第二百九十七話
この計画での私の立ち位置は神輿だ。総司令官はミッター君、補助にフロン率いるうちのパーティの面々、騎士団には騎士団長がいて、メイドさんにはまとめ役の初老のお爺さんがいる。
冒険者軍団もギルドと共同で一応うちが取りまとめなければいけないが、それにしたって私が直接あれこれ口を出すことはない。居たいなら居ればいいし、帰りたいなら帰ればいい。
別に冒険者の数が六十から三十になろうと、十を切ろうと、最終的に八人残っていれば後のことは割とどうでもいい。
騎士団にしたってそれは同じこと。龍を倒した段階で帰還してもらっても、正直作戦に支障はない。
だが叩き上げという謳い文句は偽りではなかったようで、騎士団も、他の冒険者の連中も、少なくとも聞こえるように文句は零さず、精力的に仕事に取り組んでくれている。
最後まで残ってお国のために! みたいな意思が伝わってくる騎士や、キメラにそれなりに高額の歩合給がかかることを知っているがために、最後まで残って根こそぎ! みたいな考えの冒険者が一定数居て、しかもかなりの割合になっているように感じる。
どのような基準で選定されたかは私の知るところではないが、それになりに志高い人格者が集まっているのだろう。
私はその辺を飛び回って身体を動かしていればそれでいいのでとにかく楽だ。地面に《浄化》を叩きつけながら、ひたすらに版図を拡げていく。
今日も岩山を切り出し、運び、均し、砦の兵士も総出で地図を書き換えていく。苦労して運んだ一枚岩のブロックが無事橋としての体を成すようになったことで、拠点予定地への運搬も、地に足をつけた人々の手も借りて順調に、着実に進んでいく。
岩山に細い通路が一本通ってからは特に変容目まぐるしく、切り出した端から流れ作業で石材が運ばれ、結局五日経たずにこの山々は綺麗に姿を消すことになる。
魔物に襲われる心配がないこともあるが、手持ちの浄化白石を照明にしてそこら中に配置し、朝から晩まで途切れることなく活動することができる下地を整えたことも、効率アップに大きく貢献している。
(──私はあれだな、経営とか絶対にやったらダメなタイプの人間だな)
なんとなくで決めたキツすぎるノルマを課し続けて、社員が常に転職を考えているタイプの危ない会社をいくつも抱えてしまうことだろう。
今回は自制したが、やろうと思えば二十四時間稼働させることもできた。
そして人心が離れても特に問題ないという気持ちが強ければ、私はその手を採ったかもしれない。何人使い潰しても。
ちょっと危ない思考に支配されがちな時は大抵瘴気にやられている。自浄の術式に魔力を通し、綺麗さっぱり洗い流そうとしてみたが、今日はうんともすんとも言ってくれなかった。どうやらこれは素らしい。
経営はないな。ないないだ、なーいないっ。
「さて──ひとまずお疲れさまでした。無事に連絡路が開通したことを嬉しく思います」
「おおおぉぉぉっ!」
野太い声があがる。拡声魔導具を介している私のゴッデスヴォイスよりも遥かに大きい、数百からなる歓声の迸りがヘイムの砦を包み込む。
そう悪い気分ではないが、音の振動で身体が揺さぶられる感覚には慣れそうもない。
男女比はほぼ半々くらいだとは思うのだが、こうしてまとまってしまうと女の声も野太くなってしまうらしい。ちょっとした発見だ。
三日で橋を、五日で道を通すと私は吐いた。その言葉を嘘としないがために必死で働いてくれた皆の頑張りもあって、わずか五日でいくつかの岩山が消え去り、山迂回に谷越え、足を濡らしての川渡りなどという無駄ばかりの行軍経路はすっかり過去のものとなった。
馬の足でも片道数日近い短縮になるだろう。正直龍退治よりよっぽど成果は上だと思う。
そのピカピカの道を使ってこのまま拠点作りへ直行! ……なんてほざいて士気を下げるような真似は流石にできない。一日二日、最後の機会だろうし三日くらいはありだろうか。とにかくお休みを設ける必要があると考えた。
騎士はどうでもいいが、ただでさえこういう作業に苦手意識を持っていたペトラちゃんの精神の均衡が危険域に突入している。その秤そのものが崩れ去る前に、労り慈しんであげることこそが、良きお姉ちゃんが採るべき采配というものだろう。
「急いてもいいですが、事を仕損じるわけにはいきません。皆も疲れていることでしょうし、数日休暇にしましょう」
「おおおぉぉぉっ!」
野太い声があがる。たった五日。されど五日。死に物狂いで身体を動かし続けたことで、一見元気そうな誰それも疲れを溜め込んでしまっているはず。慰労も必要だ。
「あまり羽目を外してもらっても困りますが……パイトからまとまった量のお酒が入ってきたという報告を受けています。輜重担当のメイドさん達と交渉して楽しんで下さい」
「オオオオォォォォッッ!!」
うるさい。
ここしばらく巡っていた砦の中でも、ヘイムはそれなりに大きな拠点に分類される。
急に数百人もの人間が増えたところで建物のベッドで眠ることはできずとも、いくつかある魔物塞き止め用の広場にテントを立てて、毎日のように野外炊飯に明け暮れることができる程度には、広い。
私が牢屋に突っ込まれていた北東の砦とは規模が違う。国が違えば管轄も、建物の規格もまた違う。何が言いたいのかと言うと、この広い砦にはお風呂があるらしいのだ。大浴場があるのだ。
男湯と女湯が分かれていたりはしない。分かれていたとしてもきっと時間で区切る程度だろう。だが今はどうでもいい、ここの事情は知ったことではない。
申請して、許可が降りて、掃除して、水を張って、沸かせば、浸かることができる。
申請はした。許可も簡単に降りた。掃除なんて一瞬で終わるし、湯なぞマンパワーの暴力でどうとでもなる。井戸だけでは済まさずに『樽』と水杖をも併用して、フロンにグツグツやってもらえばすぐにでも浸れる。この天国に。
このお風呂の情報を仕入れてきたのはうちの癒し系わんこだ。この娘はお姉ちゃんのことが大好きなので、私が喜ぶと思って──ということなら、私も引き続き我慢をしたかもしれない。
冒険者たるもの、十日や二十日お風呂に入れない程度で弱音を吐いてはいけない。私は吐くし不平も漏らすが、いくら年頃とはいえソフィアも冒険者だ。皆でお風呂だ何だと言っている状況ではないということくらいは理解してくれている。
これはおそらく、最近元気のないお友達を少しでも癒してあげたいという、聖女ちゃんの聖女ちゃん気質によるものだろう。それなりに付き合いも長い、それくらいは伝わってくる。
というわけで、散々悩みはしたのだが……心だけではなく、身もリフレッシュしてもらおうということになりました。
「ふぁぁぁ……ああっ……あぁぁ……」
「どう? かゆいとこない?」
「はぁぃ……きもちぃぃですぅ……」
ご堪能頂けておりますでしょうか。頂けているようで何よりだ。頭皮をワシャワシャされて気持ちよさそうにとろけている。
お馴染み女神式エステのフルコース、今日はその上を行く特別バージョンなので助手がいる。ご存知聖女ちゃんだ。
お酒が弱いことを自覚しているために早々に酒宴から撤退し、耳と尻尾を垂れ下げて一人でポツンとテントで沈んでいたいたわんこを砦の建物内へと連行し、有無を言わせず全裸にひん剥いて湯気が荒ぶる浴室へと監禁するところから全ては始まる。
あまりこういうことを言うものではないのだが、大したボディソープもない世界で、ガルデの王都からヘイムまで長期行軍を経たうちの元気系わんこの身体は、少しどころではなく大層汚れていた。
ここ数日の労働のせいもある。タオルで水拭きした程度で人はそれほど綺麗にはならないわけで、まずはこれを徹底的に磨き上げなければならない。
最初に効果の程を知ってもらおうと、腕の産毛をサッと取り除く──もう後に引けない──。
比較をして目を丸くしているペトラちゃんに、頑張ってくれているご褒美に、これを全身に施してあげると伝えた時の喜びようは……今泣いた烏がもう笑うとはまさにこのこと。
どれだけ大金貨を積んでも手に入らない、ムダ毛カミソリ負けおさらばコースと、今すぐコマーシャルにも出られる髪の毛ツヤッツヤコース。これに加えて治癒魔法を併用した寝そべり全身マッサージの心地は、まさに極楽と称していいレベルになっていることと思う。
この顔を見れば誰だってそう思う。全身を弛緩させてヨダレを垂れ流しそうになりながら、もういっそ垂れ流してもいいんじゃないかと葛藤し、もうそんなこと考えているのが億劫だと全ての尊厳を投げ出しかねない、そんな危険な領域へと突入している。治癒魔法の相乗効果が半端ではない。
全身を撫で回してムダ毛の全てを消滅させ、全身を磨き上げて垢の一欠片も残さず、髪は綺麗な金髪の艶を取り戻し、全身を遠慮無く揉みしだいて疲労を抜いていく。
下半身に毛なんて生える必要はないのだ。VもIもOも根こそぎ全部、ガッツリと持っていく。残されるのは卵の白身を思わせる玉の肌だ。エルフ相手に限らず、この瞬間の達成感は筆舌に尽くし難い。
この温かな浴室、他人の目がない密室、悶えるような喘ぎ声を垂れ流したところで誰の迷惑にもならない。私の結界石は完璧だ。防音には細心の注意を払っている。
ソフィアはウブいので友人の変貌を前に顔を真っ赤にしているが、今から貴様もこうなるんだ。覚悟しておくといい。




