2歳2ヶ月 5 ――― 魔族の流儀
それから十分後。
熾烈を極めた獣人族とオーガ族の戦いは、ついに最終局面を迎えようとしていました。
地面に突き立つようにしてそびえる岩の柱に音もなく着地したレジィは、死屍累々と倒れ伏すオーガたちの中心で鬼気迫る咆哮を上げている、オーガ族の族長を睨み付けます。
「いくぞ、アル!!」
高揚したレジィが、アイルゥちゃんに昔の呼び方で合図を出します。
次の瞬間、常人には目で追うことすらできない神速に達したレジィが、五メートルにも届こうかというオーガ族の族長へと襲い掛かりました。
普段は相手をうっかり殺してしまわないように封印している、獣人族特有の鋭い爪。それを遺憾なく振るい、レジィはオーガの纏う筋肉の鎧に無数の傷跡を付けていきます。
獣の本能によってか、驚くほど精密精緻に急所だけを切り裂くレジィの猛攻に、オーガ族の族長は苦しげに呻いて腕を振り回します。しかしそんな悪あがきなどするりと躱したレジィは、族長の無事な方の目を爪で引っかきました。
「ぐぬゥゥッ!?」
さすがにこれは堪えたのか、族長は攻撃を中断して目を抑えながらうずくまります。
その時、これを待っていたとばかりに駆け出したアイルゥちゃんが、巨大戦斧を族長の両足に叩きこみ、その恐ろしいほどの巨体を揺らがせました。
ゆっくりと倒れ込んでくる族長。そんな彼の顔面が落下してくる予測地点に素早く駆けつけたレジィとアイルゥちゃんが、まさしく息ぴったりなタイミングで足を振り抜き……
「うぉぉおおっ!!」
「はああああっ!!」
レジィに右側から顎を、アイルゥちゃんに左側から側頭部を蹴りぬかれた族長は、勢いそのままに顔面を大地に叩きつけました。
倒れ伏してピクリとも動かなくなった巨大な頭を、レジィはつま先で何度か突っついて意識の有無を確認します。
やがて確認が終わり勝利を確信したところで、レジィは傍らのアイルゥちゃんとハイタッチを交わすと、弾けるように無邪気な笑顔を浮かべました。
つい十分ほど前までは元気だったオーガ族の群れが、全員乾いた岩盤の上で這いつくばっています。
ある者は泡を吹いて気絶して、ある者は血を流しながら呻き声を漏らしている状態です。
……そんな地獄絵図の中心できゃっきゃうふふとはしゃいでいる二人の戦士に、私はなけなしの気力を振り絞って叫びました。
「いや、どーかんがえてもやりすぎでしょ!?」
この惨状に精いっぱいのツッコミを入れた私に、こちらへ小走りで駆け寄ってきたレジィとアイルゥちゃんが小首を傾げました。
「えっ、なんでだ? 話を聞きたいんだったら、まずはぶっ飛ばして地面を舐めさせて上下関係を思い知らせないと」
「うむ、その通りだぞセフィリア殿。この程度、魔族にとっては挨拶のようなものだ」
世界観が物騒すぎるよ魔族社会! 世紀末かよ!
というか、いくらなんでもこの二人の言葉通りの価値観が横行しているなんて考えたくありません!
獣人族は魔族の中でも有数の実力絶対主義ですから、他の種族はそこまで過激じゃない可能性もあるのではないでしょうか? むしろそう信じたい!
私たちが日陰でそんなやり取りをしていると、比較的軽傷なオーガから順番にゆっくりと起き上がって、近くにいる仲間たちの介抱を始めました。
私も何か手伝った方が良いのかと動きかけたところ、ゴロにゃんモードになったレジィに「なぁなぁご主人、オレの戦いっぷりどうだった? なぁなぁ!」と纏わりつかれて、彼の頭を撫でながら褒めてあげるのに忙しくなってしまいました。
一度こうなってしまったレジィを蔑ろにしてしまうと泣きそうな顔で拗ねちゃうので、いっぱい構ってあげなければいけないのです。
そうこうしているうちに、数体のオーガたちに介抱されていたオーガ族の族長が、その巨体をゆらりと起こしたかと思うと、こちらへ地響きを伴いながら歩いてきます。
すると一瞬でキリッとした表情になったレジィが族長の方へと歩いて行って、互いに目と鼻の先という距離まで近づいていきました。
幼く小さなレジィと、ところどころ血塗れなオーガの巨体が、ジッと睨み合います。
乾いた赤色の大地に吹き抜ける、一陣の風。
短いようで長い沈黙を破ったのは、両者ほとんど同時でした。
「いやァ、やるじゃねェか坊主……! 参ったぜチクショウ!」
「おっさんもなかなかだったな! 久しぶりに骨のある奴と戦えて楽しかったぞ!」
「ったく身体が鈍ってやがる……鍛え直さねェとダメだな……ありがとよ、坊主」
「良いってことよ」
その場にどっかりと腰を下ろして胡坐をかいたオーガ族の族長は「ガッハッハ!」と豪快に笑い、全身ズタボロだというのに膝を叩いてご機嫌みたいです。
レジィの方も、そんな彼の対応は当たり前だとでもいうように笑いながら、腰に手を当ててふんぞり返ります。
えぇ~……ちょっとそのノリ、ついていけないんですけど……
一方的に押しかけられて一族全員ボコボコにされた挙句に笑ってお礼を言ってるオーガも、それを当たり前みたいに受け入れているレジィも、人族の価値観からは考えられない脳筋っぷりです。どこぞの野菜星の戦闘民族でも、もうちょっと遺恨が残ると思いますよ……
「それで……何の用だったんだァ……?」
「訊きたいことがある。お前ら、うちの前の族長を殺してねーだろうな?」
「獣人族の……前の族長……? 待て……今の族長は、あの『鉄犀』じゃねェのかァ……?」
「違う。今はそこのちっこい鎧が族長だ」
レジィが指差した先で、ちょうど兜を脱いで顔をパタパタ仰いでいたアイルゥちゃんが、耳をピコっと動かして反応します。
「次の族長は『疾風』のお前かと思ってたが……」
「いろいろあるんだよ。それより、前の族長のことは知らないのか?」
「悪いが知らん……あの頑丈さだけが取り柄の鉄犀が殺されただと……? 何の冗談だ……」
「冗談でもなんでもねぇよ。でも……そうか、そもそもうちの族長が殺されたこと自体、外に漏れてねぇのか」
「獣人族が魔族を裏切って、人族についたってェ話なら有名だがなァ……」
顎に手を当ててオーガ族長が呟いた言葉に、レジィは「へっ、そーかい」と肩を竦めます。
対するオーガ族長も、べつに獣人族が人族側に着いたことを気にしてはいないようでした。その話題には大して興味も示さず、うんうんと唸っています。
「普通は他族の族長を討ち取ったってェなりゃァ……嬉々として自慢するモンだがなァ……」
「うちの族長が死んでた場所に、戦った痕跡が無かった。多分、不意打ちかなんかで襲われたんだ」
「なるほど……そりゃおおっぴらに自慢できねェわけだなァ……。だが、あの鉄犀がどうやって死ぬ……? 殴った拳が砕けちまうぞ……」
「それがわからねぇから、とりあえず族長が前にケンカしたことがあるっていうお前らに話を聞きに来たんだ」
レジィの率直な物言いに、オーガ族長は少し愉快気に口角を上げて牙を剥き出しにしました。
「馬鹿言えェ……獣人族とはおおっぴらに付き合えねェが、あの鉄犀は儂の戦友だぜ……ケンカで殺しちまうことはあったとしても、不意打ちで殺して何が嬉しいってんだァ……」
「ま、普通の魔族ならそうだよな。それにさっき戦ってみて、お前らじゃあの人には勝てねぇってのがわかったしな」
「抜かせェ……惜しいとこまでいったことはあるわ……」
「せめてそっちのアイルゥに勝ってからほざくんだな」
「次に戦えば、違う結果になるだろうがなァ……」
「やるか?」
「望むところだァ……」
なんだか再び好戦的な笑みを浮かべ始める二人に、私は慌てて二人の間に飛び出しました。
「ちょっとちょっと! またはなしがそれてるから!」
突然ふわふわと宙に浮かんで飛び出してきた幼児に、オーガ族長はケガで充血した目をぱちくりと瞬かせます。
空から降ってきた私を受け止めたレジィは、本来の目的を思い出したのか恥ずかしそうに咳払いをしました。
「……で、うちの前族長が殺されたのはちょうど一年くらい前だ。なんか知ってるか?」
「人族じゃあるまいし……そんなに前のことなんざ、はっきりわかりゃしねェよ……」
まぁ、それもそうですか。人間だって孤島で狩猟採集生活を送っていたら、暦なんて気にしないはずです。
では訊き方を変えてみましょう。
私はレジィの耳に顔を近づけて、こしょこしょと耳打ちします。ちょっと恥ずかしそうに目を細めたレジィは、けれども私の意図通りに質問を投げかけてくれました。
「じゃあ、獣人族が人族に寝返ったって噂の前後で、何か変わったことはあったか? どっかで族長の交代があったとか、どこかの有力な魔族が急に姿を見せなくなったとか、まぁそれ以外でもさ」
「うむ……ちょっと待ってろォ、他の連中にも訊いてやる……」
そう言ってオーガ族長は、周囲のオーガたちに大きな声で同じ質問を投げかけてくれます。
けれどもオーガたちは眉間に皺を寄せながら唸るばかりで、結局有用な情報が得られることはありませんでした。
うーん、獣人族の族長さんだけがピンポイントで殺害されて、その他には何事もなく静まり返っているだなんて、なんだか不気味です。
ただ単に、魔族たちが種族ごとに交流を持たないが故の弊害……というだけの話なのかもしれませんけれど。
結局のところ今回の調査における収穫は皆無で、ただオーガ族を一方的にボコっただけに終わってしまいそうです。完全に通り魔です本当にありがとうございました。
いまどき格ゲーのストーリーモードだって、もうちょっと脈略がありますよ。
そういえば話の最中、ルローラちゃんが一瞬だけ眼帯を外しているのが見えました。
それで何も言わないってことは、オーガの族長さんが嘘を言っているってことはなかったのでしょう。
そんなこんなで、辛うじて見出した犯人へと迫る道筋は途絶えてしまいました。捜査は完全に振り出しです。
オーガたちには、私たち……というか主に私が何度も謝罪とお礼を言ってから、オーガ族の集落を後にしました。




