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呪われた公爵家の庭師令嬢  作者: リッカ


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1 役立たずの魔力

 この国では、貴族の子どもは十歳になると「魔力の刻印」を受ける。  

 魔法師が描く銀の紋様が皮膚に触れた瞬間、その者の魔力の種類と質が刻み込まれる。

 炎を操る者、水を動かす者、風を束ねる者――刻印の輝く色によって、その子の将来はほとんど決まってしまう。


 エリナ・ヴァルトはその日、誰よりも期待されていた。  

 ヴァルト伯爵家は三代にわたって「回復魔法」の名家として知られており、エリナの兄は王立医療院でその力を発揮している。姉は癒し系の魔力で令嬢としての評判を高め、良縁に恵まれた。当然、末娘のエリナにも同様の才が宿るはずだった。


 しかし刻印が輝いた色は、深い緑だった。


 魔法師がわずかに眉をひそめた。

 伯爵夫人が息を呑んだ。


 緑の刻印は極めて稀で、その意味するところは――


 「植物への共鳴」


 つまり、花や草木と意思を通わせる力だ。


「……これは」


 魔法師は言葉を選びながら言った。


「戦闘にも、治癒にも、直接は使えません。ただ」

「ただ?」


 伯爵が低い声で促す。


「植物をよく育てる、という才だけは本物です。庭師か農夫には向いているでしょう」


 その日から、エリナは「役立たず令嬢」と呼ばれるようになった。


 ◇ ◇ ◇


 正確に言えば、エリナの力は「役立たず」ではない。ただ、使い道が分かりにくいのだ。


 彼女が花に触れると、花は喜ぶ。 枯れかけたバラに手のひらを当てると、茎の内側を水が巡る感覚がエリナに伝わってくる。足りない栄養素が「ここが痛い」と訴えるように響いてくる。土の乾き具合が手のひらを通して分かる。だからエリナが育てた花は例外なく美しく、香りも強く、不思議なほど長く咲き続ける。

 しかし戦場では使えない。病を癒せない。精霊を召喚できない。

 花の言葉が分かる令嬢など、社交界では笑いものだった。


 十八歳になったエリナは伯爵家の使用人用の小さな温室で、今日も一人で花と話していた。


「調子はどう?」


 エリナが声をかけているのは、秋に咲くはずのないヒヤシンスだ。季節外れに咲いてしまったこの花は、どこか孤独に見えた。それがエリナには分かった。


 こんこん、と温室の扉が叩かれた。


「エリナ様!」


 侍女のマリアが息を切らして飛び込んできた。


「大変です、お父様がお呼びです!ヴォルフェン公爵家から、庭師の依頼が来たと」


 エリナは手を止めた。

 ヴォルフェン公爵。その名を聞いて、エリナは背筋を伸ばした。


 ヴォルフェン家は王国北方の大領を治める最上位の公爵家だ。しかし今や、その名は「呪われた公爵家」として社交界にひそかに囁かれている。

 先代公爵が三年前に急死し、若き当主カイル・ヴォルフェンが家を継いだ直後から、屋敷の庭の花々が次々と枯れ始めたたらしい。

 腕利きの庭師を何人雇っても、半年も経たぬうちに全員が辞表を出して去っていく。理由を問うても、誰も詳しく語らない。ただ「あの屋敷にはいられない」とだけ言い残して。

 エリナはそれを聞いたとき、花が枯れていくことよりも、庭師が逃げていくことの方が気になったのだが。


「お父様、なぜ私が?」

「ヴォルフェン家からの依頼だ。伯爵家の名を持つ者を一人、庭の管理に派遣してほしいと言ってきた。当家に庭師として使える者は……お前しかおらん」


 父は気まずそうに目を逸らした。その目が言っていた――どうせ大したことはできないのだから、いちばん惜しくない娘を出せばいい、と。

 エリナは静かに頷いた。怒りはなかった。

 ただ、枯れ続けている庭と、庭師が逃げ出したことが気になっていた。


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