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023:輝けば光るものさ

「怪我は!?」


 頭部を砕かれて、一瞬動きを止めた黒いテルテル坊主に釘バットでとどめを刺す鹿波が叫ぶ。


「ない………あれ? 最初のは?」


「もう倒した。ねぇ、本当に怪我はないの? 体調は? 痛いところとか、吐き気とか………」


「だ、大丈夫。無いよ。………助かった。ありがとう」


 完全に停止し消滅した化物を確認した鹿波は、釘バットを放り投げて、床に伏せる俺を起こすと剥き出しの四肢を調べる。


 ささくれだらけの畳にスライディングすれば擦り傷は免れないが、特に目立った怪我はない。


 けど、驚くべきことは他にある。鹿波の変わり様だ。


 初日から一貫して継続する険悪な態度がすべて消去され、毒気が抜かれたような………つまるところ、無理をして纏っていた偽りの自分を取り払い、本来の姿に戻ったという印象を持つ。


 それをどう尋ねようとした矢先、鹿波はハッと息を呑み、合わせていた視線を離すべく立ち上がる。


「どういうつもり?」


 あの献身的で心配が尽きない少女の姿が嘘だったかのように消えた。


 また鋭い目付きに戻り、俺を睥睨する。


「こっちは真面目にやってんだよ。それがさっきのはなに? やる気ないわけ?」


「………それは」


 別に、活力がないわけではない。


 だが、活力があるわけでもない。


 それらをどう伝えるか迷うと、鹿波は冷たい視線のまま続ける。


「やる気がないならやめたら? はっきり言って迷惑だから。お婆ちゃんはあんたが私の力になるかもって言ってたけど、戦力外の阿呆を守ってたんじゃ命がいくつあっても足りないし。期待してたわけじゃないけどさ、この程度のこともできないような奴がいると不愉快なんだよ」


「俺は………」


「ハッ。所詮、東京で家族とぬくぬくやってた奴じゃ務まらないよ。もうやめれば? 神器も返して、東京に帰れよ。………東京にパパとママが待ってるんだろ? 家族の役に立てばいい。それで十分でしょ」


「ッ───!!」



 ───真里香のためにもなれた。兄として役に立ったんだ。それがお前の誇りだ。それで十分じゃないか。な?



 鹿波の発言と、父が放った残忍な言葉が重なって、腹の底でなにかが蠢く。


 怒り、憎しみ───そんな感情が胸からこみ上げるようだ。


 勢いよく立ち上がり、鹿波を睨む。「な、なんだよ」と多少怯むも、俺の反論は出ることがなかった。


 俺はその施設から飛び出していた。


 こみ上げる怒り、悲しみ、絶望を感情任せに鹿波に八つ当たり同然にぶつけることは簡単だ。できるなら、そうしていたかもしれない。


 しかしこみ上げたのは怒りなどの負の感情だけではなかった。


 腹のなかに得体の知れないなにかが蠢いて内臓を捻じり上げる不快感を覚え、ゾッとした。怒りをぶつけるよりも早く、この反応を消すことを優先した。


 石灯篭群を突破し、神社さえも飛び出し、町の方へ。


 まるで、追放前日と同じだ。無力な俺ではどうすることもできず、絶対に差し伸べられるはずがない救いの手を求めて外に飛び出した末、夜になるまで走り続けた。


 逃げ出したかった。もう、俺にはどうすることもできないから。


 やっぱりダメだった。祖母の期待に応えられなかった。


 行く宛てはないが、我武者羅に走り続けた。






   --------------






「なんなんだよ。あいつ………あー、くそっ」


 ひとり残された鹿波は、言いたいことをすべて打ち明けられて、スッキリするはずだった。


 が、現実はそうともいかなかった。


 辰がそうであるように、実は鹿波にとっても、パートナーになるべき候補との接し方に悩み、試行錯誤し、心配したと打ち明けた途端に冷静になってしまい、本来かけるべき言葉を失った。


 そう。鹿波がこうして煩悶するように、辰に向かってあそこまで言うのは彼女の計画にはなかったのだ。


 いつ計画が狂い出したのか。辰が逃げずに立ち向かったから? 違う。自分にはできない迎撃を見出したから? 違う。想像とは違い、二体目を迎撃する男の顔をしたから? 少し、違う気がするがそれがすべてではない。


 本当は別の言葉をかけるつもりだった。あの大鎌の黒いテルテル坊主を叩き潰したあとで、質問に答えつつ、辰の様子を見てから、それから───


「………なんだよこれ。調子狂うなぁ」


 釘バットを拾いながら、空いた片手で前髪を握る。元々鹿波は人付き合いがうまい方ではない。周囲が好意を向けてくれるから成り立っていた。


 元はといえば自分こそ部外者で、血筋の辰が戻ればどうなるのかくらい理解していた。それについては答えは出ている。だがどうしても素直に言葉にできない。


「あいつも、あいつだ。言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに」


「それができるなら、お互い苦労はしないってもんさ」


「お婆ちゃん………あ、ごめん。見てたんだ」


「まぁね」


 施設に杖を突きながら入場した神音に、鹿波はやるせなさそうな表情をして俯いた。


「お前が悪いわけじゃない。言っただろう? 悪いのは………私と、時期さ。でもね、それがすべてというわけではない。辰もお前に対し遠慮した。仕方ないことではあるが、仲間としては不適切だろう。そしてお前は………そうだなぁ。辰のことを、あまり知らないから、こんなことになってしまったんだね」


「東京に住んでて、でもある事件があって、住んでいられなくなった。ってお婆ちゃんは言ったよね」


「ああ。………辰はね、可哀想な子なんだよ。幸せな家庭だったはずが、壊れてしまった。ビリヤードの大会………ええと、なんて言ったかは忘れたが、奴の両親は娘を優先する傾向にあったのさ。その影響で、辰は日本で優勝しても評価は受けられなかった。それどころか栄光を娘に掴ませるための足掛かりにもされてね。お前は妹のための搾取要員として役に立てばいいとまで言われて………」


「ッ───お婆ちゃん。ごめん。ちょっと出かける」


「………そうかい。気を付けるんだよ」


「うん」


 鹿波は神音の横を通り、石灯篭群を抜ける。


 その表情には焦りが滲んでいた。


「………誠、御し難いな。あの年の頃の人間というものは」


 施設の天井に寝そべっていた大間が、溜息混じりで呟いた。


「それが人間というものだからね。特にあの歳は複雑なのさ。子供でもなければ大人でもない。不安定な時期さ。どちらも達観しているとも言い難い。が、そんな不安定な心でも輝けば光るものさ。私もかつては………光っていただろう?」


「無論。赤子の頃からお前は光って見えたさ」


 昭和の時代を思い出す大間は、渡良瀬家の長女として誕生したばかりの神音の姿を瞼に浮かべる。


「だからこそ………大間。頼まれてくれるね?」


「やれやれ………まだ輝きもせず、一方は排気ガスのすえた匂いが抜けぬ小僧を気にかけなければならぬとは。当代の当主は龍の使いが荒い」


「龍使だからね」


「誰がうまいことを言えと言った? ったく………」


 愛する人間の女の頼みとあらば、従わねばならない。大間はゆっくりと長い体を風に乗せて飛翔し、龍ヶ棲町の夜空に一筋の白い光となって流れた。

ツンデレなのか、ツンギレなのか。


これがヒロインのひとりだってんだから、なかなか扱いにくい。もっと素直になれたら可愛いのにね。


次回はまた辰に戻ります。どこほっつき歩いてるんだか。


次回の更新は夜になります!

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