表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/31

008:駄菓子屋昭建

 あれだけ俺を邪見にしていた鹿波は、無料通信アプリに自分の名が登録されたことに満足してか、無表情ではいたがどこか軽い足取りで歩き始める。


 再び始まった龍ヶ棲町観光ツアーの内容は一言で名所を告げられる呆気ないものだったが、どこになにがあるのかくらいは知れるものだった。


 予想はしていたが娯楽施設が圧倒的に少ない。電車が無ければ駅もない。龍がいるからバスも少なければ、タクシーは存在しない。


 商店街には町の人間と龍が行き交い、大人たちはそれぞれの仕事に従事し、子供たちはそこらを走り回るなりして遊んでいる。鹿波は擦れ違う全員に慕われているようだった。俺に対する横暴で全員に嫌われていないのかと思いきや、あの殺意は俺限定だったようで。笑顔とは呼べないが若干柔らかい表情で挨拶を返していた。


「都会ってさ」


「うん?」


「遊ぶとこ、いっぱいあるんでしょ?」


「まぁ、そうだな。色々あると思う」


 当然、鹿波からそんな質問を受けたので、記憶を探りながら返答する。


 とは言っても、俺が遊ぶところといえば一ヶ所しかなかったため、それと鹿波がどのような趣味をしているのかも知らないため、曖昧な返答になってしまう。


 それでも鹿波は「ふーん」と適当な反応を示す。不正解ではなかったらしい。


「ここは、あんたの想像どおりの田舎だから、遊ぶところなんてほとんどないよ。ほら、あのカラオケくらい」


「へぇ。カラオケがあるんだ」


 指差す方にはカラオケと書かれた看板を出している建造物で、外見は昭和のような造りをしている。フランチャイズ店ではないらしく、独特の空気があった。


 行ったことなど数回ほどしかないし、元から芸能人には疎いし、流行りの曲などテレビのCMで流れているもののワンフレーズしか知らない。ここでも縁遠い施設になりそうだ。


「この町で遊ぶところって言ったらあのカラオケだから、いつも部屋の競争になるんだ。朝はお年寄り。昼は主婦層。夕方からは学生や仕事帰りのおっさんとか。予約してくれないし。だから部屋なんて取れたらよっぽど幸運だったと思うしかない」


「じゃあ、部屋を取れなかったらどうするんだ?」


「子供たちは決まって、あのお店に行くよ。私も行く。どちらかといえばあのお店の方が好き。最近の曲とか知らないし」


 カラオケ屋を示していた指が動いて、向かい側の三軒横で止まる。


 その店は、俺にとっては未知の領域と称しても過言ではなかった。鹿波は迷わずにそこへと足を運ぶ。


「駄菓子屋昭建(しょうけん)。子供たちがよく集まる場所で、学校帰りでカラオケ屋に行けなかった時なんか大抵、みんなここにいる。隣の食堂は空き家だったものを改築して、買ったものを食べられるスペースになってるんだ」


 これぞ昭和。これぞレトロ。昭和には多く存在していたという、令和の世にとっては最早伝説と言っても過言ではない店舗。それが駄菓子屋だ。都心ではまず見ることがない。


 俺も雑誌くらいでしか見たことがない。


 菓子は子供も小遣いで大量に買える安価なものばかり。見たことがないプラモデルも棚の上のスペースに積載され、果てには隣の改築された食堂には鉄板が設置され、もんじゃ焼きを調理することができるという、コアな仕様。


「はい。これ」


「五百円?」


「これで買えるだけ買えば? 多く食べるのにもコツがあるから、注意して」


 鹿波は相変わらず冷たい物言いだが、瞳はやる気に満ちていた。俺に五百円玉を渡すと、自分もコインを握って堂々と入る。まだ春休みなだけあって、子供の姿が多い。小学生たちが所せましと菓子の価格の合計を暗算し、限られた小遣いでどれだけ購入できるか悪戦苦闘している。


 鹿波は子供たちにも人気を博し、アドバイスをしながら小さな籠に小さな菓子を躊躇いなく入れていく。俺もそれに倣おうと籠を手にすると、頭が龍で体が人間な、奇妙な生物の子供に無言で見上げられ、居た堪れなくなった。明らかに警戒されている。


 互いに菓子を購入するが、ビニール袋の膨らみ具合が俺よりも大きい鹿波は勝ち誇った顔で俺の袋を比較し、案内を再開する。


「あ、そうだ。遊ぶところがもうひとつあった」


 駄菓子の入ったビニール袋を提げながら本屋や文房具屋の紹介を受け、商店街の入り口に立つとルートを変更。一面に広がる田畑の横を通った。正面に向かえば俺が昨日通った正門がある。


 まだなにか店舗があるのかと思いきや、最小限の舗装をされただけの荒れた砂利道に出る。両端は雑草で満ち、途中から細くなる。


 五分ほど歩くと目的地に着いた。


 川だった。


 龍ヶ棲町の近くには渡良瀬川がある。だがこれは、あの河川と比べると規模が小さい。流れも遅いし川底も浅い。


 だが豊かで雄大で、最低限の手入れしかされておらず、自然のままがありありと残るそこは、人間と龍でごった返すあの奇妙な町とはかけ離れて自然体を保っていて、心が落ち着く。


「………ん?」


「なに?」


「あの岩、覚えてるような」


 川の対面にある五メートルほどの岩は特徴的な形状をしており、印象に残りやすい。


 十年も前のはずなのに、その岩と川だけは鮮明に覚えていた。


「そうだ。俺、ここにも来たことがあったんだ」


「あっそ」


 鹿波はさして興味のない反応を示し、入口に近い場所にあった丸い岩に飛び乗る。階段のようにへこんでいる部分があったので、そこにうまく足を乗せれば上まで移動できるのだろう。


「………なぁ」


「ぁん?」


 鹿波は俺に構わず購入した駄菓子を開封し、棒状の長細いゼリーを咥えて啜る。俺もいくつか開封して口に運んだ。


 これも覚えている。スーパーマーケットにも出回らない商品。昭建のオリジナルきなこ棒。甘く香ばしいこの味を。確かに俺は、ここでこれを食べた。一本十円だったから。


「お前は知らないだろうけど。俺、ここで誰かと遊んだんだ。女の子だ。俺と同じくらいの歳でさ。明るくて、よく笑ってた。母さんが急に帰るぞって呼びに来たから名前は聞けなかったんだ。あの子、元気にしてるかなぁ。………とにかく、可愛かったのは覚えてるんだ」


「ふざけんな………じゃあ今は不細工だってのかよ………」


「え、なんか言ったか?」


「なんでもない」


 俺にとっては独り言のつもりで独白したのだけど、鹿波の小さい声に聞き返してしまう。不機嫌な彼女は大量のゼリーを口に運んでいる最中だった。


 しばらく無言なままで駄菓子を食べた。


 食べながら、あの時の、とにかく楽しかった時代を余情する。面影どころか、十年前の風景がそのまま残っていたので感動を覚えた。


 記憶のなかにいる少女と裸足になり、浅いところで水をかけ合って笑ったり。今の俺とは比べものにならないほどの幸福な時間を過ごしていた。戻れるものなら………戻りたいとも思う。


 が、希望がないわけではない。まだ引っ越しておらず、この町にいるならば。同年代ならば学校にいるかもしれない。明日から高校生生活が始まるので、それだけが唯一の楽しみとなる。


「なぁ。その女の子が………だけど」


「うん?」


「再会できたとして。その女の子が、あんたのイメージとかけ離れたもの………ううん。全部が妄想だったとしたら………どうするの?」


「どうするって………なんだよ。なにが聞きたいんだよ」


「………なんでもない。忘れろ」


 鹿波は仏頂面のまま、今度はスナック菓子を咀嚼し、俺が見ていた浅瀬をずっと見ていた。


本日はまだまだ更新します!


昭和の駄菓子屋は、現代においての浪漫だと考えています。作者の趣味です。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ