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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第三章 【イースベルク共和国】
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1歳4ヶ月 9 ―――魔女裁判



 翌日の正午。

 プラザトス中央裁判所には、多くの傍聴人が集まっていました。

 裁判所の内装は、私が前世でぼんやり知っているものと大差はないように思われます。ただ、多少宗教的な意匠が強いかな、といった感じです。

 臨時裁判というくらいですから、最初はもっと小さな裁判所で済ませる予定だったみたいですが……

 まぁ、私が簡単な魔法くらいなら使えることは、向こうも知っていますしね。なんせ、私がダンディ隊長と騎士団を使って情報をリークさせたのですから。にやり。


 だからこそ敵は、狭い室内に少人数で私と相対するわけにはいかなかったのでしょう。

 いざとなれば私は実力行使に訴えることができる以上、彼らとしては傍聴人をたくさん呼んで抑止力として配置するくらいしか身を守る術はありません。

 私が動かせる戦力は、最低でもドラゴンを損害無しで打ち倒すレベルです。この裁判所の警備にドラゴン討伐隊全員を投入したって、止められる見込みは薄いでしょう。

 首輪の“逃走防止機構”とやらも、アテにはできませんからね。


 つまり私の能力を正確に伝えることにより、広い裁判所と多くの傍聴人を引き出したのです。

 ダンディ隊長やルグラスさんと協議に協議を重ねた結果の策。上手くハマったようで何より。


 ちなみに現在、私の仲間たちは合図があるまで裁判所の外で待機中です。

 ネルヴィアさんは剣を没収されると面倒ですし、レジィとルローラちゃんは身体検査されたら一発アウト。ケイリスくんも念のためお留守番。

 なので証言台には私と、それから通訳のルグラスさんだけが立っています。

 ……立っているっていうか、私は背の高い椅子にちょこんと座っているだけですけど。


 裁判長っぽい黒服のお爺ちゃんの傍らには、白髪と茶髪が半々くらいの、小太りのおじさんが座っていました。

 そのいやらしい笑みに不快感を覚えた私が、ルグラスさんに目を向けると、


「……あの男が、ミールラクスです」


 ミールラクス……!!

 自分が大統領になり変わるためだけに、自分が名声を得たいがためだけに、身勝手な謀略を実行した張本人!!

 大臣を殺害して、ゴルザスにその証拠をトリルパット家に仕込ませて、屋敷に長年仕えていた家政婦長を拉致して痛めつけ、当時大統領だった実の弟であるグラトスさんを謀殺して……


 ケイリスくんの幸せを奪った、忌まわしい怨敵……!!


 人は見かけによらないとは言いますが……しかしあれほど見かけが内面を雄弁に物語っている例はありませんね。見ているだけで胸がムカムカしてきました。

 っていうか、前世で私のチームに無茶ぶりばっかりしてきた得意先の所長に顔が似ていて、倍率ドンで業腹(ごうはら)です。

 是非とも今すぐ魔法で吹っ飛ばしてやりたいところですが、ここはまだ我慢の子。怒りに任せてすべてを台無しにしてしまうわけにはいきません。


 今はまだ、私たちの望み通りにミールラクスが直接姿を現してくれたことを喜ぶに留めましょう。この状況を実現するために裏で手を回してくれたルグラスさんに感謝です。

 ミールラクスが最も警戒している獅子身中の虫とも言えるルグラスさんが、現在プラザトスにおける最重要人物とも言える私の通訳を買って出たのです。そんなの、裁判所の外で優雅にお茶してられるわけがありませんよねぇ? ふっふっふ。


 一歳児の姿で法廷に現れた私を見てざわめきたっていた裁判官や傍聴人たちも、そろそろ落ち着きを取り戻してきたみたいです。

 やがてドラマにように「静粛に」と裁判長が言い放ち、法廷は静寂に包まれました。

 ……あのトンカチみたいなのをカンカン鳴らしたりはしないんですね。一度見てみたかったんだけどなぁ。


「これより、巡礼修道士セフィリアの審問を始める」


 私が帝国軍人とか勇者っていうのは隠して進めていくことになっています。そこを認めちゃうと、あとで大変なことになっちゃいますもんね。

 まだ身元は調査段階で、確たる証拠がないためどこの国に所属しているかは不明な段階で臨時裁判を開廷した、ということにするみたいです。


「まず、被告が……魔術師であるという件について検証したい」


 裁判長の言葉に、傍聴席がにわかにざわめき立ちます。

 一歳児に魔法封じの首輪を嵌めておいて、その赤ん坊が魔術師であることを検証……普通なら頭か精神の健康を疑われかねない発言です。

 実際、裁判長も自分で言っておきながら、「なに言ってるんだ私」みたいな困惑顔を浮かべていました。


 一応、騎士団と口裏を合わせて、ただの赤ん坊のフリをするという計画もあったのですが、その手は今回見送りました。

 というのも、私にはどうにも騎士団全員を信用することができなかったためです。

 騎士団にミールラクスやゴルザスの派遣したスパイが紛れ込んでいたり、あるいは家族を人質に取られて従わされている人がいた場合、下手に嘘をついたり隠し立てすることは私たちの立場を危ぶませることになりかねません。

 ダンディ隊長と付き合いの長い分隊長クラスならまだしも、数百人いる騎士団全員はさすがにダンディ隊長も素性を把握しきれてはいませんし。


 それに、ミールラクスと民衆が同時に存在する公的な場というのは、魔族の軍勢が首都に押し寄せるまでのわずかな時間ではここだけでした。

 この共和国の未来を決しかねない裁判に、ミールラクス本人が姿を見せないはずがないというのがルグラスさんの主張でしたからね。手柄は自分のものにするはずだ、と。

 そしてその推測は実際、現実のものとなりました。


 ……聞くところによると現在、魔族の軍勢はプラザトスまで残り数時間で到達すると見込まれています。

 そんな時に、悠長に裁判なんてしてても良いのかと騒ぐ民衆もいるかもしれませんが、しかしミールラクスたちにとって、この裁判こそがプラザトスの命運を握る鍵なのです。むしろ時間がないからこそ、大急ぎで諸々の資料をかき集めて手続きを済ませ、この裁判を開廷させなければなりませんでした。

 それらの準備がてんやわんやだったという裏話は、ルグラスさんからこっそりと聞いています。


 しかも……ふふっ! 魔族の襲撃ギリギリに裁判が開廷されるように、わざと私たちが済ませる手続きをちんたらやったり、いきなり行方を眩ませてやったり、ミールラクスが派遣してきた交渉人との“裏取り引き”に曖昧な態度を取り続けて焦らしてみたりしましたからね~。いえ、実際各方面の人たちと会いに行ってたので、すごい忙しかったんですけど。

 そのせいか、ダンディ隊長の息がかかっていない騎士や兵士、それからミールラクスにお尻を蹴っ飛ばされて急かされまくったであろう役人の皆さんは、全員気が気じゃないって感じの青い顔をしちゃってます。ごめんね。


 おっと、考え事してる場合じゃありませんでした。

 私が魔術師であることを証明すればいいんでしたっけ?


 私が目配せをするとルグラスさんは懐から手帳を取りだして、私の前に差し出します。

 そして私は素早く左手を振るった一瞬、右手の親指と小指を接触させて、消滅魔法『立崩体(ピースメイカー)』を発動。

 手帳はまるで喰いちぎられたかのように真ん中あたりを削り取られて、その破片を紙吹雪のようにパラパラと床に散らしました。


 途端に、傍聴席から息を呑むような気配が伝わってきます。

 やっぱり赤ん坊が魔法を使うっていうのは、ショッキングな映像みたいですね。


 ルグラスさんが床に散らばった手帳の破片を回収し終えた頃、裁判長はあんぐりと開けていた口をようやく閉じました。


「……ま、魔導桎梏(しっこく)が、機能していないのかね……?」

『いえ、機能はしていますよ』


 私の口の動きを、ルグラスさんがすかさず通訳してくれました。

 私が挙手をせずに発言したことも、一歳児が明確な自我をもって返答したという事実に違和感を訴えることも忘れて、裁判長は疑問を紡ぎます。


「しかし、現に今、魔法が……」

『声が出せないのなら、声を出さずに魔法を使えばいいだけではありませんか?』


 私の返答に、さらに呆気にとられる裁判長。なんかちょっと可哀想になってきちゃいました。

 そしてそんな裁判長の隣で、嬉しそうに笑みを深めているのはミールラクスです。……はいはい、アンタの目的からすれば、嬉しい誤算でしょうよ。


 裁判長は取りだしたハンカチで額を拭いながら、コホンと咳ばらいをしました。


「被告はその魔導桎梏を不当に嵌められたとして、外すよう請求しているようだが、魔導桎梏はプラザトスにおいて厳重に管理されている。その首に嵌められているものは、何者かが作製した精巧な模造品で間違いない」


 と、いうことにして欲しいわけですね。


「とはいえ性能が似ていることから、その模造された魔導桎梏の解除も可能であろうというのが技術局の見解である。そのため解除請求を認可することも吝かではない」


 実際は本物の魔導桎梏なので、鍵を持ってきたら三秒で解除できるってことは、ミールラクスが何度も派遣してきた交渉人の心をルローラちゃんが読んだことで判明してますけどね~。

 だけど万が一にも私が勝手に解除して、しかも首輪を帝国で調べられたりなんてしたら大変なことになっちゃうでしょう。だから彼らは自分たちの手で首輪を解除した上で、速攻で処分して証拠隠滅しちゃいたいのです。


 私の胡散臭そうな目つきに射抜かれた裁判長は、ちょっと目を逸らしつつも次の議題に移りました。


「しかしその前に、被告の罪状について話をしなければならない」


 来た……!

 私がミールラクスに視線を向けると、ヤツは浮かべていた笑みをさらに露骨なものにします。


「被告はドラゴン討伐作戦にその他の仲間を率いて参加し、魔術を用いてドラゴン討伐に多大な貢献をしたと報告を受けている。間違いないか?」

『ええ。間違いありません』


 一歳児がドラゴン討伐に貢献という冗談みたいな文句に、傍聴席からは驚きの声があがったり胡散臭そうな視線が向けられたりしています。

 というか、ドラゴン討伐を無かったことにしようとしていたゴルザスの言葉はスルーしていく方針になったのですね。哀れゴルザス。


 傍聴人たちの反応を強引に無視するような形で、裁判長は顔を顰めながらも続けました。


「攻性魔術取締法により、民間が他者を害する恐れのある魔術を用いることは固く禁じられている。民間に攻性魔術の使用を許可できるのは大統領及び師団長クラスの役職のみとされており、被告は許可なく攻性魔術を用いたこととなる。これについて異論は?」

『いいえ、特に。たしかに私はイースベルクの許可を得ずに魔術を使用しました』


 私の返答に、裁判長は忙しなく頷いてから、一瞬だけミールラクスへ目配せをします。

 そして大きく鼻から息を吸い込むと、お歳の割にはよく通る声を響かせました。


「それでは被告を、攻性魔術取締法違反により―――」


 裁判長が私の刑を言い渡そうとした、その時。


「まぁ、まぁ。裁判長、少しお待ちなさい」


 空々しくも穏やかなミールラクスの声が、裁判長の審判を遮りました。

 まぁ、裁判長の黙り方がちょっと不自然だったかな~、なんて思ってしまうのは、私が筋書(シナリオ)を知っているためでしょうか?


 ミールラクスはゆったりと鷹揚な所作で私に顔を向けると、わざとらしい笑みを貼りつけて口を開きました。


「聞けば、セフィリア殿とその仲間たちがいなければ、ドラゴン討伐の成否は違っていたかもしれないという話ではありませんか。それに彼女たちはイースベルクのためを思って行動してくれたのです。それらを勘案すれば、彼女の行動を一方的に罪に問うというのは、些か乱暴ではありませんか?」


 原稿を朗々と読み上げるような口調で紡がれたミールラクスの意見に、裁判長は「う、うむ……」とぎこちなく頷きます。

 というかダンディ隊長め、私の性別を伝え忘れたな……。


 ミールラクスは傍聴席の聴衆に語り掛けるような口調で、さらなる演説を続けました。


「しかしセフィリア殿の外見は、あまりに幼い。そんな彼女がドラゴン討伐に貢献したなどという話を、おいそれと信用できる人もおられないでしょうな。だというのに、それを私の独断で減刑するというのも如何なものでしょう」


 私が傍聴席を盗み見ると、傍聴人たちは困惑したような表情でこの裁判を見守っています。しかし中にはミールラクスの言葉に強く頷いている人もいました。サクラかな?


「ならばそれが真実であることを、彼女に証明してもらえば良いのです。ちょうどもうすぐ、このプラザトスへと魔族の群れがやってきます。騎士団だけでも十分に対応は可能ですが、そこにこのセフィリア殿とお仲間たちも戦いに加わってもらいましょう。そしてドラゴンを討伐せしめたというその実力を遺憾なく発揮してもらえば、我々の疑惑も晴れようというものではありませんか」


 ミールラクスの提案を聞いた聴衆は、目に見えて表情を明るくさせます。

 私の実力は知られていませんが、しかし少なくとも私とその仲間たち、そして騎士団が協力してドラゴンを討伐したというのは事実なのです。

 私たちが参戦することで少しでも騎士団の被害が減るならそれで良し。私たちが戦果を残せなかったり戦死したとしても、共和国としては痛くありません。思わぬ活躍をしてくれても大いに結構。

 何より首都を魔族が襲撃するというかつてない事態において少しでも戦力が増強されることは、プラザトスの民衆にとって喜ばしいことに違いありません。本当に騎士団が魔族を退けてくれるのかと、今も不安で仕方がないでしょうからね。


「さぁ、セフィリア殿。我々を納得させるだけの活躍を見せてくれれば、首輪を外すことはもちろん、恩赦を与えて差し上げてもいい。このイースベルクのために、その力を振るってください」




『は? イヤですケド』




「………………え?」


 ミールラクスは初めて笑顔を崩すと、その細い目を精一杯に見開きながら、間抜けな声を漏らしました。



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