021:地下のビリヤード場
一階と二階の境を移動する大間に呼ばれて、下に降りると里子が待っていた。
夕食まであと一時間はあるはずだ。抜け出しても大丈夫なのだろうか。
「坊ちゃん。こちらですよ」
「あの。祖母はなんて?」
「見ればわかります。長く封印していたものなのですが、入用だろうと」
「え?」
入用とは、いったいなにか。
里子に先導されて向かったのは書斎ではない。書斎に通じる廊下をさらに曲がって、地下に続く階段を降りた。
時代ものの電灯が階段を照らす。地下一階にあったのはひとつの扉。
木製のそれを開くと、俺にとっては馴染み深く、そして複雑な心境にさせるものが設置されていた。
「来たか。辰。これをお前にやろうと思ってね」
「な、なんで………」
「最初のお勤めを達成させたと報告を聞いた時から計画していたのさ。だが、この部屋は長く封印していてね。開ければ案の定酷いものだったさ。里子にも苦労をかけたね。一週間がかりで掃除をしてくれた。丁度、修理できる技師が町にいるし、素材は取り寄せた。………やはりお前は、私たちの孫だよ。私もかつて、これをやった。お前の祖父さんがうまくてね。私は一度も勝てなかった」
祖母はテーブルに手を置いて笑顔を浮かべた。
広い部屋の中央にあったのはビリヤード台だ。
壁のラックにはキューがかけられ、ボール一式とチョークまで揃えている。
だが───
「俺は」
「わかっている。わかっているさ。お前は、ビリヤードをやめたのだったね。知っている。あんなことがあればね」
祖母は龍に力を借りて、俺の悲劇を読んだ。ゆえに隅々まで知っている。
残酷なプレゼントに、手が震えるも、祖母は歩み寄るとそっと手を重ねた。
「辰。お前は神器を手にした。神器とは、所有者の経験を糧に、最適な形状へと変化する。お前の場合はビリヤード。お前は中学生になってからビリヤード部に入り、好成績を収めた。ゆえに堕ちた存在を祓う武器として顕現した」
「………デタラメな理屈だよ。ビリヤードでだなんて」
「そうかな? いや、デタラメだとしても威力は凄まじかっただろう。神器を介して放つショットは、通常のそれとは比べものにならなかったはずだ」
確かにそうだ。トップスピンをかけるフォローショット。空中で放ったそれはいつまでも落下することなく、クッションをおいても加速を続け、あの黒いテルテル坊主を背後から強襲。頭部を破砕した。
なにもがもが非現実的で、非化学で、理屈では証明することが不可能な事象の連続。
「辰。ここには、お前のそれを阻む者はいないよ?」
「でも………」
「ビリヤードを嫌いになったかい? いや、そうではないはずだ。お前が嫌になったのはそれを取り巻く環境だ。自暴自棄になったのも頷ける。しかしだね、この競技自体に対する憧れは消えていないはずだ」
「………」
核心を突かれた。そんな気がした。
実際、そうだ。
俺はこの空間にいて、東京で体験した耐え難い拒否反応が出ていない。二度と握るものかと誓ったはずが、壁にかけてあるキューを見た途端、握ってみたいと思い始めていた。
が、体が思うように動いてはくれなかった。
今すぐにでも手球に触れたい。キューを構えて球を撞く。軌道を計算し打点を変えながら、強弱も付けて効率よくポケットに入れる。特別パワーは必要ない。求められるのは正確なコントロール。そのために撫でるほどの力でショットしてもいい。計算どおりにポケットに入った瞬間の感動と快感は忘れられない。
体が動かずとも、あの時の快感だけが頭のなかを駆け巡る。去年の大会の予選でパーフェクトでゲームを制した時の歓声が甦る。あれで着目され脚光を浴びた。
「………いいさ。ここの鍵は預けておく。外からも内からも締められる。旦那も暇を見つけては、よくここでプレイしてたもんさ。お前も気が向いたらでいい。遊んでやっておくれよ」
これが俺に遺された遺品というわけか。
触れたいのに触れられない俺に、祖母が優しく語り、去る。
俺は十分ほどビリヤード台を見つめていたが、結局は触ることなくその場を去った。
だが、少しでも触れておけばよかったと後悔するのは意外と早かった。たった一時間後だった。
夕飯のために食堂に行く。その頃には鹿波も帰宅していて、三人揃って食卓を囲む。
その時だ。お椀に注がれた清水を舌で舐めていた大間が顔を上げる。
「───来るぞ」
「チッ。こんな時に!」
大間が告げると、鹿波は味噌汁を白米にぶっかけて勢いよく啜る。俺もそうした。直感で、真似をするべきだと考えて味噌味の白米を流し込む。
大間と祖母、鹿波が感じたものを俺も感じることができた。
なにもかもが急だった。背中に氷を入れられた時のような悪寒が走る。方向は以前と同じく神社裏。
休日なこともあり、鹿波はいつもどおりの戦闘服兼私服の制服を着用していたのでそのまま飛び出す。不幸にも俺はTシャツと短パンというラフな服装。しかし着替えてなどいられない。薄着のまま鹿波に続く。
「行ってきます!」
「ああ。気を付けるんだよ」
「ご武運を。鹿波ちゃん。坊ちゃん」
祖母は双眸を細めて俺たちを送り出す。里子たちは頭を下げて見送った。
食堂から飛び出した鹿波はフルスロットルで疾走する。辛うじて数秒遅れで背中を追った。
だが玄関を出た直後だった。ふと、雑念が頭をよぎる。
俺はついこの前に来た新参者。普通なら渡良瀬の責務に関わるべきではない厄介な存在。そして鹿波にとっては邪魔者でしかない。
直感に従って飛び出したまではいいが、勢いに任せて戦闘に参加する義務が、どこにあるのだろう。と。
保護してくれた祖母への恩義?
渡良瀬家の宿命?
龍に携わり始めたから?
それとも───
「おいなにやってんだ! 置いていくぞ!」
男勝りな口調で怒鳴る鹿波。確かに差が生じていた。
「わかってる。………行くよ」
なぜ戦うのか。理由がない俺が参戦していいのか。考えれば考えるだけ回答が見いだせないループに陥りながらも、鹿波が突入した神社の奥へと進み、石灯篭群地帯に入る。
前回は斜め右に緑色の炎がひとつ。今回も右斜めではあるが、中央寄りの場所にひとつあった。
「また人間かよ。クソッ」
なんとか追いついた直後に鹿波の舌打ちが聞こえる。
彼女の憤りが自分に向けられているようでならない。当然だ。俺は彼女の役目と場所を奪おうとしている元凶なのだから。
中央の施設に突入する。するとひとりでに扉が閉まる。薄暗い空間の中央に、ポツンと黒いなにかが佇んでいた。
「もうお出ましか。………おい。今回はあんたの試験じゃないから下がってていい。私がやる。ただし、自分の身は自分で守るんだね」
「………」
「聞いてるのかよ!?」
「聞いてる。俺が援護すればいいんだろ」
「………できるもんならやってみな」
俺がこんな態度だから、鹿波もさらに憤りを増してしまう。
わかってる。全部俺が原因だ。やはり、俺が関わるとすべてがろくなことにならないんだ。
鹿波が襟から釘バットを抜く。俺はポケットに収納していた神器を握った。すり鉢状の小さい棒だったが、強く握るとキューへと変形する。
一方で黒いテルテル坊主は、触手を伸ばすも鞭のようにしならせず、集結させると巨大な鎌へと変形させた。
ついにギスり始めてしまいました。こうなってしまうと読んでいて気持ちのいいものではないと理解しております。
でも、仕方ないことなんです。
鹿波は自分が数年かけて積み上げてきたキャリアを一瞬で辰に奪われそうになっています。神音に恩義を感じているからこそ跡継ぎ候補になって助けていましたが、辰が来てから場所さえも奪われるのではないか………と不安になるのは仕方ない………の、かな?
一報で辰は、非現実的な世界に放り込まれたら命懸けの戦いに参加しなくてはならないという縛りを設けられます。
もしこれが異世界転生ものだったら、辰は転生後にありがちなチート能力を与えられずに戦いに挑まされていることになります。理不尽やで………
でもいつか、和解できる時が来ると思います。
鹿波は可愛い女の子です。今はまだアレなだけです! きっと、いつかデレる時が来るんじゃないかな!
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