殴ったの?
「行くよ、ヒマリ」
話を終え、肩で息をしているヒマリに声を掛け、まだ動けずに固まったままの民衆の間をすり抜けて処刑台へと向かう。
ゆっくりと歩みを進める私達に、民衆から様々な視線が向けられる。
戸惑いや恐れ。
そして帰って来た聖女へと縋るようなものまで。
前者は主に私に。後者は主にヒマリへと向けられている。
まぁ、この反応も予想していた通りだ。
この国で慕われていたヒマリならともかく、私のことなんて誰も知らないだろうし、訳も分からないうちに動きを封じられたんだもんね。
もっとも、動けないのが私の仕業だとすら気が付いてないかもしれないけど。
「クラリス様っ!!」
処刑台の近くへと辿り着くと、クラリスの姿がはっきりと見えて来た。
遠目でも酷い扱いを受けていたであろうことはわかっていたけど、近くで見ると思っていた以上に酷い。
顔には痣や血のこびりついた後があり、暴力を振るわれていたのが伺える。
「あんた、クラリスのこと殴ったの?」
喚き散らしていたままの無様な体勢で固まっているルシウスの横を通り過ぎる時に私がボソッと訊ねると、ルシウスが視線を泳がせる。
あぁ、もしかしたらと思って鎌を掛けただけだったんだけど、本当に殴ったのかこいつ。
その分も後できっちりとお返ししてあげないとね?
まぁ、今はまだいい。
こんな奴よりも、まずはクラリスだ。
既に隊員達の手で拘束が解かれていたクラリスは、駆け寄ったヒマリの手で治癒が施されている最中だった。
ヒマリも治癒は出来るって以前に言ってたけど、魔法は使えないはずだからこれも聖女の能力なんだろうね。
クラリスの全身が、美しい金色の光に包まれてる。
以前に見た治癒魔法も光っていたけど、あの時は白くぼんやりとした光だったから違いがよくわかる。
なんて言うんだろう。
神々しくもあるんだけど、どこか優しく包み込んでくれるような。
そんな感じがする。
って、ぼんやり見てる場合じゃないね。
とりあえずはクラリスだけは私の能力を解除してあげないと話も出来ない。
『解除』
クラリスの前まで行って、ただ一言だけ呟く。
実は、これだけで解除出来るんだよね。
普段はその場の雰囲気とかもあるから細く言ったりもするけど。
「クラリス嬢、もう話せるし動けると思いますがどうですか?」
「……え?……あ、話せます……」
私とヒマリの間で戸惑うように視線をさ迷わせていたクラリスが、呆然としながら声を出す。
「改めてご挨拶致します。
私はイシュレア王国王室近衛騎士団特別部隊長のサキ・ヤマムラと言います。
ヒマリに頼まれて、貴女を助けに来ました」
「ヒマリが……?」
ヒマリは治癒に集中しているのか言葉では何も言わなかったけど、私の言葉に同意するように首をこくこくと縦に振っている。
「隊長、教皇以下の捕縛が完了致しました」
ヒギンスに声を掛けられ振り向くと、教皇にルシウス、それに教皇の側近と思しき一団が縄で縛られて転がされている。
「じゃあ、どっか適当な部屋に教皇とルシウスを一緒に入れておいて。
他の連中も、纏めてどこかに閉じ込めておいてくれる?」
「かしこまりました」
「さて、クラリス嬢」
ヒギンスに指示を伝えて、改めてクラリスに向き直る。
「お疲れだとは思いますが、もう少しだけ頑張ってもらってもいいですか?
是非とも貴女方のお力を借りたいことがあるんです」
「?はい、わたくしに出来ることでしたら……」
そう答えてくれるクラリスに、私は気持ちだけは笑顔を向けた。
まぁ、もちろん実際には無表情だけどね。




