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第二百九十九話

 

『休日』の定義は人によって様々。

 平日との違いがない、そもそも辞書に載っていない者がいる一方で、夢の中で酒瓶と愛を育むなどして満喫している者もそれなりにいる。

 未だに細く煙を登らせる焚き火跡を囲むようにしてそんな恋人達が転がっているが、これに目くじらを立てるようなことはしない。平和で結構だ。

 真っ先にその仲間入りしそうなフロンにはリリウムがついていたわけで、うちの宴会参加組も醜態を晒すことなく、きちんとテントに戻って眠っていた。

 日が昇ってしばらく経つが、誰一人起きてこないのは……まぁいいのだ。休日なのだから。


 こういう時におろそかにしがちな素振りやストレッチといった日課を手早く済ませ、人目の少ないうちに体術関係の訓練もこなしておく。

 見様見真似ハイキック、確かこんな感じだったな裏拳、素手での正拳突き、側転バク転バク宙のようなアクロバティックな体捌きの練習も積む。

 やり過ぎると目を回すので程々のところで止めて、一層地味な歩行術の修練をちょちょいと行った後、最後に待ち構えているのが投擲練習だ。

 自他共に認めるノーコンな私には、未だにその辺の石ころを遠距離武器に昇華することができていない。

 石の重さや大きさ、身体強化の度合い、その日の気分や体調といった要因に影響されまくり、投擲の軌跡は常に読めない。前に飛ぶだけこれでもだいぶマシにはなった。ピッチャー振りかぶってー! 投げたー! ……ボールが二塁を通り越してセンター方面まで飛んで行くなんてことは、そう珍しくもなかったのだから。

 何かもう、これも呪いの一部なのではないかという気さえしてくる。身体が、心が、神格が拒んでいるんじゃなかろうか、遠距離攻撃というものを。

 破壊力はさておき、間合いの外から一方的に攻撃を加えられることがどれだけ強いか、なんてことは言うまでもない。

 迷宮でもなければ武器は現地調達できるし、なんなら固めのゴーレムを《次元箱》に数匹持っておけばそれで済む。

 有用性は分かっている、練習もしている、なのに結果が付いてこない。溜息の一つもこぼしたくなってくる。

「……諦めちゃおうかな」

 そういうのはもう、他の三人に任せておけばいいんじゃなかろうか。打つ方は得意なのにね、砕け散るけど。


 せっかく時間ができたので、片付けておいた方がいい仕事をこなしに砦の外へ──なんてことをすると、主にリューンから非難の嵐が飛んでくるので今日は止めておき、お茶を飲んだりメモを取ったりしながら一人のテントで大人しくしておく。反省点は多い。

 魔物除けの結界石は、光石もセットにして光らせておいた方がよかったんじゃなかろうか、とか。

 白黒大根の樽のような大荷物は、泉の底の祠跡地にでも置いてくればよかったなぁ、とか。

 水杖ではなく、火炎放射器に浄化が通るように研究しておいた方が、何かと捗ったんじゃなかろうか、とか。

 龍との戦場をどの辺りに設定するか、とか。

 超大型冷凍庫、欲しいなぁ、とか。

 野菜や果物の生産地も積極的に記録を残していくべきではなかろうか、とか。

 移動用の魔導具のモチーフは、バスとトラックどちらが適しているだろうか、とか。

「この仕事が終わったら本腰入れてみようかな。そもそも動力は何なんだろうね……エンジンみたいな動力機を魔力で動かしてるのかな」


 化石燃料を燃やさなくたって、電気をモーターに流さなくたって、この不思議世界の魔法だ。車輪を回す程度どうとでもなるような気がする。

 魔導船だっておそらく推進力はスクリューだろう。魔導というくらいだ、魔力や魔石を使って動かしていることは確実。

 そもそも車輪にこだわる必要も、地面を走らなければならないわけですらない。アリシアの杖を何本か重ねて、イカダのようにしたっていいわけだ。魔法の絨毯改め魔法の(いかだ)。それに窓と屋根をつければ空飛ぶ車。荷馬車の居室を加工したっていい。なんとでもなる。

 近未来的なスーパーカーをメルヘン世界で作り上げるのは、それほど難しいことではない。

「でも、空飛ぶ船の動力に使うって言われてたんだよなぁ……浄化真石」

 風石を使ってのあれこれであれば色々と考えも及ぶのだが、霊は漂うものとはいえ、インクまみれになっているこの宝石がどのように関わってくるのかはまるで想像できない。

 私の知らないもっと良い、何か冴えた手があるには違いないのだろうけど──エンジンの前に、色々な分野の幅広い知識を身につけて来る方が先のような気がするね。


 カリカリシャリシャリ魔石ペンをメモに走らせ、思いついたことをツラツラと綴っていく。学校へ通うというのは一つの手だ。

 気力にも魔力にも先生がいた。知識をつけるには誰かに師事するのが一番手っ取り早い。書店で手に入る書籍にも、身近の人物が持ち得ている知識にも限界がある。

 物理法則に真っ向から喧嘩を売っている世界とはいえ、流体力学をガン無視し続けては効率のいい乗り物は作れないだろう。私もその辺りは詳しくない。細く低ければいいという話でもないはずだ。空飛ぶ馬車の空気抵抗が最悪なことくらいは理解ができる。

 そしてそういった学術なんたらの専門家は、おそらく船大工ではなく学者先生。

 最初から完璧な物を作り上げられなくても、そのうち必要になる。絶対に欲しくなる。とても悩ましい。

 飛空船はいずれフロンと作り上げる約束をしているが、私はただの船も欲しいのだ。漁船が欲しい。魚をとりに行きたい。

(それに……星は丸いわけでして)


 この世界には大陸と呼ばれている大きな陸地が東西南北の四つある。この中で、西と東の大陸を行き来するにはセント・ルナを介するか、北か南の大陸を経由しなければならない、とされている。

 西大陸は東海岸、東大陸は西海岸に港が集中しており、その反対側の海岸線には船は無く、あっても小さな漁村のような村落に小舟が数隻──といった規模でしかないのだそうな。

 これには当然理由がある。西大陸の西の海、東大陸の東の海には、海にも強い魔物が出没するようになる。陸に狼、空にカモネギがいるなら、海にもそりゃあ、いるわけだ。

 普段から利用しているセント・ルナを中継地とする海には、私の知る限り魔導船の運行の支障になるような強い魔物は存在しない。

 反対の海には、いるのだろう。南大陸でフロンが持っていた巻物を盗み見したときにも、海にも龍がいるようなことが書いてあった。開発が進んでいないこれらの海には、こうした御伽話レベルの海蛇だっているのかもしれない。

 そんなまだ見ぬ大海原に島があったりなかったり、人が住んでいたりいなかったり、珍しい果物がなっていたりいなかったり、ルナみたいな迷宮があったりなかったりするかもしれない。

 そしてそんなところに女神様の迷宮があるかもしれないし、もしかしたらそれは海の底にあるのかもしれない。迷宮そのものが存在しない可能性もあるけれど。

 まだ見ぬ食材や香辛料によって生活が彩られ、まだ見ぬ魔物素材によって私達の技術革新が進むかもしれない。

「うーん……夢が広がるね。そのためには車じゃ駄目だ。やっぱり船だ、船を作ろう。漁船は最高だ」

 広い世界のどこかに、鮭に近い魚がいるかもしれない。これまで稀に情報が入ってきてはいたが、その全てはハズレだった。

 いい加減焦がれて焦がれて胸が張り裂けそうだ。鮭とば食べたい。作りたい。

 干物の製法から学ぶ必要があるが、そんなことは些細な問題だ。スタンピードの鎮圧並に容易い。




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― 新着の感想 ―
[良い点] サクラさんの鮭とば入手に懸ける熱意というかなんというか… 笑ってしまう。 確かに美味しいですけど鮭とば。 [一言] 物凄く個人的でどうでもいいことなのですが、この作品に影響されて鮭とばを食…
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