2歳2ヶ月 4 ――― オーガの集落
オーガたちに話を聞きに行くにあたって、私は必要最低限の人員で向かうことにしました。
人数が多いと移動に時間がかかったりしますし、いちいち大勢でぞろぞろと移動して悪目立ちをしてもいけません。何よりオーガたちを刺激してしまうのもマズイですしね。
そんなわけで私は自身の体重を軽くして、アイルゥちゃんの黒い甲冑にへばりつきながら移動していました。
その隣には、同じく私の魔法で体重を軽くさせたルローラちゃんを、レジィが背負いながら並走しています。
残してきた獣人たちが勝手な行動をしたりしないか、また未知の魔族に襲撃されたりしていないか、若干不安ではありますが……まぁ魔族界のアイドルであるリュミーフォートさんがいることですし、大丈夫でしょう。
ただ、置いて行かれることになって不服そうにしていたネルヴィアさんとケイリスくんのためにも、なるべく早めに目的を達して帰りたいところではあります。
レジィもアイルゥちゃんも、さすがは獣人族の二強として名を轟かせているだけあって、すごい速度で森の中を進んでいきます。
特にアイルゥちゃんなんて、歩くたびに地面に足跡が残るくらいの重装甲冑を着こんでいるのに、それを感じさせないくらい力強い走りっぷりでした。
そうやって、時々休憩を挟みながらも移動し続けること二時間ほど。
「匂ってきたな。多分もうすぐオーガの集落だ」
低い声で呟かれたレジィの言葉に、私たちの間で少しだけピリッとした緊張感が生まれます。
やがて森の木々もまばらになり、周囲はゴツゴツとした岩肌が屹立するような風景に移り変わりました。
さすがにその辺りまで来ると、地面に突き立つような大きい岩の合間に、赤々とした巨体が垣間見えるようになります。
遠目からでもわかるほどの、三メートルにも迫ろうかという巨躯。加えて丸太のように太い四肢と、突きだしたツノや牙が禍々しさを演出するのに一役買っていました。
私たちの接近に気が付くと、周囲に散らばっていたオーガたちはやや戸惑った様子ながら駆け寄っています。
オーガの集落と思しき、巨大な岩山にぽっかりと空いた大穴に辿り着いた頃には、そこで食事をしたりして寛いでいたオーガと、後ろから追って来たオーガたちに囲まれてしまいました。
ざっと見渡した限りでは……三〇体くらいでしょうか? さすがにこれだけの数に囲まれていることで、アイルゥちゃんも少しそわそわとして落ち着かない様子です。
一方でレジィは、まったく毛ほども緊張を感じさせない様子で、ポケットに手を突っ込んでいます。
そんなレジィの背中から降りたルローラちゃんは、甲冑にへばりついていた私を抱きかかえて、二人から若干距離を取りました。え、なにしてるのルローラちゃん?
私が驚いて固まっているうちに、周囲を睥睨したレジィが口を開きます。
「おい、ここで一番偉いのは誰だ? 聞きたいことがある」
レジィはもう完全に相手を格下だと考えているようで、すっかりオレ様モードでした。
そんな傲岸不遜な態度に、周囲のオーガたちは思いっきり殺気立っています。ひぇぇ……
「テメェ、何モンだ!?」
「獣人族風情が、何しにここへ来やがった!!」
「ぶっ殺されてぇのかァ!!」
なんだかいかにも荒々しい風貌に見合った大声で、赤ら顔のオーガたちが吼えてきました。
なんでこんな喧嘩腰なんだろうかと私は首を傾げますが、よくよく考えると魔族っていうのは、文化の違いすぎるたくさんの種族がいるわけです。姿も生態も大きく異なるのですから、仲良しこよしはいかないのでしょう。
むしろ似たような姿と生態で広く分布している人族の方が、この世界全体から見ればよっぽど特殊なのかもしれません。
……それにしても、なんだかこの二年、様々なことがあったせいでしょうか? たくさんの屈強な魔族に囲まれて敵意をぶつけられているのに、こんなに落ち着いていられるなんて。
帝国で一番の常識人である私がこんなことではいけませんね。
今にも飛びかかって来そうなオーガたちでしたが、しかし岩山に穿たれた巨大な穴からドスンドスンと地響きを伴って現れた怪物が、それを制しました。
「なんの騒ぎだァ、お前らァ……」
どこか気だるげな しゃがれ声が響くと、周囲で殺気立っていたオーガたちが途端に大人しくなります。
現れたのは、ただでさえ巨躯の多いオーガたちの中でもずば抜けた巨体でした。しっかり背筋を伸ばせば、その背丈は五メートルにも届くかもしれません。
のっそのっそとこちらへ歩いて来た巨大なオーガは全身が傷だらけで、右側の目は額から頬にかけて深い傷跡が走っていて潰れているみたいです。
そんな彼は無事なほうの左側の目で私たちを見下ろすと、眉間に皺を寄せました。
「誰かと思ったらァ……獣人族のガキんちょかァ……?」
「『疾風のレジィ』、つって通じないならどうしようもねぇな」
「疾風……開眼のか……そんなガキが、いったい何の用だァ……」
「聞きたいことがあるから答えろ」
ちょっとちょっとレジィ! そんな喧嘩腰じゃ聞きだせるものも聞きだせないって!
私の懸念通り、オーガの族長さんと思しき巨大なオーガは、不愉快そうに目を細めて表情を歪めます。
それから彼は、その巨大な腕をスッと持ち上げると……
「魔族なら、答えさせてみろォ」
そう言って、さながら楽団の指揮者のように腕を振るいました。
それを合図にするかのようにして、オーガの群れの中から二体ほどが飛び出すと、こちらに迫ってきます。
「ご主人は手を出さないでくれよ?」
そう言いながらこちらを振り返ったレジィの表情は、それはそれは楽しそうでした。……さてはこうなることを見越して、わざと挑発的な態度をとったな……?
最近のレジィは私たちとの生活ですっかり丸くなっていたように見えましたが、魔族として染みついた闘争本能は根深いようです。
私はやれやれと溜息をつきながら、
「しかたないなぁ。ほどほどにね?」
そう言って許可を出してあげると、レジィは本当に嬉しそうに、私たちが出会ったばかりの頃を思い起こさせる好戦的な笑みを浮かべました。
大地を震わせて迫るオーガたち二体のうち、片方は岩と木を束ねたような不格好な武器を担いでいて、そいつは重装甲冑と巨大戦斧を装備したアイルゥちゃんへとまっすぐに突撃してきます。
同じく並走する素手のオーガも、腰を低くしながら猛烈な勢いで岩肌を蹴り突っ込んできました。
対するレジィとアイルゥちゃんは、互いに数メートルほど距離を取るようにゆっくりと歩いています。
そして歪な棍棒を振り上げたオーガが、それを勢いそのままにアイルゥちゃんへと振り下ろしました。
ズガァァアアンッ!! という、けたたましい轟音が響きました。
どんな屈強な人間でも、どれだけ上等な装備でも、一瞬で原形をとどめない遺骸へと変えてしまいそうなオーガの一撃。
さすがに一瞬ヒヤッとしてしまった私でしたが、しかし巻き上がった土埃が晴れたその場所には、無造作に右腕を頭上に掲げたアイルゥちゃんが立っていました。
中途からへし折れた棍棒の先が、遠くに落下する音が響きます。
「手加減は必要ないのだぞ。こちらも手加減などするつもりはないのだからな」
そう言いながら背中に装着してある巨大戦斧を手に取ったアイルゥちゃんが、それをまるで枯れ枝か何かのように造作もなく振るいました。
アイルゥちゃんが振るった巨大戦斧はオーガの両足を薙ぎ払うと、その巨体をぐるんぐるんと回転させながら数メートル以上も吹っ飛ばしました。
古ぼけた巨大戦斧は刃の部分が潰れていて『斬る』ということはできそうにありませんが、そんなことなど完全にお構いなしです。
そして頭から地面に叩きつけられたオーガは、ピクピクと痙攣して動かなくなってしまいました。
そのような光景からレジィへと視線を戻すと、すでに彼を襲っていたオーガは地面に突っ伏して、嗜虐的な笑みを浮かべたレジィに頭を踏みにじられていました。
頬を上気させて嗤うレジィはすっかり出来上がっていて、イケないスイッチが入ってしまっているようです。
「ふわ~ぁ。長くなりそうだし、終わるまであっちで休んでよっか~」
そんな様子を退屈そうに眺めていたルローラちゃんが、私を抱えたまま日陰のある方向へとのんびり歩いていきます。
いや、あのさぁ……私たちって、ちょっとお話を聞きに来ただけだよね?
そんでもって、オーガたちが前族長さんを襲撃したなんて根拠は、まだ全然ないんだよね?
私は見る見るうちに激化していく戦場をぼんやりと眺めながら、どうしたものかと頭を抱えるのでした。




