第六十八話
「土石は第二、光石は第六です。一から順に火、土、闇、風、水、光。となっています」
第四迷宮の早朝職員に声をかけて情報を貰う。礼を述べて管理所を出た。
私の拠点から近い順に風、闇、火、土と水、光か。どうしようかな、土と光も西と北の端の方とあって結構離れている。両方行くのは厳しい。
時間はまだ早朝、第六に行ってもいいが……ペンダントに緑石を突っ込んでしまっている。もったいない。
「第二かなぁ、仕方がない。早朝ならそんなにかち合うこともない……ということにして、行こう」
馬車の数が多い。今日は市の日だったかな、どうだったろう、うろ覚えだ。第二へ直行するなら見に行けないが、止むを得ない。
「おねえさーん!」
第二迷宮に辿り着き、やっぱり騎士多いなぁ、なんて辟易していたところに、迷宮入り口方面から声を掛けられた。よく知った、鈴の音のような可愛い声。
彼女の宿はここから程近い場所にある。居てもおかしくはないのだが、こんな朝っぱらから迷宮に入っていたのか。
「聖女ちゃん?」
しかし、相変わらずキュートだ。いつもの白い神官服姿だが、今日は杖を持ってはおらず、剣を腰に下げていた。小柄で華奢な彼女との対比には酷い違和感を覚える。
(あーでも、子供でも気力が使えれば剣くらい振れるか。彼女が下げているものはそんなに大きいものでもない。……ん? 聖女ちゃん気力使えるの?)
遠くから走ってきた彼女に歩いて近づく。流石に無視するわけにもいかない。彼女も、視線を向けてきた騎士や神官達も。
「おはよう、聖女ちゃん。奇遇ね? いつもこんな時間から迷宮に入っているの?」
飛びついてきた彼女を抱き止めて地面に下ろす。この子でなければ十手が飛んでいる。
「おはようございます! 会えて嬉しいです……!」
赤くなってもじもじしているのが殊更に可愛いが、そういう周囲の誤解を招きそうな反応はですね、お姉さん困っちゃうんだけどな。
かなりの数の視線が集まっている、非常に居心地が悪い。少し会話をしたら大人しく離れよう。第二は迷宮入り口と管理所が少し離れており、入り口の付近には何もない。他所に用があるという言い訳はしにくい。
「私も会えて嬉しいよ。でも、今日は互いに忙しいよね? またお休みの日にゆっくりお話ししたいな?」
目を見て可愛くお願いすれば、さしもの聖女ちゃんもひとたま──
「お姉さんも迷宮に入るんですよね? 一緒に行きましょう!」
えぇ……。
「それはだめよ。聖女ちゃんはエイクイルでの修行でしょう? 私は本当に少しだけの予定だったから、今日はほとんど手ぶらに近いのよ」
魔法袋も持ってないでしょ? と背中を見せてみる。納得してほしいな、近づいてくる神官姿の中年女がこちらに声を掛けてくる前に。
「兵站は余裕を持って準備してあるので大丈夫ですよ! わ、私、いま剣を頑張ってるんです! お姉さんに見て欲しいんです! お願いします! だめ、ですか?」
なんかグイグイ来るな、この娘こんなに強かった? 私の可愛いお願いがゴミと思えるような完璧なお願い返しだ。生まれ持ったものが違う。
「えっとね……その……ね?」
困り果ててどうしたもんかと悩んでいると、ついに中年女に声をかけられてしまう。
「イリーナ、どうしたのです。そのような……。あら、そちらの方は……」
以前に一度、聖女ちゃんを宿に送っていった際に会っている。夕食に誘われ私は断った。あの時の女性だ。
視線を向けて会釈だけして、聖女ちゃんに向き直る。
「ほら、皆さんも驚いているから。剣ならほら、また今度時間を取って見てあげるから、ね?」
「うぅ、でも……」
「イリーナは貴方に見てもらいたくて、最近ずっと特訓をしていたのですよ。よかったら見てあげてくれませんか?」
エイクイルへの好感度がだだ下がりだ。止めろよ、あんた上の人間じゃないのか。
「お願いします! 少しだけでもいいので! お願いします!」
(あかん、このまま断り続けたら泣きそうだ。あー、うー、もー……)
「お昼に予定があるから、それに絶対に間に合うように帰らなきゃいけないんだ。だから、それまで。約束できる?」
「あ、ありがとうございます! 約束します! がんばります!」
折れたくはなかったが、顔を埋めてぐりぐりしてくるこの可愛いのを見てると、まぁ……いいか、という気持ちになってくる。
自分の甘さに呆れがくるが、仕方がない。可愛いんだもん。
私は部外者、聖女ちゃんの客、修行の邪魔はしない、手も極力出さない。昼までに私は一人で帰る。
こんな感じのことを中年女と聖女ちゃんが同行するメンバーに説明して、一行は第二迷宮へ足を踏み入れた。
前回の救援任務の際に、六層には騎士十二、聖女ちゃん一というメンバーが残されていたが、今回は騎士十一、聖女ちゃん一、聖女一という構成での行軍だった。私は数に入れていない。
(聖女ちゃんは剣を持っているから騎士枠なんだろうか。杖の方が似合うと思うんだけどな)
一行は皆真剣な表情をしている。命がかかっているからそりゃそうなんだけど、なんかこう、ピリピリしすぎているというか。もう一人の聖女もガチガチになっている。
暇なので聖女ちゃんと話でもしながら進もうかと思っていたが、この空気では流石に声をかけられない。
第二迷宮は土石の産地とあって、まさに洞窟といった様相をしている。地図で確認した限りでは通路をひたすら行くだけの一本道だ。分岐があるようなこともなく、壁と一体化した大岩を経由して階層を出入りする。迷うことはない、楽だね。
足場は硬めの土か岩、壁や天井も整形されておらず、多少の高低差もある。地面もそれなりに荒れていて、歩く度に硬質な音がする。明かりに不自由していないのは、その辺から生えているの水晶のような鉱石が仄かに白く光っているからだろう。影ができてかえって危なっかしいので、私はメガネを使っていた。
暇なので適度にふわふわを飛ばして索敵をしていたが、まだ二層だ。敵の数も少ないし、ここまでピリピリする必要があるとは思えないのだが……。
ミミズや甲虫といった魔物、こういう系統か。前列の騎士達が処理するのを見ながら私は黙って後に続いていた。魔物は打ち捨てられていた。魔石にして持って帰りたかったが、私はお客だ。おとなしくしている。
そのまま三、四層と危なげなく進み、五層へ到達したところで階層の様相が少し変わる。といっても通路がこれまで五メートルほどだったのが、その五倍程に広がっただけだ。敵の数も爆発的……というほどでもないが、かなり増えている。
(これは一人じゃきつそうだけど、修練にはなるかな? 橙石欲しいけど、今はいいか。今度また来よう)
一団の雰囲気と隊列が変わったのを見て、私も少し立ち位置を変えた。聖女ちゃんの姿がよく見えて、聖女を邪魔しないような位置に。
基本見ているだけのつもりだが、五層でも人は死ぬ。聖女ちゃんが危なかったら手を出すつもりでいた。他の連中は知らん。
そして階層出入口からそれほど距離を置かずに騎士達は戦い始めた。聖女は……何かよく分からないが、祈っている。結界的な何かは感じないから違うのだろう。何をしているのか若干興味が湧いたが、今はいい。今度聖女ちゃんに聞いてみよう。
騎士の戦いは堅実だった。後ろに敵を回さないようにするためか、一直線に通路を塞ぐようにして戦っている。仲間の危機には両隣のどちらかが補助に入るなどして、着実に魔物の数を減らし続けていた。
聖女ちゃんも……いや、なかなかどうして見事なものだ。盾を持たずに、片手で握った剣を軽々と振り回して敵を斬り刻んでいる。
そしてあれは、しっかりと訓練された動きだろう。剣術を習っているのかもしれない。私のような素人のそれとは違った洗練された動きだ。
しっかし、あのひらひらした神官服でよくもまぁ動けるものだ。パンツが見えそうで先程から気が気じゃない。
(やっぱり気力かな、あれ。ギースや王都の先生なら見抜けるんだろうけど、どうやって見極めてるのかな。全く分からないんだけど)
脚力も腕力も、十代前半と思しき少女のそれではない。だがこの世界ではこれが普通だ。無駄ではないが、筋力を鍛えるより気力を鍛えた方が強くなる。生まれ持った素質が物を言うのは確かだ。
しかし、それがどれだけ育ちにくいものなのかというのは、私も重々承知している。割と使いたい放題の私でこうなのだ、ここまでになるには、並々ならぬ努力があったのだろう。
魔物が聖女ちゃんの後ろに生まれないか注意しながら、そんなことを考えていた。




