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019:黙れ小僧ッ!!

 櫻子というあの女の宿命は、渡良瀬の宿命に類似するのだろうか。


 当主たる祖母、付き従う大間も軽率な発言を封じたように見えた。


「辰よ」


「うん?」


「もし櫻子様に会うようであれば、親しく接して差し上げて欲しい。あの方は龍ヶ棲町の、いや渡良瀬川の英雄だ。私も過去、道を誤りそうになった時に親身にしていただいた。お前にとっても掛け替えのないひととなるだろう」


「そんなすごいひとなんだな。でも俺なんかじゃ萎縮しちまいそうだよ」


「それでもいい。私にも打ち明けられぬ悩みがあるなら、あの方を頼ればいい。………おっと。長話が過ぎたね。そろそろ戻らねば午後の仕事に間に合わん。帰ろうか」


 しばらくふたりで墓前でしゃがんで合掌していたため、足に負担をかけた。俺はゆっくりと立ち上がるも祖母はそうもいかず、丸まった体を自力で解いた大間が背を差し出したので、遠慮なく座る。


「櫻子様はね、哀しいお方なんだよ」


「哀しいお方?」


「そう。父親が龍で、母親が人間だった。人間を学んだ龍が加減を知ったから子を成せた。しかし、異種族であるから哀しいわけではない。人龍は人間よりも長寿で、二百歳となろうがあの外見。母親を看取った経緯もあったが、櫻子様は母親の死を乗り越えられた」


「父親が龍で、まだ存命だから?」


 大間が良い例だ。長い歴史を知っている。戦国の世をその目で見たから事実を語れる。ゆえに龍族の父親はまだ生きているのだろうと考えた。


 が、祖母は首を横に振った。


「櫻子様のお父上は、すでに逝去なさっている。それもお母上と同じ時期に」


「龍族が!?」


「………まあ、その原因は追々話すさ。お前も無関係ではいられなくなるのだからね」


 足の疲れがまだ残っている祖母は、そのまま大間の背に乗りながら移動する。荷物をまとめた俺はバッグを提げて大間と並ぶ。


「最後に、これまで教えていなかったことを伝えよう」


「なに?」


「鹿波のことさ」


「ああ………」


 そういえば、確かに聞いていなかったなと呑気に考えた。


 確かにここは俺の祖母が住む町。けど生まれ育った故郷ではない。訪れたのも一度きり。記憶だって薄れていた。


 そんな祖母の屋敷にいる鹿波は、どう見ても俺の親戚ではないが、これまで祖母の家になんら愛着というものが無かった俺には、鹿波という居候がそこまで気になる存在でもなかった。不思議ではあったが。


「いつからいたの?」


「丁度、お前が初めてここに来る前の月かね」


「十年前の七月か」


 俺が初めて龍ヶ棲町を訪れたのが八月の夏休みを利用したからだ。


 確か、母が尋常でなく緊張した面持ちをしていたことを覚えている。車内には俺とふたりきりで、父は仕事だったから来れなかった………だったと思う。


 軽自動車は軽快に関越道を走り、インターチェンジを降りてからも国道を北上する。いつも優しい母は助手席に座っている俺にいつも笑いながら言った。「着いたら、ちゃんとお祖母ちゃんに挨拶するのよ?」とか「いつも笑顔でいること。ね?」とか。


 普段ならそこまで気にすることはないが、ラジオ放送を聞きながらハンドルを握る母が毎十分経過する度に何度も確認するので、幼いながら違和感を覚えた。


「鹿波に両親はおらん」


「え?」


「ひとりで彷徨い、霧を突破して龍ヶ棲町に到着したのだ。何日も飲まず食わずで、酷く衰弱していてね。最初はネグレクトを疑ったが、保護して目を覚ました鹿波になにを聞いても親はいないとしか喋らない。その後は毎晩のように泣いて───おっと、これはお前にとってはきつい話だったね。すまない」


「いや、いいけど………」


 夜泣きと聞いて、いい思い出など浮かばない。俺にとっては最大の悲劇の始まりだった。


 すべてを知っている祖母は、トラウマで俺が震える前に話を進めた。


「まともに会話ができるようになるまで数ヶ月を要した。それから龍に馴染んできた辺りで、どこから来たのか聞いてみた。しかし目ぼしいなにも情報は聞き出せなかったよ」


「記憶喪失なのか?」


「いや、そうとも呼べぬが………半分ほど、そうなのだろうね。自分の名前や両親とも思い出は語れた。だが出身地や、それまでの経緯は思い出せないようでね。行く宛てがない五歳児を放置するわけにもいかぬし、ここに置いたのさ」


「九九利は………龍使なのか?」


「正確に言えば、そうではない。龍使とは龍と契りを交わした者のことを言うと、先程も言ったね。私は大間と契りを交わしたから龍使となれたのさ」


「龍使になれなくても、あんなに強いんだな」


「それは、あの子の努力だね。この町に馴染んだ頃、私のことを家族と思ってくれるようになった。恩返しだとも言っている。私の代わりに戦うことを決意してくれたんだよ」


 龍使とならなくても、悪魔みたいな化物と対等に渡り合う実力はチート的要素ではなく、努力で掴んだということか。


 徹底して、俺とは違う。


「俺、嫌われるようなことしたかな? ………風呂の件は謝ったんだけど」


「小僧。そればかりは自分で知ることだ。神音の口から語るには酷というもの」


 ギロリ───と大間が睨む。


 だが初見で受けた威嚇ではない。祖母の辛苦を汲み、かつ俺を憐れむような視線だ。


「構わん。いいんだよ大間。これは私にも責任がある。あの子を(はや)らせてしまった。辰へ向けられる怒りは、本来なら私に向けられるものだからね」


「しかし神音」


「悪いのは………時期だ。邦子たちばかり責めていても仕方あるまい」


 時期───タイミングという意味か?


「どういうこと?」


「黙れ小僧ッ!!」


「よしな大間。これもいずれ、いや近日中に知ることだ。それが今、この時だった。それだけのこと」


 ついに牙を剥く大間を、祖母は口調は穏やかではあるが力技で口を閉ざした。


「鹿波もまた、次期当主の後継者候補だ」


「え? ………それって」


「まぁ、お前が渡良瀬家に入った時点で、お前もそうなる。だが鹿波は何年も前から備えていた。戦うための技術を血が滲むような努力で手にした。お勤めに出られるようになったのは去年からだったが、圧巻たるデビューだったよ」


「………まさか」


「辰。そう自分を悪く思わないでおくれ。すべては私の責だ」


「でも」


「いいんだ。お前はなにも、悪くない」


 悪くないと言われても、罪悪感はこみ上げる。


 俺はなにも知らずにここに来た。そう、なにも知らずに。


 町の仕組み。人間と龍の歴史。当主と龍使。


 そして───鹿波の人生を。努力を。功績を。


 俺は追放されて龍ヶ棲町に訪れた。ここしか身を寄せられる場所がなかった。


 だが裏を返せば、それは鹿波のこれまでの努力と功績と、それを得るために犠牲にした人生をすべて無駄にしかねない行為だった。


 俺はなにも知らずに渡良瀬家に入った。なにも功績など得ずに。鹿波の納得できる理由も得ずに。呑気に居座って、食べて、学んで、寝て、呼吸をして───鹿波の逆鱗に触れているとも知らずに。


 俺がここにいても良い理由として神器を得て、あの化物と戦って、そうすることで町に必要とされるひとりになったまではいい。


 だがそれを鹿波がいつまでも快く思うはずがない。むしろ………あのお勤めの日、俺が殺されないかなと、考えていてもおかしくはなかった。


 もし俺が逆の立場だったとしても、そいつのことを邪魔としか思えなかった。


お前に神音が救える………ケフン。


大間(おおま)CV:美輪〇宏さん ←違います


ち、違いますよ? モ○じゃないですよ?


いやぁ。こう連続で更新すると気持ちがいいものですね。そろそろストックが無くなるのでペースが落ちる頃なのですが、できる限り一日一話は更新します。あ、まだ数日は複数回の更新が可能です。


ブクマしていただきありがとうございます!

もっとブクマや⭐︎をぶち込んでいただけるよう、頑張ります!

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