1歳1ヶ月 11 ―――セフィの十戒
私は現在、帝都ベオラント城、謁見の間に通されていました。
前方にはヴェルハザード・バルド・ベオラント皇帝陛下と、セルラード・ガルムント宰相。
左右には、ずらりと居並ぶ腕利きの近衛兵団。
私は赤い絨毯の上に跪くと、恭しく名乗りを上げました。
「ちゅうおうしれいぶ まじゅつばくりょうちょう、セフィリア。ただいまさんじょういたしました」
「うむ、ご苦労。相変わらず『二つ名』は名乗るつもりがないと見えるな」
「おそれおおいのです」
「フッ、抜かしおるわ」
お互いに笑顔のまま、私と陛下の間に見えない火花が飛び散りました。それを見て、頭を抱えるセルラード宰相。
サディスティックな笑みを引っ込めた陛下は、「それで……」と言いながら私の背後へ視線を向けます。
「その方らが、中央司令部の会議に挙がっていた獣人たちか」
「はっ、そのとおりです」
陛下の仰る通り、私の背後には、レジィ以下総勢十七名の獣人たちが控えていました。
私は彼らを紹介しようと思ってチラリと振り返ると、そこで思わずギョッとしました。
この謁見の間へ入る前に「私のマネをしていろ」と言っておいたのに、彼らが一人も跪いていなかったからです。
「ちょ、ちょっと……なんでひざまずいてないの……!?」
「え? いや、だって、オレたちのボスはご主人だけだし。皇帝って、べつに強いからなるわけじゃないんだろ?」
レジィがきょとんとした顔でそんなことをのたまいやがり、他の獣人たちも真顔で頷いています。
私はこめかみにピクピクと血管が浮き上がるのを自覚しながら立ち上がりました。
そして彼らをゆっくり振り返ると、大きな声で叫びます。
「ひざまずけ!!」
直後、一糸乱れぬ動きで全員が跪きました。
……まったく、それでいいんですよ、それで。最初からやってよね、もう……。
ちなみに、どうやら獣人は格下に対してはSで、格上に対してはMという性質があるらしく、格上に命令されると、彼らはすごく嬉しそうに従います。
その性質が特に顕著なのは、犬と猫のハーフ獣人であるレジィと、ウサ耳少女のパッフル、犬の垂れ耳少女のチコレットです。
こいつらの私に対するマゾ具合は、ときどき手に余るほどです。なんなら「命令されるために反抗してるんじゃないかコイツら」と思うこともしばしば。
きっと今の反抗もそれですね。みんなすっごい嬉しそうですもん。
大小さまざまな獣人たちを無理やり跪かせた私は、気を取り直して陛下を振り返ります。
すると左右に立ち並ぶ近衛兵たちが、なにやらざわざわしてるのが視界に入りました。
……あなたたち、また変な噂を流しやがりましたら『湖割りの刑』ですからね……?
私の冷たい視線に気が付くと、近衛兵たちも獣人たちに負けない一糸乱れぬ動きで、びしりと背筋を正して直立姿勢を取りました。こ、こいつら……
唯一、特に顔色を変えていない陛下は満足げに笑うと、
「どうやら完全に支配下に置いているようで何よりだ。……して、その方らを連れてきた理由はなんだ?」
すでに大筋の話は連絡兵越しに通してはいますが、私は改めて陛下に直接陳情します。
「はっ。かれらを、せいしきにわたしのぶかにさせていただきたく」
私の部下……つまりこれは、魔族である彼らを帝国軍の所属にしたいという申し出でした。
ざわめく近衛兵たちの反応も仕方ないでしょう。なんせこれは、戦争中の敵軍から兵士を引っこ抜いてきたようなものなのですから。
しかし、これには事情があります。
もちろん彼らが私を新たな群れのボスとして認知してしまい、意地でも私に付き従うと譲らなかったことも理由の一つではあります。
けれどもそれ以前に、獣人族というのは魔族の中でも特殊な立ち位置に置かれている種族なのです。
獣人族は外見が限りなく人間に近い者も多く、そうでなくとも動物に類似した外見を持っています。
つまり、人間ではないけれど、魔族とするにも微妙な種族だというのです。
しかもわかりやすく人間離れした性質や能力があるわけでもなく、持っている能力は高い身体機能のみ。
それゆえに、獣人族というのは魔族の中においても爪弾き者なのだとか。
これは人族に当てはめて例えるなら、皮膚が灰色で体毛は一切生えず、ぎょろぎょろとした目は左右に大きく離れていて全身から異臭を放っている……ただし生物学上は人間です、といった感じでしょうか。
もはや「こいつら本当に人間か? むしろ魔族じゃね?」くらいの外見だったら、きっと彼らは人族から差別を受けることでしょう。
魔族における獣人とは、そんな感じの扱いらしいのです。
だからこそ彼らは高い実力を示して、魔族の中における立ち位置を少しでも優位にしなければならなかったという歴史を持っており、それが魔族随一の実力絶対主義につながったのだとか。
そして、魔族の中でも稀有な分霊体と呼ばれる特異体質を持つレジィの存在は、他の魔族からの誹謗中傷を突っぱねるのに大いに役立っていたらしいのです。
レジィを必死に連れ戻そうとしていた他の獣人たちの判断は正しかったのですね。
しかし獣人族に与えられているのは限りなく人族に近い、戦場の矢面に立たされるような小さな森だという話。
どれだけ力を示しても所詮は半端者の集団という認識が強く、獣人族の評価は上がらない。
ましてや、つい最近 獣人族の族長が、仲間であるはずの魔族に殺されたらしく……ついに彼らも我慢の限界を迎えたというわけです。
……といった経緯を私が説明すると、陛下は「事情は分かった」と頷きつつ、
「して、その方らはどこで寝泊まりさせるつもりなのだ? 言っておくが、現在こうして魔族を帝都の、それも城内に招き入れると言うのは異例中の異例なのだぞ」
「……はっ、こころえております」
まぁ、そうですよね……完全に純血な人間である私でさえ、人気のない帝都の隅っこにある古い屋敷があてがわれるくらいですもんね。
……そんなに私が怖いかおのれら。原子力発電所か私は!
さて、では魔族である獣人の彼らはどこへ住まわせるか……?
「わたしのむらにと、かんがえております」
私の言葉に、陛下は珍しく驚いた表情を浮かべました。
そして陛下は頬杖をついていた体勢を前のめりにして、少し真剣身の強い声色で質問を重ねてきます。
「貴様の口から出た言葉とは思えんな。村には、貴様の家族がいるのであろう? そこに出会ったばかりの魔族を住まわせるなど、よほど信頼に足る根拠があるというのか?」
陛下の問いに直接答えずに、私は背後の獣人たちを振り返ります。
そして、謁見の間中に響き渡るような大声を張り上げました。
「ひとつ!」
『弱者を蔑んではならない!』
私の号令に呼応して、獣人たちが声を揃えて斉唱しました。
目を丸くする近衛兵たちに構わず、私たちは続けます。
「ふたつ!」
『人を殺してはならない!』
「みっつ!」
『食糧を奪ってはならない!』
「よっつ!」
『無闇に傷ついてはならない!』
「いつつ!」
『警戒を怠ってはならない!』
「むっつ!」
『騒動を放置してはならない!』
「ななつ!」
『孤独であってはならない!』
「やっつ!」
『注意を無視してはならない!』
「ここのつ!」
『山を下りてはならない!』
「とぉ!」
『主人は唯一でなくてはならない!』
私は『セフィの十戒』の斉唱を一字一句完璧に完了したことに満足して、ほぅ、と満足気に息を吐きました。
いやぁ、たくさん練習した甲斐がありましたね!
あっ! いけない、いけない。忘れるところでした。
『セフィの十戒(裏)一条』
「ひとつ…………もしわたしのかぞくをなかせたら……」
『……ッ!!』
獣人たちは一斉に私から目を逸らすと、自分の身体を抱きしめながら、青い顔でガタガタと震えだしました。
真っ青な唇を噛みしめながら滝のように汗を流す者や、「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」と呟きながら頭を抱える者。
固く眼を閉じて無言で神に祈りを捧げる者や、涙ぐみながら「ぉええっ……」と嘔吐き始める者など、反応はそれぞれです。
うん、どうなるかは……わかってるみたいだね……
私は今度こそ満足して、陛下を振り返りました。
あれ、陛下? どうして私から目を逸らすんですか? 近衛兵の皆さんも、どうかしましたか?
「……その者たちが貴様を裏切らないということは、よくわかった。調教……コホン。教育練度も凄まじいものだな」
「えへへ、いえ、そのようなことは」
いやぁ、陛下にお褒めの言葉をかけられるなんて、照れちゃいますね。
でも陛下、もうちょっと私の目を見て褒めてくれてもいいんですよ? さっきからなんで微妙に私の斜め横を見てるんですか? そっちにはなにもありませんよ?
とまぁ、こんな具合に平和的な謁見が無事終わると、彼ら獣人たちは正式に帝国軍へと配属されることとなったのです。
近いうちに、彼らの里にまだ数人残っているという獣人たちと、荷物や貴重品などを回収しなければなりませんが……
後日、彼ら獣人たちへ正式に下った辞令は、『帝国軍魔術幕僚監部魔族局獣人課 配属』というものでした。
こんな長ったらしい肩書きではありますが、要するに『アルヒ―村警護部隊』というのが実情です。
ただし「一見して人間に見える変装を施すこと」と「セフィリア、あるいはセフィリア邸から五メートル以上離れないこと」を条件に、一人だけ帝都に獣人を残しても良いということになりました。
これはきっと、少しでも魔族に関する情報が欲しい軍上層部の思惑でしょうけどね。
私と一つ屋根の下で暮らせる権利を賭けて獣人たちの間で熾烈な戦いが繰り広げられたそうですが、最終的にはレジィに決まったようです。……さては能力を使いやがりましたね。
泣いたり拗ねたりしてる他の子たちは、お昼に村へ行った時にでもフォローしてあげるとしましょう。
……とまぁ、そんなわけで。
我が家に一人、同居人が増えたのでした。




