9話 二週間経っても終わらない初夜
セシールがユークリッドと婚姻を結んでから二週間が経った、ある日のことだった。
エルピスに数日滞在しているセシールは、村長宅の執務室で補佐役からの報告を聞いていた。
「セシール様。村の外で、何やら「セシール様に会わせてくれ」と訴えている者達がいるようでして……」
「わたしに?」
「はい。何でも、「ボードウィン王国から逃げて来て、この村にセシール様がいるらしいから、ここへ来た」とのことです」
「ボードウィン王国から逃げて来た?」
「理由は分かりません。ですが、千人近い人数が押し寄せている状態です」
一も二もなく、セシールはすぐに席を立った。
「分かりました。まずは、その方達の話を聞きましょう」
兵士に足止めを食らっている集団を見てあれかと判断し、セシールは駆け寄る。
「おぉっ、セシール様じゃ!」
「少し見ない間にお美しくなられて……!」
「セシール様ー!」
彼らの顔ぶれは、セシールにも見覚えがあった。
ボードウィン王国にいた頃、各地の村を見て回っていた時に覚えた顔だ。
セシールは、一番前にいる代表らしき男に事情を尋ねる。
「ボードウィン王国から逃げ出してきたと聞きましたが……一体何が起きたのですか?」
「聞いてくだせぇセシール様!王国の兵隊達が、ひでぇんでさぁ!」
彼らの話はこうだ。
先月辺りから急にボードウィン王国の納税額が跳ね上がり、それはとても払えるようなものではなかった。
その事を訴えれば無碍にされ、略奪同然に農作物や生産物をむしり取られていく。
税を納めるどころか、今日の食事さえままならない。
ここに至って、このまま王国に何もかも奪われて飢え死にするくらいなら、セシールがいるかもしれない村へ逃げようと。
そうして一ヶ月、死なないように死なないようにと、引きずるようにしてこの村を見つけたとのこと。
「それは……わたしのせいですね」
セシールは、自分の行いがこの結果を呼んだのだと理解した。
「わたしが王国から追放され、民のほとんどを連れて行ってしまったから……」
セシールが追放されたことにより、彼女を慕う領民達がこぞってボードウィン王国領を出てしまった。
そうなれば例年通りの税など納められるはずもない、税を払う者がいなくなってしまったのだから。
その皺寄せが彼らに押し付けられ、こうして逃げ出してきたのだろう。
「セ、セシール様はなんも悪くねぇだ!セシール様を追い出したあいつらの自業自得だよ!」
団体の一人が慌てて擁護する。
「それに、こうしてセシール様の村に生きて辿り着けた!」
王国から逃げ出してきた領民達は、ざっと千人ほど。
「セシール様、どうかわしらを、この村に住ませてくだせぇ!」
「ここに住むためならおら達、何でもするだよ!」
まだ、こんなにも多くの人々が自分を慕ってくれている。
その事にセシールは胸を打たれ、頷いた。
「分かりました……今日からあなた達もこの村の一員です」
セシールの宣言に、村人、兵士を問わず「セシール村長、万歳!セシール皇女、万歳!」と歓声と拍手が響く。
「さて、まずは彼らに美味しいごはんと飲み物を与えましょう。手続きや住居のことは、その後です」
今日この日、エルピス村に新たな村人が千人ほど増え、その規模をまた一回り大きくしたのだった。
アルファルド皇国後宮 ユークリッドの執務室。
「なるほど、そのようなことがあったのだな」
「ですから、それに伴って土地の拡大と納税の見直し、加えて派遣兵の人数を再検討をすべきかと」
「ふむ、分かった。ありがとう、セシール」
ボードウィン王国から逃げ出してきた民達をエルピス村に迎え入れた、という事の仔細をセシールから聞かされたユークリッドは是正する。
「しかし……ふむ……」
エルピス村にとっては良いことではあるが、ユークリッドは顔を顰める。
「ユークリッド様?何か、お考えごとを?」
どうしたのかと、セシールは彼の身を案じる。
「いや……そうなると、今、ボードウィンの王域に住んでいる民はほとんどいない、ということだろう?現に、廃村した村はいくつもある。……今後、ボードウィン王国はどうやって国を営んでいくつもりなのかと、思ってな」
「兵に耕作をさせれば、最低限の食い扶持ぐらいは稼げるのでは?代わりに領内の治安が悪化するかもしれませんが……」
「まさか。今のボードウィン領は、破落戸と魔物が横行跋扈する無法地帯そのものだ。下手に兵力を割けば、王都は阿鼻叫喚の地獄絵図を描くだろう」
もしかすると、もう地獄絵図の下描きぐらいは進んでいるかもしれないが。
そういった意味では、ボードウィン領から"逃げ出してきた"民は幸運だったかもしれない。
そのまま領内に残っていたら、税を搾り取られる以前に、破落戸かあるいは魔物に殺されて終わりだからだ。
「いずれにせよ、無法地帯になろうがなんだろうが、ボードウィン領での問題だ、下手に関われば内政干渉にもなりかねない」
「……そうですね、ボードウィン王国の王侯貴族は、難癖の付け合い、揚げ足の取り合いに余念がない国ですものね」
だったら隣国がどうなろうと、知らぬ存ぜぬを貫かせてもらおう。
セシールは皮肉げにそう頷いた。
「それで、だな、セシール」
ふと、ユークリッドは話の趣を変えた。
「私達が婚約を結んでから、もう二週間以上は過ぎたわけだが」
「そのくらいになりますね?」
「……実は、セシールがエルピス村に滞在している時に、父上に「孫の顔が見られるのはいつになるんだ」とせっつかれてしまってな」
「?」
ユークリッドの前置きの意味が分からず、小首を傾げるセシール。
「セシール、私達はようやくキスが出来るようになったところだな?」
「キッ………そ、そう、ですね?」
キスと聞いただけで動揺するセシールに、ユークリッドはこれから考えていたことを話して良いものかと悩む。
キスしただけで気絶するほど清純というか、初々しいというか、潔癖症というか。
「う、うむ、なので、そろそろ最後のステップかと思ってな……」
「さ、最後のステップ、とは……?」
それは何だと、セシールは恐る恐る訊ねる。
言うべきか、否か。
「(落ち着けユークリッドよセシールは今17歳まだまだうら若き乙女だし婚姻適齢期にはまだ早過ぎると言ってもいい考えても見ろキスするだけで気絶するほどだろうそんな彼女が私の……を見てみろ一瞬で顔が沸騰し卒倒するのは目に見えたことだそもそも父上も母上も親バカに過ぎるのだ母上は16で私を産んだそうだがだからといってそれを息子の婚約者にも当てはめようとされても困るいやしかしだからと言って私はこれ以上据え膳を前に我慢出来るかいいや私でなければここまで我慢出来るものかしていいのならセシールを思う存分愛してやりたいがそれをシようものならセシールは三日三晩寝込んでしまいかねないいいや最悪ショック死する恐れもあるだがこれ以上は私の理性が保たない恐れもあるセシールがショック死するか私の理性が吹き飛ぶのが先かえぇぃ恐れるなユークリッドよ彼女は私の妻だ辛苦を共にすると誓ったではないか傷付くことを恐れてはならんさぁ往けユークリッドよここが正念場だ勇者ユークリッドよセシールを幸せにしてみせろそれが出来るのは私だけださぁさぁさぁさぁさぁ!)」
僅か0.5秒で460文字近く葛藤したユークリッドだが、ついに踏み切った。
「つまりだ……"子作り"をしよう、ということだ」
………………
…………
……
「あ、あの、ユークリッド様」
「な、なんだ?」
「こ、こ、子作り、というのは、つまり……こ、こういう、ことでしょうか?」
セシールは、左手で筒を作ると、その筒の中に右手の人差し指を入れて、シュコシュコと上下左右させる。
「う、うむ、その通りだ」
あまりにも下世話過ぎる例え方だが、体位的な意味合いは間違っていないはずだ。
「この場合、左手がわたしで、右手がユークリッドに当たるわけで……」
「う、うむ」
………………
…………
……
「プシュッ」
やはり、まだ早過ぎたらしい。
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