0歳12ヶ月 5
ルルーさんが私のお手伝いをしてくれるようになってから、早くも明日で一週間が過ぎようとしていました。
つまりこの日は、御前試合を目前とした最終日。
今日は御前試合のルールについて説明があるとのことで、陛下からベオラント城への呼び出しがかかっていました。
試合は明日なのに今日ルール説明? と疑問に思いましたが、変に準備をさせないためなのかもしれません。
あるいはルール説明というのは呼び出す口実であって、何か他の事情がある可能性もありますが。
ともあれ、現在 私はネルヴィアさんに抱えられて、ベオラント城前へと辿り着きました。
私を降ろしてくれたネルヴィアさんに「おねーちゃん、ありがとう!」と伝えてから、お城の守衛さんの元へと歩いて行きます。
守衛のおじさんは私の顔を見るなり、「おお、セフィリア様」と微笑んでくれました。
この守衛さん、最初こそ私の顔を見ただけで“びくっ”と肩を震わせていたのですが、何度も顔を合わせているうちに、やっと慣れてくれたみたいです。
毎回しつこく「無害だよー、怖くないよー」というオーラを叩きつけていたのが効果的だったのかもしれません。
「こんにちは、セフィリアです! へいかのしょうしゅうにおうじ、さんじょういたしました!」
「承っております。どうぞ、お通りください」
「ありがとうございます! おつかれさまです!」
私は守衛さんに笑いかけながら敬礼の真似事をして、ベオラント城へと足を踏み入れました。
ちなみに、私の従者のようなものであるネルヴィアさんもお城に入っていいらしいのですが、彼女は恐れ多いとかいう理由で遠慮しているようです。
その辺りの感覚は、私にはよくわからないものですが。
このお城に来るのは、これで何度目でしょうか。普通の貴族の人たちよりは足しげく通っているような気がします。
おかげで、ベオラント城内の大まかな間取りというか、諸々の位置関係みたいなものは概ね把握してしまいました。
私は勝手知ったるといった具合に城内を闊歩して、すれ違う近衛兵さんやメイドさんに挨拶をしながら廊下を進んでいきます。
そして私にとっての、城内における最難関……ヤツが私の前に姿を現しました。
そう、『階段』です……。
一段一段が私の膝上まであるこいつらは、執拗に私の行く手を阻みやがるのです。
ネルヴィアさんがいれば、こんなやつら、容易く足蹴にして飛び越えてやるというのに……ぐぬぬ。
「ん、しょ。んっ、しょ……」
私は「メイドさんとかが通りかかってくれないかなぁ……」とか甘えたことを考えつつ、両手足をフルに使って、必死で一段一段を登っていきます。
気分はもはや、ちょっとした登山かクライミングです。なぜ陛下に会うたびに、こんな苦行を強いられなければならないのか……城内バリアフリー化を要求します!
私がようやく一つ目の階段を登り終えて一息ついていると、ふと、こちらへ視線を注いでいる人影に気が付きました。
「……あっ……ボリラーさん!!」
「ボズラーだっ!!」
おっと失敬。
階段の上からこちらを見下ろしていたのは、赤みがかった金髪をキザな仕草でかき上げるボズラーさんでした。
おや、もしかして私と同じタイミングでこの場に呼ばれたのでしょうか。
「ボズラーさんも、これからへいかに?」
「あ? 俺はたった今、謁見が終わったところだ」
あれ。じゃあわざわざ同じ話を二人に一回ずつするのでしょうか?
……まぁ、そんなはずありませんね。きっと微妙に違う話をするつもりなのでしょう。
ボズラーさんは階段を下りてきながら、こちらを見下ろしつつ不敵に笑います。
「ふっ……尻尾を巻いて逃げるなら今のうちだぞ。ママを泣かせたくないだろう?」
「あれ? わたしと たたかいたいっていったのって、ボズラーさんじゃありませんでしたっけ?」
「うぐっ……あ、相変わらずムカつくガキだぜ……」
不敵に笑っていた表情を、ピクピクと引きつらせるボズラーさん。
魔術師としては優秀なのかもしれませんけど、指揮官としてはどうなんでしょう。
ちょっとこの人の下で働くのは不安ですね。
「だ、だがそのスカした態度も今日が最後だ……明日、帝都の民と陛下の御前で、完膚なきまでに叩き潰して、その面の皮をはぎ取ってやるぜ!!」
「……」
陛下と民衆の前で赤ん坊を完膚なきまでに叩き潰したら、面の皮がはがれるのはボズラーさんだと思うのですが。
まぁルール次第ですが、基本的には負ける気満々なので、一応明日で彼の留飲は下がると思います。
すると私の沈黙をどう解釈したのか、ボズラーさんはニヤリと笑うと、
「怖いか? そうか、そうだろうとも。強がってはいても、所詮は赤ん坊。どうしてもって言って頭を下げるなら、一つだけお前の言うことを聞いてやっても良いぜ?」
「え?」
「最初の一発はお前に先に撃たせてやるとか、試合開始位置から動かないとか、そういうことでもいい。ふふっ……どうする?」
おお、ここで強者特有のサービスタイムのご提案ですか。
多分ピンチになったら「サービスタイムは終わったんだよ!」とか言ってなりふり構わず攻撃してきそうな気がしますが。
しかも例えで出してる条件が、微妙にみみっちいです。もっとこう、最初の一撃は食らってやるとか、目隠しして戦ってやるとか、そういうことは言えないのでしょうか。
でもせっかくなので、何かお願いをしてみたいような気もします。
私、サービス券は積極的に使いたいタイプの貧乏人なので。
うーん……何かお願いしたいことあるかなぁ……
あ、そうだ。
「それじゃあ、ひとつおねがいします」
「なんだ、言ってみろ」
ぺこりと素直に頭を下げた私を見て、嬉しそうに口元を歪めるボズラーさん。
そして私は、現状において最も困難な壁を乗り越えるべく、お願いをするのでした。
「かいだんをのぼるのが たいへんなので、はこんでくれませんか?」
「………………。」
ボズラーさんは、なんていうか、すごく切ない感じの、なんとも言えない顔になっちゃいました。
でもちゃんと最上階まで運んでくれたので、彼は良い人なのかもしれますせん。