1歳1ヶ月 7
私たちは秘密の人魔同盟を結んだ森の中で、そのまま獣人対策会議を行っていました。
会場は、私の発動した『安眠棺』の中です。この魔法は私を中心に立方体を生み出し、その内外を出入りする音と光を完全に遮断する魔法です。
もちろん内部空間が真っ暗にならないように天井からは淡い光を降り注がせているので、完全な暗闇にはなりません。
「へぇ。人間の『魔法』ってのは、こんなこともできるのか。便利だな」
感心したように安眠棺の内壁の匂いを嗅いだりしているレジィに、私は気にかかったことを質問しました。
「まぞくのほうが、まほうはとくいなんだよね?」
「べつに得意ってことはないだろ。ただ人間みたいに変な言葉をうだうだ喋る必要がないってだけでさ。……あれ、アンタ今無言で発動したよな? 魔族なのか?」
「ちがうけど」
魔族は呪文を必要としない……?
言い方からして、おそらく脳内で呪文を構築しているというわけでもないのでしょう。
「どんなまほうでも、はつどうできるの?」
「いや、そもそもどれがお前たちの言う『魔法』でどれが違うのかなんて、オレたちにはわかんねーし。そういうのは生まれつきのもんだからな」
生まれつき……ですか。それってもはや、体質のようなものなんですね。
たとえばドラゴンが火を噴けるのは、無意識で呪文を構築しているからなのでしょうか。
かつての勇者様が魔法という概念を人族に伝えるまでは、火を噴く体内器官が存在していると考えられていたのかもしれませんし、実際にそういう器官があるのかもしれません。
獣人の身体能力が高いのは、生物的に筋肉量が多いだけなのかもしれませんし、あるいは無意識に発動し続けている身体強化魔法による恩恵なのかもしれません。
なるほど、なかなか面白いことを聞きました。
やろうと思えば、普通の人間に魔術的強化を施して獣人モドキにすることだってできるのですね。
……そんなことができる力量の魔術師なら、火炎をぷっ放した方がずっと強いという話は置いておくとして。
「ただし」
ふと、レジィがニヤリと口角を上げてイタズラっぽい表情を浮かべました。
「ごく稀にだけど、『分靈体』って呼ばれる魔族が生まれることがある。そういうのは、いかにもって魔法を使ってくるぜ」
分靈体……?
元々特殊な現象を引き起こすことのできる魔族たちから見ても、異様な現象を引き起こす体質を持って生まれてきた突然変異種……といったところでしょうか?
きっと一族の傑物のような存在なのでしょう。
……そういえば、中央司令部の会議中に「獣人の中には時折、飛びぬけた強さのものが生まれることがある」とか言ってる幕僚がいましたっけ。
どうやら獣人に限ったことではなかったみたいです。気をつけておく必要がありそうですね。
レジィは「まぁ、そんなことはさておき」と言って、腰に手を当てながら私へと向き直ります。
「問題は、追っ手の奴らをどうするかだ。アンタら元々獣人を倒しに来たんだろ? だったら、勝てる見込みはあるのか?」
ここですぐに頷くこともできますが、それは迂闊かもしれません。
もしもレジィが敵だった場合、この問いは私たちの力量を測るためのものだからです。
それに先月、私はボズラーさんを甘く見てかかったせいで痛い目を見ていますから、ちょっとは謙虚さを心掛けなければいけません。
私は少し悩んだ風を装いながら、ぽつりと答えます。
「……どうだろうね。あいてのかずにもよるかな」
私の答えを聞いたレジィは困ったように頭を掻いて、
「なんだよ、自信満々なのかと思ったのに。魔族は大体そうだけど、オレ様たち獣人は特に『強さ』が絶対なんだぞ?」
「……つよさが、ぜったい?」
「そうだ。人間はなんでか弱い奴にヘコヘコしてるから意味がわかんねーけど、魔族は権力も地位も、美しさだって強さが基準だ。強い奴の言うことは絶対だし、強い奴には本能が屈服するんだ」
おお、弱肉強食を地で行くような体制なのですね。人族の年功序列や世襲制度と真っ向から対立するような、絶対的な実力主義。
強ければ強いほど尊敬されて評価されて、しかも強すぎて恐れられることなんてなく、むしろ信奉されるくらい。
人族の世界では、実力が上でも権力には逆らえなかったり、新人だからっていびられたり、強い力を示したら怖がられたり変な噂が広がったりしますからね……
……あれ? 私、魔族の世界の方が合ってませんか?
もしも私が、お母さんとかお兄ちゃんとかネルヴィアさんみたいな素敵な人たちに恵まれていなかったら、魔族側に寝返って帝都を潰す未来もあったのかもしれません。
知らないうちに、うちの家族が世界の命運を握ってました。やべぇ。
「アンタらが圧倒的な実力を見せつけてやれば、追っ手どもは言う事を聞いて帰ってくれるかもしれねぇって思ったんだけどな」
そう言って残念そうに溜息を吐いていたレジィでしたが、すぐに気を取り直して胸を叩きます。
「ま、安心しろよ。オレ様はかなり強いから、負ける心配はしなくていいぞ。むしろ問題は勝ったあとだ。さて、どうやってあのバカどもを追い返すか……」
レジィは腕を組んで悩みながら、ぶつぶつと何事かを呟いて思考に没頭し始めました。
そんな彼に、私は再び質問をします。
「つよさをしめすなら、ふいうちとか、わなとかはだめだよね?」
「あ? まぁ、そうだな。獣人はそういうの一番嫌うからな。“正々堂々”が信条だし」
うーん、なら異臭や刺激臭を吹き付けたり、落とし穴を作ったり、遠距離から魔法で狙撃したり、上空から一方的に攻撃したり、そういうチキン戦法は嫌われてしまうでしょう。
でも戦闘訓練をした大人が五人分の強さである獣人の群れを、正々堂々真っ向勝負で圧倒するのは相当に難儀ではないでしょうか。
ですが、強さが絶対の脳筋種族には言葉による説得は通じないでしょうし……
もうこうなったら、ボコボコにして動けなくしてから、魔法で地平線の彼方までブン投げてしまいましょうか。
……でも、生きてる限りまた来ちゃいそうだなぁ……
ただ倒すだけじゃ意味がないって、すごく面倒ですね。
まぁ、これが戦地前線とか帝都のすぐ近辺だったら、殺さずに追い返しちゃうと怒られそうですから、殺さずにすむ状況というのは悪くありません。レジィに言われるまでもなく、敵を殺すつもりはありませんからね。
私はお姉ちゃんを振り返ると、黙って私たちの会話に耳を傾けていた彼女に、返事のわかりきった質問をしておきます。
「……おねーちゃん、てきはつよいみたいだし、もしかしたらまもりきれないかも。こんかいは、おるすばんしてる?」
「いえ! むしろ敵が強いのであれば尚更、セフィ様の盾となります!!」
……ネルヴィアさんならそう答えますよね。
しかし私が心配しているのは、ネルヴィアさんのことだけではないのです。
自分で言うのもなんですが、私は結構怒りっぽい性格みたいです。ですから……
「もしおねーちゃんがきずつけられたり、しんじゃったら、きっとぜんいんころしちゃうよ。だから、もしたたかうんなら、じぶんをいちばんだいじにしてね?」
「あっ……は、はい! 肝に銘じておきます!」
そうは言っても、やっぱり私がピンチになったらネルヴィアさんは私を庇ってしまうのでしょう。
ですからネルヴィアさんを守るだけではなく、私自身もピンチに陥らないように気をつけなければなりません。
相手が獣人であるという前提など考えるまでもなく、私は常に相手を圧倒しなければならないのです。
戦時中に敵を殺さないためには、敵よりずっと強い必要があるのですから。
見逃した敵が二度と悪さをしないよう、徹底的に心をへし折らなければなりません。
そうでなければ、私が見逃した敵によって命を奪われる人たちが出てきてしまわないとも限りません。
敵が絶望するくらい、圧倒するんだ。
「レジィ。てきのところに、あんないして」
私がそう言うと、さっきよりも少しだけ表情に緊張感を滲ませたレジィが小さく頷きながら、
「おい、わかってるよな? 殺すなよ?」
「わかってる。でも、つよさをみせつけたほうがいいんだよね?」
「……まぁ、そうだけど」
「なら、あっとうしてあげるよ」
どうやら私の意識が変わったことを、彼は察したようです。
“追い返す”ではなく“叩き潰す”という意識に変わったことを。
「じゃあ、いこっか」
私は安眠棺を解除して周囲を森の景色に戻すと、サルフェ村の方角へと歩きだします。
さて、どんな風に戦いましょうかね。




