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014:オープニングブレイクショット

 確か、縁側で茶を啜る祖母は言った。


 お前の経験が糧になると。


 でも、だからってこれはないだろ。


 なんの因果があって、俺はまたキュー(これ)を握らなければならないんだ。


 捨てたはずだ。思い出とともに。俺はもう二度とこれを握ることはない。


 思い出してしまうからだ。楽しかった、嬉しかった、面白かった。そんな記憶なら捨てるはずがないが、それをも上回る嫌悪すべきあの事件を。


「おい! 前見ろ!」


 鹿波が叫ぶ。咄嗟に横に転がっていなければ、粉々にされた神棚と運命を共にしていた。


「くそ………なんでこんなものが………おい九九利! これはいったい、どういうことだ!? なんでこんなものが出てくるんだよ!?」


「そんなの知るか。それは神器は所有者の経験を糧として生まれるんだから。あんたの経験………いや、記憶の再現って言えばいいのかな。それに基づいたものなんだろうさ」


「だからって………普通、こういうのって剣とか刀とかじゃないのかよ!?」


「だから、知るかっての。あんたが剣道とかやってたら話は別なんだろうけどさ。あ、でも剣道って竹刀だからそんな切れ味良さそうなものも出ないのか。まぁ、あんたの事情なんか関係ない。それを握った時点で運命が回り出した。無力だった奴が力を得た。ここからが始まり。私の邪魔になるか、ならないか」


 前後左右とステップしながら回避に専念しつつ、不満をぶちまけるも、今度こそ鹿波は参戦せず、先程とは逆の構図が描かれた。


 回避に没頭しているなかで焦りつつも、驚いたことがひとつ。


 両手で握るキューがどうしても回避の阻害となり、垂直に握るしかないのだが、連続する鞭の攻撃で何回か掠ってしまった。ところが、畳さえ木っ端微塵にする音速の打撃を掠めても、キューは細かな振動をするだけで傷らしいものは見当たらない。


 確か、鹿波は神器と言っていたな。予想どおり特別なものだという証左(しょうさ)だ。


 目はすでに暗闇に慣れている。五本なら成す鞭も目で捉えた。体術の基本すらないので回避が無様だが、次第に黒いテルテル坊主への恐怖が薄れ、代わりに苛立ちが少々と、攻勢に移るべきだと思考が回答を検出した。


 左手で掴んでいたシャフトを離し、右手でグリップを強く握る。


 フリーとなった左手は宙を泳ぐも、手の平に光が集まった。手が発光しているのではない。周囲からなにかを集めている。そして光を掴む。五指をゆっくり開くと、触り慣れた感触があった。


 五十七ミリの白球。一ヶ所だけ打たれた赤いマーカー。撞球(キューボール)だ。


 撞球を手放す。床に落ちることなく眼前で浮遊した。俺の意思どおりに動いてくれる。


「ああ………そうかよ。ビリヤードで倒せってか? イカれてるな」


 悪魔的存在をビリヤードで退治する。世界中の書籍を読み漁ったとしても、こんなファンタジーかつシュールな戦闘方法は見つからない。


 だが俺にできるのはこれしかない。


 ほぼ一年触っていなかったが、手が覚えている。


 撞球を作り出した左手をシャフトに添えた。瞬時に指が絡んで、いつものフォームを完成させる。


 回避しつつ、破壊された神棚のある方へと戻った。いつまで経っても倒せない俺へ、黒いテルテル坊主は激怒したのか攻撃をより激しくさせるが、最初に比べれば粗が目立つ。最小限の動きで躱せるようになった。


「九九利ッ!」


「なんだよ」


「そこ、動くなよ?」


「はぁ?」


「いいから」


 鹿波は先程まで俺が立っていた場所にいた。それでいい。もしこの部屋の壁や戸の近くにいたら計算が面倒だった。


 黒いテルテル坊主がすべての触手を戻す。一気に決めるつもりだ。大振りとなった今がチャンス。


 集中───この一瞬でいい。


 封鎖された空間が長方形で良かった。入口と奥が短レール。戸のすべてを長レールに見立てる。


 跳躍(クッション)は───三回。


 いつものテーブルではないため、空中に左手を固定。普通ならそんなことをすれば撞点がブレるが、短く吸った息を止めて強引に腕のわずかな動きを殺す。


 ピタリと撞球にキューのタップが添えられる。


 右腕を引く。力を抜きつつ、肩と肘を固定。肘から手までの動作でショットするのが基本となる。


 周りの音が聞こえなくなる。


 障子越しに揺らめく火勢に照らされた黒いテルテル坊主が、大きく吼えた。


 同時に右腕が加速した。全体重を乗せたパワープレイ───ブレイク。オープニングブレイクショット。


 敵の鞭が加速する。しかし───




「ヅァアッ!!」




 ───それよりも早く、撞球が加速した。


 今までにない打撃の手応え。ズシンと体幹にまで響く。


 狙いは撞点よりも上。


 トップスピンを施すフォローショット。


 ビリヤードはナンバーが割り振られた的球が存在する。オブジェクトボールと呼称されるそれをポケットに入れることで勝敗を競う。フォローショットとは撞球がオブジェクトボールにヒットした際、トップスピンによって運動エネルギーを損なうことなく共に前進するショットのことを言う。


 ただし約三メートルほどのビリヤード台でトップスピンをかけるにしても、効果を発揮したとてゆっくりとした速度の前進しかできない。思い切り前進させるにしても速度と距離など知れたもの。距離を得ようと撞点よりも高く撞いたところで、最悪失敗するかもしれないリスクもある。


 しかしこのキューと撞球から成すブレイクショットはどうだろう。


 まず左の前の戸に直撃。その後入口に直撃し屈折。


 形容し難い速度だった。自分で放ったブレイクにしても、こんな速度を出せたことなど一度もない。それでいて障害物に当てたにしてはまったく速度の衰えをしていない。


 撞球は雷を帯びて青白い閃光を散らし、戸に直撃する度にドガンと落雷に似た轟音を響かせる。


 そう。まさに雷撃だ。オープニングブレイクショットなど生温い。ライフルから放たれた銃弾のごとく加速する。目で追うのがやっとだ。


 その後、触手がやっと動き出す。その頃には撞球が右の前の戸に直撃して屈折。まだ止まらなければ、加速し続ける。


 最後───計算どおり三度目の屈折を右の前の戸で果たした撞球は、斜め方向という、俺を敵として認識し、直視している黒いテルテル坊主からすれば予想外となる背後から強襲した。


 高等技術、世界一周。


 あえて初手から直撃させなかった理由は自分でもわからない。


 しかし結果を見れば明らかだ。初手から直撃させてはこうならなかった。あえて三度のクッションを置いて、謎の現象で減速するどころか推進力を得た撞球が、鞭を振るう前に黒いテルテル坊主の頭部を()()した。


 これは形状だけはビリヤードの姿を模した、ビリヤードではないなにかだ。


 例えるなら、戦闘に特化したような。


 クッションを得る度に加速した撞球で頭部を失った黒いテルテル坊主は「キィィィイ」と鳴いて、その場に倒れる。触手が最後の足掻きとばかりに悶えたが、数秒後には力尽きたようで、ボロボロになった畳の上で胴体とともに消滅した。



「………嘘、でしょ」



 鹿波は呆然としていた。まさか、俺が数秒であれを倒すとは想像もしていなかったらしい。


 俺だってそうだ。捨てたはずのビリヤードが、超常的現象を帯びて俺の手に戻り、龍とはまた異なる非現実的な悪魔を倒してしまうだなんてと、戻ってきた撞球を左手で掴んでいつまでも眺めていた。


いつも手に取っていただき、ありがとうございます!


というわけでね。辰がやっと力を手にしました。


ファンタジー要素では、あまり着目されない部分、というよりも競技にスポットライトを当ててみました。


なぜか?


そんなの決まってます。私が捻くれたものが大好きだからです! ええ、もう「キメェ」なんて褒め言葉ですとも!


私は学生時代、ビリヤードによく通っていました。安いところがあったんですねぇこれが。今はもうないのですが。確か学生料金で3時間1000円で撞き放題なお店がありました。今は自遊空間がそんなシステムだったような?


ですが自遊空間ってそこまで優れたキューがあるはずがないと。必ずシャフトが曲がっていたりとね。ガチものを揃えているわけではありません。でもそのお店は必ず真っ直ぐなキューを揃えていたので、本当に素晴らしかったのです。


そんなわけで、辰の経験よりも作者の経験で、メイン装備をビリヤードにしてみました。


これで超更新は終了となります。続きはまた朝………あるいはお昼休みにて!

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