまいました。

 そんな彼の頭を母親が容赦なく地面に押し付けながら謝罪する様子は、ちょっと圧倒されるものがあります。


 ……まぁ、処刑人とか逆鱗卿とか以前に、一応私も男爵ですからね。これは客観的に見たら、かなりヤバイことでしょう。

 でも普通に考えてこんな幼い子供が、歩いてる子供を化け物呼ばわりしながら泥を投げつけるでしょうか?

 その事情を、背景を考えれば、彼の周囲の大人たちがいかに私のおどろおどろしい話を日常的にしているのかということは透けて見えます。

 カクリーくんにとって、今の行動は『正義の執行』だったのではないでしょうか。


 つまり、この泥は帝都民の“総意”。


 認識が甘かった、のでしょうか……きっと、そうなのでしょうね。

 どうやら今までの私は、いくらなんでも楽観的すぎたようです。

 そっか、私は自分が原子力発電所みたいな扱いを受けていると思っていたら、その実、核爆弾のように見られていたわけですね。

 いえ、核爆弾というか、もっと具体的に言及されていたではありませんか。


 化け物、と。


 …………大丈夫。

 大丈夫だよ、セフィリア。

 彼らからどれほどの悪意を受けても、大丈夫。


 だって、私には家族がいます。村のみんなもいます。

 お母さんには愛されてますし、お兄ちゃんにも、多分絶対きっと愛されています。

 お父さんとも会ってみたいと、つい先日陛下に漏らしてみたところです。きっと会ってみればお父さんも私のことを愛してる……はず。

 村のみんなも良くしてくれますし、この間だって、村のみんなで一緒にご飯を食べましたし。

 ネルヴィアさんも、いつも私のことを気遣って支えてくれてます。

 レジィや獣人たちもよく懐いてくれて可愛いものです。


 大丈夫、愛されてる。私は愛されてます。


 誰からも愛されないのは前世で卒業しました。

 もう誰からも助けてもらえずに一人で死ぬのは嫌なんです。

 この世界での私は積極的に人を愛してますから、その愛に皆も応えてくれて……いる……はず……。

 そ、そう、愛を示さなければ愛されないのは当然。だから帝都の人たちに嫌われてるのも仕方ないこと。むしろ当然。万事オッケー。


 よし、これで目の前の親子に「大丈夫、全然気にしていませんよ!」と言ってあげれば万事丸く収まります。

 私は努めて冷静に、彼らへ言葉を紡ぎました。


「だいじょ……だっ、じょう……ひっく……ぐすっ……」


 あ……あれ……なんで?

 溢れてきた涙で、前が見えなくなってしまいました。

 それどころか、足に力が入らなくなって、その場にへたり込んでしまいます。


 それでも頑張って言葉を紡ごうとするのですが、次第に嗚咽が漏れ始めて、まともに言葉を発することができなくなってしまいました。

 ち、ちがう……こんなの、おかしいです。

 まったく悲しくなんてないはずなのに、涙がどんどん溢れてきて……

 帝都の人たちに良く思われてないことなんて、ずっと前から知ってました。だから、今更悪意を向けられても、だからどうしたって話のはずなのです。


 大丈夫なのに……

 大丈夫……な、はずなのに……


「うえぇぇぇええええんっ……!」


 とうとう私はいつぞやの時のように、我慢できず声をあげて泣きだしてしまいます。

 私が今回の人生で泣いたのは、これで四回目。お兄ちゃんの前以外では、初めてのことです。


 目の前のお母さんが「セ、セフィリア様……」と困惑したように呟く声が聞こえますが、私はその顔を見ることができません。

 周囲の人たちの顔も、同様に見られません。きっと、彼らの視線が怖かったのだと思います。

 化け物が泣く姿を、どんな顔で見ているのかを知る勇気がなかったのです。


 あらゆる人が静まり返る街道で、ただ私の泣き声だけが虚しく響いていました。



 すると、私のすぐ背後で足音が鳴り響きます。



「セフィリア様、大丈夫ですか?」


 そんな穏やかな声と共に、私は背後からふわりと腕を回されて抱き寄せられました。

 驚いて振り返ると、そこにいたのは黒衣に身を包んだ、見覚えのない女性。

 ……ああ、いえ。涙を拭ってよく見てみれば、見覚えがないということはありませんでした。

 以前、私の授爵式で一度だけ出会い、挨拶を交わしたことがあります。


 彼女はクルセア・リリーダ・ズスタック。

 騎士修道会 強硬(タカ)派『明星(あけぼし)の百合園(ゆりぞの)』の最高指導者です。



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