0歳12ヶ月 7
ベオラント城を後にした私はネルヴィアさんと合流して、その足で病院へと直行することにしました。
お兄ちゃんは意外と結構寂しがり屋さんなので、私がネルヴィアさんとお出かけしちゃうと、高確率でお母さんの病室を訪れるということが当社調べで明らかになっています。かわいい。
まぁ、お兄ちゃん目当てというだけでなく、純粋にお母さんのお見舞いをしたいというのが一番ですけどね。
そんなわけで私は病院へと向かっていたのですが……その途中、見覚えのある果物屋さんが目につきました。
お見舞いのついでに果物でも買って行ってあげたいところですが、また以前のようにおばちゃんを失神させてしまったら申し訳ないですし……さてどうしたものでしょうか。
などと私が迷っていると、私の視線に気が付いたネルヴィアさんが「わかりました☆」みたいな顔をして、迷わず果物屋さんに入って行っちゃいました。待ってネルヴィアさん、あなた何もわかってない。
私たちが果物屋さんに入るなり、案の定 果物屋さんご夫婦は“びくっ”と肩を震わせました。
そして夫婦で顔を見合わせたり、ちらちらとこちらを窺うような視線を向けてきたりと、さながら道端ですれ違った子猫のような反応をしていました。
そんなに怯えなくても……
私はあまり気にしないよう自分に言い聞かせて、お母さんの喜びそうな果物を探すことにしました。
「このパロインっていうの、おかーさん、よろこんでたよね?」
「そうですね。酸味のあるモノよりも、糖度の高いものを好まれるのかもしれません」
「じゃあ、シモーチっていうのも、すきかなぁ?」
「きっとお好きだと思いますよ」
基本的に私も前世では甘いものが大好きだったので、早くこの世界の果物とかも食べてみたいです。
でも、まずはお母さんが作ってくれる離乳食から始めないといけません。
勝手にお母さんの知らないところで食べたりしたら、きっとすごく悲しんじゃいますからね。お母さん、そういうのすごく気にする人ですから。
生まれてから一年は母乳で育てるという方針らしいので、乳離れまであと少しです。
私がネルヴィアさんと夢中になって果物を選んでいると、そっと近づいてきた果物屋さんご夫婦が話しかけてきました。
「あの、セフィリア様……甘いものをお探しなら、こちらの南部産アペリーラもお勧めでございます」
「え? アペリーラって、あまずっぱいやつじゃないんですか?」
「南部産のものは糖度が高く、酸っぱさも控えめなのです。特に今年のものは甘く、ご満足いただける出来かと……」
「そうなんですか。それじゃあ、それもいただきます。ありがとうございます!」
果物屋さんご夫婦が話しかけてくれたことがうれしくて、私は思わずニコニコしながらお礼を言いました。
すると、なぜかご夫婦はバツの悪そうな表情になって、しまいには頭を下げてしまいました。
え、えっ? なんですか!? また失神するんですか!?
「この間は、勝手に取り乱してしまい、申し訳ありませんでした。その……セフィリア様の、お噂を伺っていたもので……」
「あ、はい……。でも、しかたないです。あんなこわい“いみょう”をつけられてたら、だれだってこわいです。きにしないでください」
「いえ、そういうわけには……。思えば、外見や年齢がどうあれ、皇帝陛下が城内にお招きして、帝都を自由にさせていらっしゃったのですから……肩書など関係なく、我々が怯える理由などあろうはずもなかったのです」
そ、そうでしょうか。赤ん坊が盗賊団を殲滅して『鮮血の処刑人』とか呼ばれてたら、それは怖がっても仕方ないと思いますけど。
皇帝陛下の信頼度ってすごいんですね。ドS狼なのに。
しかし、ご夫婦がそう言ってくださるなら、私はそのご厚意に甘えさせていただくとしましょう。
「わたし、あんまりみなさんにかんげいされていないようですので、そういっていただけるのは、ほんとうにうれしいです。ありがとうございます!」
「か、歓迎されていないだなんて、そのようなことは……!」
いえいえ良いんですよ。私が怯えられているのは自業自得ですし……くすん。
でも凶悪な異名とか『二つ名』を広めた、皇帝陛下とか近衛兵とか帝都軍医にも責任はあるとは思いますけどね……!
とはいえ、帝都の皆さんには罪も責任もありません。私への評価は、甘んじて受け入れましょう。
「それでは、パロインとシモーチと、それからこのアペリーラをいただけますか?」
「は、はい!」
「こんかいは、おかねをはらわせてくださいね」
私がちょっとチクリと刺してみると、ご夫婦は苦笑混じりに頷きました。
そして私はネルヴィアさんを振り返ります。
「おねーちゃん、ごめんね。ここのおしはらい、おねがいしてもいい?」
「はい、喜んで!」
べつに喜ぶ要素はありませんが……!?
年下の男に財布代わりにされて幸せそうにしているネルヴィアさんが、私はとても心配です。
彼女はとても満足気にお財布を取り出して、私の代わりに果物を購入してくれました。
お金はあとで返すからね? 絶対に返すからね?
果物屋さんのご厚意でバスケット籠に入れてもらった果物を受け取って、私たちはまた病院へと歩き出しました。
私はちょっとホクホクしながら、ネルヴィアさんに顔を寄せて耳打ちします。
「えへへ。わたしのあつかい、ふつうになってたね。ごかいがとけたのかな?」
「確かに、以前よりも親しげな距離感で接してきていましたね。……あとでよく言い聞かせておきます」
ちょっと待って? 言い聞かされるべきなのはあなたの方だよ?
どうやら我々の認識には齟齬があるみたいだね? その辺のこと、今夜じっくり話し合おう? ね?
日に日に加速していくネルヴィアさんの信仰度を抑える術を探すのに、私はしばらく頭を悩ませることになるのでした。