0歳10ヶ月 3
「ぷっ、あっはは! セフィちゃん似合いすぎ~!」
「わぁ……! セフィ様、とっても似合ってます!」
「そうだよね、そうだよね!? もう、セフィってばホントに天使なんだからぁ!」
私はたしか、さきほどまでお兄ちゃんと楽しくお話ししていたはずです。
それが気が付いたら、どうしてこんなことになっているのでしょうか……
現在の私は、ご近所に住んでるおませな六歳児・ペリアちゃんの私服に身を包んでいました。
そもそもの発端は、私の髪が結構伸びてきたね、なんて他愛もない雑談です。生後十ヵ月の段階で、すでに私の髪は肩の辺りまでありました。
なぜだか私は髪が生えそろうのも伸びるのも、とにかく早いのです。
これは私が特別なのか、それともこの世界では普通なのかはわかりませんが……
その上 お母さんは私に髪を長く伸ばしてほしいらしく、私は前髪以外の散髪をされたことがないのです。そのため白金色の髪の毛が視界の端でキラキラ輝いているのが地味に鬱陶しかったり……
……前世でもわりと髪は長いほうだったので、せめて黒だったら気にならなかったと思うのですが。
そして、まるで女の子みたいだ、むしろ女の子じゃね? とか勝手なことを言いだしたメリアーヌさんが私の髪をツインテールにしたところ、お母さんのテンションが振り切れて発狂。
お母さんは家を全速力で飛び出して、ペリアちゃんに服の貸し出しを嘆願。
直ちに私が着ていた服は剥ぎ取られて、借りてきた服に着せ替えられてしまったのです。
ペリアちゃんのミニワンピは、赤ちゃんであることを差し引いても小柄な私が着ると、さながらロングドレスです。
鏡がないので似合っているかどうかはわかりませんが、見た目はともかく私は男の子のはずなので、なんとなく気恥ずかしさを感じてしまいます。
「セフィ! その格好でママって呼んで! ママって!」
「……は、はずかしいよぉ、ママ……」
「ヒャッハーーー!!」
ついにテンションが天元突破を果たしたお母さんは、なぜか世紀末な雄たけびを上げながら私を抱え上げ、一秒間に十六回の頬ずりをしてきます。熱い! 摩擦熱! 摩擦熱がっ!!
お兄ちゃん、そんな「なんまいだぶ」みたいに拝んでないで助けて!? 諦めるの早いよ!? まだご愁傷してない!!
私がぶんぶん振り回されながらお母さんのテンションを正常値に戻す魔法の開発を真剣に検討していると、メリアーヌさんが私とお兄ちゃんの顔を見比べながら、
「それにしてもきっぱり分かれたわよねー。ログナくんはお父さん似で、セフィちゃんはアンタ似」
「そうなの! そうなんだよ! ログナは将来絶対にお父さんみたいなハンサムになるわ!!」
たしかにお母さんの言う通り、お兄ちゃんの顔立ちは身内の贔屓目を抜きにしても、かなり整っているように思います。
戦争が終わりそうになったら私が貴族になって、お兄ちゃんにとびきりの良い娘を紹介してあげるから、期待しててね!
私がお兄ちゃんの将来設計に思いを馳せていると、不意にお母さんが「!!」と戦慄の表情を浮かべました。
「……でも待って。じつはログナも……この格好、似合うんじゃない?」
「!?」
お母さんが真剣な面持ちで呟いたその言葉に、お兄ちゃんが一瞬で青ざめて後ずさりをします。
しかし、この状態となったお母さんから逃げる手段などありません。
私はそそくさとミニワンピを脱いでお母さんに渡しながら、静かに合掌しました。
なんまいだぶ。
「ちょ、ぜってぇムリ! にあわないから! むりだから! やだやだ、ちょっと、ああっ、ああーっ!!?」
必死の抵抗も空しく、お兄ちゃんはあっという間にワンピースを無理やり着せられてしまいました。
私とメリアーヌさんと、それからネルヴィアさんのなんとも言えない生ぬるい視線の中、短い髪をリボンで無理やり“ちょこん”と結ばれたお兄ちゃんは、顔を真っ赤にしながらぷるぷる震えて羞恥に耐えています。
……やばい、不覚にもちょっとときめいちゃった。
「……セフィ、どう?」
「うん……おもってたより、いいかも」
「いえぇぇぇい!!」
私とお母さんはハイタッチをかわして、親子の絆をますます深めました。
あれ、お兄ちゃんどうしたの? 口から白いお兄ちゃんが天に昇って行ってるよ? どこ行くの?
やけに清々しい表情で昇天していくお兄ちゃんに気を取られていると、玄関の辺りから「ガタッ」という音が聞こえました。
振り返ると、そこには服を提供してくれたペリアちゃんが……
と同時に、お兄ちゃんがハッと我に返って、土気色になっていた顔が再び真っ赤に染まります。
ペリアちゃんは口元に手を当てながら、オドオドと視線をさまよわせて、
「……て、てっきり、セフィちゃんが着るのかと……」
「こ、これはちがうぞペリア!? いや、ちがくはないんだけど、これはぜんぜん、そういうのじゃないから!!」
「大丈夫……えっと、みんなには、言わないから……私、口固いし……」
「ペリア、ちょっとはなしをきけ! あ、おい、行くな! まて! ペリアぁ―っ!?」
どこかへと駆けて行ってしまったペリアちゃんに腕を伸ばして叫ぶお兄ちゃんでしたが、残念ながら願い届かず。
がっくりと崩れ落ちたお兄ちゃんは、「ふ、ふふ……おわった……」とか呟いています。
えっと、去り際の一瞬、ペリアちゃんがニヤってしてたから……多分事情は全部わかってて、その上で悪乗りしただけだと思うよ。
やっぱりペリアちゃん、恐ろしい子……!
お兄ちゃんはそれからしばらくむくれてましたが、ペリアちゃんは本気じゃなかったことを教えてあげて、その上で「おにーちゃん、わたしのこときらいになっちゃった……?」と上目遣いで訊いたら、「……べ、べつに」と頭を撫でてくれました。
……ふふ、やっぱりお兄ちゃん、ちょろ優しい。
こんな風にふざけ合って、心の底から笑い合って、大好きな家族と、それから家族同然な村のみんなに囲まれて過ごす毎日は本当に幸せで、かけがえのないものです。
生活はちょっと苦しい時もあるし、いろいろガマンしなくちゃいけないことだってあります。
だけど、日々これといった事件もなく、山も谷もない平凡なひと時が、何の変哲もない毎日が、私は心から愛おしいと思えるんです。
だからこれからも、こんな楽しくて素敵な日々が、ずっと続いて行くんだと……
愚かな私は、本気でそんな事を信じていたんです。
次回、戦闘開始。
25話で初戦闘!?
うわっ…私の展開、遅すぎ…?