1歳12ヶ月 4 ―――ルミーチェとの対決(前編)
この部屋でお客をもてなすこともあるのか、ルミーチェさんの広々とした私室には、向かい合うようにソファが設置されていました。
それぞれ私たちはソファに身を沈めると、小さなテーブルを挟み、無言で視線を交わします。
端正な顔立ちというものは表情が乏しいと人間味を感じられないため、どこか不気味に思えてしまいます。
内に秘めた感情の一切を外に漏らそうとはしないルミーチェさんに、私は少々物怖じしながらも口を開きました。
「……それで、どういったごようけんでしょうか?」
ソファに浅く腰掛けながら姿勢よく背筋を伸ばした私の問いに、ルミーチェさんは刃物のように鋭かった目つきをさらに細めます。
「妹がお世話になっているようですので、セフィリア卿とは一度ゆっくりと、膝を交えて語り合いたかったのですよ」
その口から語られた内容こそ友好的ではありますが、しかし油断なく眇められた瞳には隠しきれない敵意が溢れていて、私の背筋を寒くさせました。いわゆる『目が笑っていない』というやつです。
仮にも侯爵家嫡男、そして騎士団の有力者であり、さらには私の大切なネルヴィアさんの兄上……肩書きは様々ですが、そのどれか一つ取ったって、私が敵対するのは躊躇われる相手です。
本当に“話し合い”で済めば、何よりなのですが……
ぴりぴりとした緊張感の中、ルミーチェさんはサラサラの長い前髪の奥で青い瞳を光らせます。
「まず、妹と出会ったきっかけでもお聞かせいただけますか」
ルミーチェさんは厳かな口ぶりで、まずは当たり障りのない話題を切り出して来ました。
油断のない視線に晒されながら、私は失言の無いよう細心の注意を払って、ネルヴィアさんとの出会いについてを語っていきます。
騎士修道会の試験に落ち、父親に帝都から追い出されたネルヴィアさんが、孤独と失意に沈んでいたこと。そして私の慰めと説得によって、次第に自信と笑顔を取り戻していったこと。ついにトラウマを乗り越え、襲って来た盗賊を私とネルヴィアさんで協力して撃退したこと。
私も彼女をかけがえのないパートナーだと強く認識して、皇帝陛下に彼女を部下としてもらい受けることを許可していただいたことも、ついでに話しておきました。
私の話を聞きながら、終始険しい表情で眉根を寄せていたルミーチェさん。
しかし彼はやがてゆっくりと頭を抱えると、かなり負の感情が混ぜ込まれた溜め息を深々と吐いたのでした。
何を言われるのかとビクビクしていた私に、ルミーチェさんは失意に沈み込んだような声を絞り出します。
「……妹のことは、感謝いたします。まさか私のいない間に、そのようなことになっていたとは。身内の恥の尻拭いをさせてしまい、申し訳ありません」
ルミーチェさんが低い声で何気なく口にした“身内の恥”という言葉に、私はピキリと額に青筋が浮かぶのを自覚した瞬間、思わず叫んでいました。
「おねーちゃんは……ネルヴィアさんは“恥”なんかじゃない! あの子はもうりっぱな騎士だし、わたしのほこるたいせつな子なんだよ! たとえおにいさんでも、バカにすることはゆるさない!!」
私の叫びを受けたルミーチェさんは、驚きに目を見開いて固まってしまいました。
その隙を突くようにして、私は彼に対して腹に据えかねていた思いも一緒にぶちまけてしまいます。
「だいたい、どうしてネルヴィアさんをきらってるの!? かぞくなのに、どうしてなかよくなれないの!?」
「な、何を……」
「いつもあなたににらまれたネルヴィアさんが、どんなおもいをしてるかしってるの!? どうしてたったひとりの妹に『悪いのは出来そこないの私なんです、ごめんなさい』なんて言わせるの!?」
「……え!?」
「ネルヴィアさんはなんにも言わないけど、あの子がおうちにあんまりかえろうとしないりゆうは、おにいさんにきらわれてるとおもってるからだよ! それでもまだそんなたいどをつづけるなら、もうネルヴィアさんはうちの子にしますから!!」
普段あまり出さない大声をいきなり出したせいで、少し酸欠になってしまいました。
頭にかかった靄を深呼吸で払っていると、私の目の前で呆気に取られて黙りこんでいたルミーチェさんが、小さく息を吸い込みました。
感情に任せて言いたい放題言ってしまったので、一体何を言われるのかと私は肩を震わせていたのですが……
「大きな間違い……というより、誤解が二つあります」
意外に落ち着き払った声色で言葉を紡いだルミーチェさんが、なぜかこれまでよりもずっと敵意を抑えた表情を浮かべていました。




