第六十七話
「閉所での酸素濃度を一定に保つ? はい、色々とございますよ」
この世界にきて女神様の神格を受け渡され、まず最初に都合がいいと思ったのは、神域から泉へ上がる際の縦穴、そこに階段のようなものがついていた時だろうと思う。
人工物……神だから人ではないのだろうが、とにかくああいう誰かの手が入った、私にとって都合のいい代物があったのは明らかに不自然だ。
その後ギースに会えたのも、その後面倒を見てもらったことも都合がいいと言えるのだろうが、これがうちの女神様が意図したこととは思えない。
そして今、まさに最初の時のような都合のいい展開を迎えて苦笑いを抑えきれないでいる。
(あるのか。酸素濃度なんて言葉まで……)
第四迷宮近辺にある数少ない魔導具店。その一つに足を運んだ私は、初回で当たりを引き当てていた。
「尋ねた私がこんなことを言うのもあれなのですが……あるんですね、そんな魔導具。かなりニッチな用途にしか用いられないと思っていたのですが……」
「坑道や冬場の暖房周りなど、空気に気を使わなければいけない状況はそれなりにありますので。パイトでも第二迷宮や第五迷宮などを探索される方にこのような品は必須ですし。この辺りでは割りとポピュラーですね」
「なるほど……」
店員に案内された一帯には持ち運べるペンダントやマスクのような形のものから、設置形の空気清浄機のようなものまで、多種多様な品が並べられていた。
「具体的にどのような環境での用途を想定されているのですか?」
「密閉空間です。窓がなくて扉もきっちりと閉まるような……気密性の高い部屋の中ですね。二十畳ほどあると思います。そこに長期間滞在するような場合でも、呼吸に問題がなくなるような品があれば」
「二十畳でしたら、大型のものをお勧めします。多少お値段は高めですが、稼働時間と魔力効率に優れた品が多いです。これなど、自動で空気中の酸素濃度を適切な範囲内に保ってくれるので、ご希望に沿うのではないかと」
店員が指し示したのは、大きめの家庭用エアコンを逆さまにして床置にしたような……そんな形の機械。
「これらは風石を利用します。更に上位種となると動力源の魔石が浄化品に限定されてしまいますが、こちらの品などもお勧めです。風石のものより持続性に優れ、循環により空気中のゴミや埃も取るなど多機能です」
「……浄化品というのは、なんでもいいのですか? それとも浄化緑石限定ですか?」
「残念ですが緑石限定です。この手の品は風石や緑石の魔力を使いますので。魔石なら何でも……という品はおそらく存在しないか、かなり希少ではないかと。私は聞いたことがありません」
そこまで都合良くはないか。だが、浄化品で動く高品質な物というのは私には打って付けだ。
「緑石で動く一番いいやつ……これをください。あと空気を綺麗にすることに特化したものがあれば見せて頂けませんか?」
「ございますよ、こちらです」
こうして酸素濃度調整機と空気清浄機を手に入れた。お値段併せて百二十万。それとペンダント型の物を一つ買って計百二十五万だ。私の金銭感覚は息を引き取って久しいが、一般の魔導具は本来これでもかなり高額な部類に入る。
共にヒヨコサイズで三日は保つという。魔石はそれなりに大きい物も使えるようなので、霊鎧ついでに鳥からも魔石を回収する必要がある。行き帰りに一手二手増えるだけだし、手間というほどのものでもない。最悪依頼を出すなりして買い取ってもいいが、質が効果時間を左右すると手間だ。自力で集めるのが結局一番だったというオチは避けたい。
家まで運んでくれるというので、宿にお願いした。少し変な顔をされたが笑って誤魔化す。近いので今日中に持ってきてくれるとのことで助かった。このまま次元箱快適部屋計画を進めたくなるが、今はまだ我慢だ。魔導具の検証を進めてから。
「終わってしまった……魔法袋でも見に行こうかな」
空気の問題はおそらくこれで解決。動力源の確保の術もできている。寝具は後でいいとして……冷蔵庫、冷蔵庫あるかな。というか氷だ。次元箱の内部で溶けたり水が蒸発したり、そういうのを確認しなきゃ。すっかり忘れてた。
屋台が広がる広場まで出向き、近くにある軽食店へ入る。昼食をとりながら帰りに氷を少し売ってくれないかと交渉した。廃棄予定だったという縁の欠けた木のお椀に入れて譲ってもらった。代金は取られなかった。嬉しい。
先日買ったコップに水を入れ、お椀も持って中に入って、適当な場所に置いてすぐに出てきた。寒くなったとはいえ氷が溶けないほど冷え込みもしない。一日二日放置すれば結果も出るだろう。魔法袋の魔力はまだ抜けきっていない。
昼も過ぎている。魔導具も運ばれてくる。霊鎧は朝狩ったし、お風呂入りたいけど昨日入ったもんな……。今から出かけるのも手間だな。少し早いけど今日はもうゆっくりしよう。
「いい加減保存食も減ってきたな。中央が品揃えいいんだけど、んー……いいや、明日考えよう」
その日は届いた魔導具を部屋に搬入するだけで、あとはずっとゆっくりしていた。魔導具は二つとも大きな蓋付きの立派な木箱に、高そうな布で梱包されて届けられたのだが──。
「この木箱いいな。インテリアとしてもいい線行ってるんじゃないか。これに金貨しまっておこう。いや、いい買い物をした」
私は中身より箱に夢中だった。
翌朝日が上る前に目が覚め、布袋二枚だけを持ってさくっと浄化真石を集めてくる。六十七、今日は割りと普通の数だ。
ここしばらく数が少なく若干気になっていたが、平常通り狩れてなぜかホッとした。別に霊鎧は私の物だなどと考えていたつもりはなかったが、つまみ食いされていることに、内心思うことがあったのかもしれない。
往復でダチョウも十羽程度、ヒヨコも数匹潰しておいた。ヒヨコは未だに胸が痛むのだが……魔物は魔物だ。割り切ろう。
宿に戻り次元箱の中を確認すると、水の変化は分からなかったが氷はすっかり溶けていた。
(決まりでいいね。時間を止めたりとか、そういうことはないわけだ。温度変化も受けると)
後は実際に中で過ごして大丈夫かどうかを確認するだけだ。こればかりは自分の身を捧げるしかない。
「少し遠出することにして、どこかで引きこもってみようか。本でも買い込んで照明を持ち込めば退屈はしないよね。迷宮の中でなら暇潰しもできるけど、六層は人が来てるっぽいからなぁ……出てくる瞬間を見られるのは嫌だ。第三迷宮の深層でもいいけど、どうしたもんかね」
魔法袋の魔力はまだ抜けきっていない。これはまだ試せない。貸し倉庫借りてそこに置いておくかな。ソファーとかベッドとか、買うならそっちに運んで貰った方がきっと良い。ソファーはともかく、ベッドを宿屋の客室に運ぶのは何なのってなりかねない。
「マットレスでもいいけど、あるのかな……探せばあるよね。寝具ってどこに売ってるんだろう、地図には特に記載されてないんだよな」
どの道まだオークションの契約についてとか残っているし、すぐにとはいかない。聖女ちゃんのお休みに一緒にいるって約束もしたし。
「そうだ、プレゼントの魔石……中型のものならすぐかな。四つの迷宮を覗きに行って、少しだけ集めて出てこよう。買い物のついでにもなる。北側にも一度くらい行っておきたいし」
中型のものは大黒鹿と大猪の浄化赤石と浄化蒼石、ダチョウの浄化緑石とゴーレムの浄化紫石がある。手元にないのは浄化橙石と浄化白石の二つ。順繰りに回るよりもこの二つを落とす所を調べて出向いた方がいいかな、魔法袋使えないし。
「よし、管理所行って情報を貰おう。それでちゃちゃっと狩って、戻ってくる。時間があったら買い物か、再度第四の管理所だな」
次元箱用のついでに買ったペンダント型魔導具のロケットに緑石を突っ込んで蓋を閉める。これで息ができなくて即死という状況は避けられるはず。
あとはいつもの魔導具セットに水袋と布袋に外套、それに十手と鍵を持てば準備オッケーだ。軽装すぎるな。