1歳4ヶ月 10
「今、なんと……?」
『ですから、イヤと言ったんです』
事前に打ち合わせた通りのセリフを返さなかった私に、ミールラクスは大いに表情を引きつらせ、裁判官たちは顔色を青ざめさせています。
しかしそんなことは気にもしていない態度で、私は露骨に盛大な溜息を一つ吐きました。
『べつに、魔族くらい蹴散らしてあげてもいいですけどね。それにはまず、順序と立場が逆なんですよ』
「な、何を言って……」
『まず、先だってお伝えしている通り、私の身分は巡礼修道士ではありません』
そう言いながら私が手を差し出すと、ルグラスさんは懐から取り出した布を私に手渡してくれます。
そしてこの場における全員が目を丸くさせている中で、私はそれを―――特別階級章が胸元に光る、帝国軍魔術師の軍用外套をばさりと羽織りました。
『私はヴェリシオン帝国軍中央司令部魔術幕僚長、“逆鱗”のセフィリア! 皇帝陛下より帝都防衛の任を仰せつかった、帝国魔術師です!!』
私は高らかに名乗りを上げた一瞬、演出のために風魔法順風満帆をちょっとだけ発動させて風を巻き起こしました。突然の風にみんなが驚き、私の外套が良い感じに風で舞い上がります。……よし、決まった!
もちろん、その風で私自身も吹っ飛ばされるなんてカッコ悪いことにならないように、体重軽減の魔法浮き足立ちは一瞬だけ解除しましたとも。
呆気に取られて言葉を紡ぐことができずにいる彼らをよそに、私はさらに畳みかけます。
『私は、ヴェリシオン帝国は首都、帝都ベオラントにおわす、ヴェルハザード・バルド・ベオラント皇帝陛下より、魔術使用における裁量権を賜っています! よって、確かに私は先ほど『イースベルクの許可を得ずに魔術を使用した』とは言いましたが、皇帝陛下の許可の元で魔術を行使している軍人です。つまり攻性魔術取締法とやらには抵触しません!!』
高らかに宣言された私の言い分に、それまで硬直していた裁判長が、やや腰の引けた声色で反論しました。
「だ、だが、我々の方では、被告の身分の確認はまだ取れては……」
『では鳩でもなんでも、今すぐに帝国に飛ばせばよろしいではありませんか? これから一週間でも二週間でも、私はここで待っても構いませんよ』
即座に返された正論に、裁判長は黙りこんでしまいます。
この裁判は、あらかじめミールラクスによって書かれたシナリオ通りにセリフを読むだけのものでした。だから見るからに明確な綻びがあろうとも、暗黙の了解でスルーされるはずだったのです。それが事前に“裏取り引き”で定められた条件なのですから。
しかしちょっと私がそのシナリオを外れて突ついてやれば、この通り。あっさりと瓦解してしまうような、薄氷のごとく脆い筋書きでした。
裁判を開廷するのに手間取って時間がなかったからって、もっとしっかりとシナリオを作り込んでおくべきだったね?
ほかの裁判官の意見も聞いたりしていれば、こんなことにはならなかったでしょうに。
私の唐突な裏切りに、ミールラクスは先ほどまで貼りつけていた笑顔の仮面を取り繕うことさえせず、明確な怒りを露わに声を荒げました。
「そ、そんな暴論が通るものか! 帝国でどのような権限が与えられていようが、このイースベルクの地では、イースベルクの法こそが絶対! 私の許可なく魔術を使えば、それは罪なのだ!!」
『あれ、おかしいですね? いつから“ボボロザ樹海”はイースベルク共和国の領地となったんですか?』
傍聴人たちには見えないようにあくどい表情を浮かべた私は、二つ目の穴をほじくり返してやります。
唾を飛ばしながら叫んでいたミールラクスも、その指摘には言葉を失わざるを得ませんでした。
『私たちがドラゴン討伐を行ったのは、魔族領のボボロザ樹海です。もちろん共和国民なんて一人も住んではいない、魔族が跋扈する魔境です。そこで魔族と戦うために魔法を使うのに、どうして貴方の許可が必要なんです?』
私の追及に、ミールラクスは歯茎を剥き出しにするような勢いで歯を食いしばり、顔を脂汗でテカらせていました。
続いて辛うじて絞り出すように口にしたのは、エルフの里のことでした。
「そ、そうだ、知っているぞ! 貴様はエルフの森に立ち入った!! エルフの森に許可なく立ち入ることは……」
『エルフの森? はて、立ち入ってませんよ?』
「そんなはずはない!! 貴様がエルフ族と交渉したという報告を受けているのだ!!」
『ああ、あのことですか。エルフの森の“外”でなら、エルフ族と交渉しましたよ?』
「……外、だと……?」
『ええ。誰かさんがしっかり管理しないせいで、トーレットとエルフ族が一触即発だったものですから。でも“エルフの森に許可なく立ち入ること”が法律で禁止されていたので、エルフの森から十分に離れた、魔族領の森で交渉したんです。何か問題でも?』
つらつらと息を吐くように私の口から漏れだす嘘に、ミールラクスは唇を震わせながら叫びました。
「そ、そんな嘘が、まかり通るとでもッ……」
『では証明してくださいな。これが嘘であることを』
できるはずありませんけどね。ルローラちゃんがいる限り、エルフ族は全面的に私の味方です。口裏を合わせるくらい、お茶の子さいさいなのですから。そもそも私たち以外の人間なんて、エルフたちは相手にもしないでしょうし。
それでもミールラクスはしつこく食い下がってきて、またつまらないことを言いだしました。
「ゴ、ゴルザスに、剣を向けたらしいな! ははっ、師団長に剣を向けるなど、大変なことだぞ!?」
『え? ちょっと何を仰っているのやら……』
「とぼけるな! 貴様の仲間の騎士が、衆人環視の中で剣を抜いたと、他でもないゴルザスが言っていたのだ!!」
『それ、本当に事実ですか? 私はまったく身に覚えがありません。ああそうだ、“衆人環視”と言うなら、目撃者に話を聞いてみたらどうです? そうすれば私たちの無実が証明されることでしょう』
「な、なんだと……」
『まぁ、風の噂ではゴルザス第三師団長殿は“妙な噂”に事欠かない方のようですから? こんなことは言いたくありませんが、話に尾びれ背びれがついてしまっているのでは?』
すでに私は、ダンディ隊長や分隊長さんたちと口裏を合わせていました。それどころかゴルザスは「そこの女が剣を抜いたとでも報告してやろう」などと発言していたことになっています。
ミールラクスも、ゴルザスなら話を盛るくらいやりかねないと考えているのか、すぐに話を他のことにシフトさせました。哀れゴルザス。
「そうだ、貴様らは身分を偽っていたな!? 巡礼者に扮して、各街を回っていたはずだ!!」
『巡礼していたのは本当ですよ。私の仲間の一人が、騎士修道会に属してますからね。ちゃんとルーンペディの教会で祈りも捧げましたし』
「ル、ルーンペディからの巡礼だと言って、街の関所を通過していたはずだ……! そうだろう!!」
『ええ。“ルーンペディから巡礼を始めるため”に、それぞれの街を通過していましたからね。何か間違ったことを言いましたか?』
ミールラクスの情報網はなかなか大したものですが、どの程度の情報網であるかを事前にルグラスさんから聞いていれば、いくらでも対処のしようがあるのです。
そしてことごとく私に攻撃をかわされ続けたミールラクスは滝のように汗を流しています。
ふふふ……社会的奴隷に必要なのは、プログラムの技術ではなく口八丁に人を騙くらかす話術なのですよ。
さも当然のような真顔で「えっ、これバグじゃなくて仕様ですよ?」と言えないボンクラは、バタバタと死んでいく運命なのです。
……まぁ、言えても死ぬ時は死ぬんですが。
そろそろ諦めたかなと思いきや、ミールラクスはいよいよもって子供みたいなことを言いだします。
「そ、そう、今、そこで魔法を使っただろう……! 攻性魔法を……!!」
私は溜息をつきながら、ルグラスさんに手を差し出しました。そしてルグラスさんが袖まくりした腕を私に差し出した瞬間、立崩体をルグラスさんの腕に叩きこみます。
一瞬、背後の傍聴席で短い悲鳴が上がりますが、しかし彼らが予見したようなショッキングな光景とはなりませんでした。
『これは無機物だけを削り取るという、ゴミを処分するための魔法です。人間に使っても何の効力も発揮しませんから、攻性魔法ではありませんよ』
見てのとおり、黒い立方体に触れているルグラスさんの手は、削り取られたりなんてしていません。
それでも納得いっていないかのように唸っているミールラクスに、私もそろそろうんざりしてきました。
私は椅子の上に立ち上がったまま、ミールラクスと裁判長、そして裁判官たちを順番に睨め付けながら、
『まだ、なにか?』
その言葉を受けた彼らは、皆一様に視線を下げて、私から目を逸らしてしまいます。
そもそも最初から大人しく私の首輪を外したうえで土下座でもなんでもすれば、魔族の軍勢をUターンさせるくらいはしてやっても良かったのです。
しかしミールラクスが派遣してきた交渉人の心を読んで、ヤツが私の首輪を外さずに、首輪の“逃走防止機能”とやらで脅しながら共和国のためにずっと働かせるつもりだと知って、もう容赦はすまいと決意しました。
私に直接睨みを効かされてはいない傍聴席でさえも静まり返った法廷で、私は悔しそうに押し黙るミールラクスを満足げに見やります。
ふむ。やっと静かになってくれましたか。
それでは、ようやく本題に入ることができますね。
『では次に……被告、ミールラクス・トリルパットの“大統領殺し”についての裁判を開廷します』
傍聴席が一気にざわめき、裁判官や検事たちが一斉に青い顔で同じ方向へ視線を向けて……そしてその視線の先で、ミールラクスが限界まで目を見開いて愕然としていました。
『被告は五年前、当時大統領であり、実の弟でもあったグラトス・トリルパットに無実の罪を被せた上で毒殺しました』
「ま、待て……何を言っている……!?」
『静粛に。発言は許可していません』
私はミールラクスをまっすぐに睨み付けながら、断固とした態度で続けます。
『それに際し、トリルパット家に仕えていた家政婦長を殺害。さらに当時防衛大臣であったシャルツェン氏をも殺害し、ゴルザス・トリルパットと共謀してその証拠をグラトス氏の書斎に仕込んだことが……当時の事件における被害者で、唯一の生き残りである少年の証言により明らかになりました』
私の言葉に、場内は今日一番のどよめきに満たされました。
ミールラクスは私が何を言っているのかわからないといった表情で呆然と固まっています。
安心してくださいな。嫌でもわからせてあげますから。
私はふつふつと湧き上がる怒りに乗せて、ミールラクスを高らかに糾弾します!!
『お前に幸せを奪われたその少年の名は……ケイリス・トリルパット!!』
私に負けず劣らず怒りの篭められたルグラスさんの声が響き渡ったのと同時、法廷の出入り扉が大きな音を立てながら勢いよく開かれました。
そこには両開きの大きな扉を左右から開け放ったネルヴィアさんとレジィ。二人の手には、縛られた数人の男が繋がれています。
そしてそんな二人に守られるようにして立つのは、まさに今 その名を呼ばれたケイリスくん。
「五年ぶりですね、伯父さん……いえ、ミールラクス・トリルパット」




