第二百九十五話
長剣の刃渡りというものは世界中どこでもおおよそ一メートル前後であり、少し長めの片手半剣などでも一・五メートルを越えることはまずない。
これはもちろん数の多い人種やエルフといった身長二メートル弱の人々が使うことが前提となっているからであって、巨人種などは長剣というよりも余裕で二メートルオーバー、物によっては三メートルを優に越えるような大剣といった区分の得物を用いていたりする。
グレートソードとか呼ばれるヤツだ。その辺のカテゴライズは適当でいいと思うのだが、とにかく私がリューンに作った刀モドキも刃長は一メートル前後。
ミッター君の物は取り回せるほぼ限界サイズの一・五メートルほど。ソフィアの魔法袋で眠っている片手半剣が一・三メートルか、それよりも少し長いくらい。双剣に至っては五から六十センチメートルほどしかないと思う。
私の十手が柄まで含めて六十センチメートル程なので、皆が長いというよりは私が短い。これがこの世界のサイズ感。
製作難度の問題もあるのだが──とりあえずスタンダードなのが一メートルだ。鍔の上から、石に入る切れ込みの深さは一メートル。
それでハイキングに使えそうな岩山を切り崩して更地にしてしまおうと言うのだから、モタモタしてはいられない。しかもこれは今後用いる建材としての価値も高いわけで、適当に細切れにしてしまうわけにはいかない。立方体、直方体。そういうのがいい。
断頭台へと歩みを進める巻き込まれ系お姫様のような表情のペトラちゃんを脳筋五人組で引っ張って、砦の北側の岩山の一つを目指してお空を走る。
大部分は灰色で、それにわずかに黄土色が混ざったような色味をした、わりとすべすべした石質。見るからに一枚岩で丈夫そう。素材として申し分ない。
「さて……私も今日はゆっくり休みたいから、サクサクやっちゃおうか」
先程まで眼下に広がっていた山頂へと降り立ち、断崖絶壁を前にして説明を始める。
とは言っても、あまり説明するようなこともないのだが。
「私は橋を作った経験がないんだよ」
建築関係の書籍はそれなりに読み込んでいるが、それは主にお家関係のもの。橋をどうこうするという知識や経験は持ち合わせていない。
「まぁ……そうでしょうね」
きっとリリウムもない。……いや、もしかしたらあるのかもしれない。公共事業には気力マンだ。ギルドに依頼が出たりするのかも。
「まだ日が落ちるのは早いし、夕方までには済ませたい。今日は橋を切り出して運んで、それで終わりにするからね」
いずれは道や拠点の為に全てを切り崩すつもりでいるが、今日は時間がない。とりあえず橋だ。橋を架けないことには話が進まない。進軍できない。
その前にあれだな、中央を支える飛び石と、地面に直接置いてしまってはアレだろうから……川岸にも石を敷いた方がよさそうだな。
既に砦の広場で架橋の作業は明日から始めると吐いてしまった。吐いた唾は飲めない。サクサク進めなければ。サクラだけに。
「うん、それはいいんだけど……大きさは? 統一するの? どれくらい運ぶ?」
「一つでいいよ」
「……んっ?」
「一つでいい。あー、いや……二本架けた方がいいのか。すれ違うの大変だもんね、流石リューン。二本にしよう」
道半ばで正面から王様の馬車がやってきて、引き返す時に後ろが詰まっていたら下がれるものも下がれない。ここは王様をガン無視すれば首をはねられかねない世界だ。大きな橋一本だとそういう事故が起こり得る。
通行区分は離して物理的に分けてしまった方がいいな。うん、いい。破損した際の保険にもなる。
「……んんっ? ちょっと待って、嫌な予感がしてきたよ。落ち着け私……。ねぇサクラちゃん? これから私達……で、石を……切り出すんだよね?」
「そうだよ」
覚悟を決めた時と同じ、キリッとした顔で尋ねてくる。とても可愛い。ちゅーしたくなる。
「何個運ぶつもりでいたのかな?」
「一つの予定だったけど、たった今二つ運ぶことが決定したよ」
瞬時に死を覚悟したかのような、血の気の引いた顔に変化する。とても可愛い。焦らしていじめたくなる。
「──サクラ、どのようにして橋を架けるおつもりで?」
リューンをジト目で可愛く睨みつけていたお嬢が諦めたような声音で本題に入った。よくぞ聞いてくれました!
私にはあるのだ、完璧な作戦が。
「そりゃあ、川を跨げる大きさのでっかい岩を足場魔法組で運んでね、それを削っ──」
「いやああぁぁぁぁっ!」
ペトラちゃんの精神が破壊された。ミッター君は絶句していて、ソフィアはご機嫌プリティーフェイスのまま固まっている。
逃げれば吐き出された叫び声と同じように、谷底に首を放り込まれる。吐いた唾は飲めない。
本にも書いてあった。士気というものはとても大事なのだ。
大見得を切ってできませんでした。は、この状況では割と洒落にならない。
山々を囲む、岩山を崩す、龍王を倒す、万単位の魔物を押し寄せて集める、森を焼く。結局のところ、このハチャメチャで力任せの作戦が通って進んでいるのは、全て第一級冒険者という神輿が立派であるからだ。
道具を揃え、人員を集めさせ、展望を見せた。それによって上げた拳は降り下ろされた。王様がイケると判断したのだ。
ここで私が何か些細なことでもできないと言えば、それが全てに波及しかねない。
なら多少は余裕を持てよという話になるが、一級冒険者はすごいんだ! というどこに根拠があるか知れない高揚感に支配されていて欲しい。すごい橋の基礎が一日経たずにできれば、それはすごい。
暗い表情もすくんだ足も震える腕も、戦場では命取りになる。砦に集った人員は脳天気な脳筋のみで構成されているわけではない。弱気が移ってもらっても困る。
それならば、私の自信を伝播させて意気揚々と臨んでもらった方が、まだ生存率は高くなるはず。
それでもそれなりに人死は出るとは思うが、それは仕方がない。戦争なんだし。
「ほらっ、がーんばれっ! がーんばれっ!」
私に鼓舞されるというのも中々に貴重な経験だと思う。私が先陣を切って駆ける戦乙女であれば日課にしてもいいところだが、残念ながらこんな仕事はもう二度と請けない。互いに又とない機会だ、存分に堪能して欲しい。
これでも女神の後継者である。そんな私の応援は何かとご利益がありそうなので、遠慮せずに一身に受けて力を振り絞って欲しい。
「んぐぅ……! お、おね……さま……こ、これ……キ、ツ……!」
「…………」
「ぬ……ぅぅ!」
年少組が死んでいる。声が聞こえてくるのでソフィアは無駄口を叩く余裕がありそうだが、ペトラちゃんは心を殺してしまったのか、もうずっと口を開いていない。
気力と魔力を総動員して石のブロックを担ぎ上げる三人衆。このサイズの塊をブロックと呼んでいいものかは疑問に思わなくもないが、まぁブロックだ。
横幅約十メートル、高さおおよそ三メートル、長さはたぶん五十メートル近い。長さは半分にして川中の飛び石に乗せようかとも思ったのだが、何かいけそうだったのでそのままでいくことに。
それにしてもこれ、何十トンあるんだろう。百だろうか。千まではないと思うけど。
だがいくら気力マンでもこの仕事は辛い。なので例のごとく、パリンパリンと割れては生成され直す足場魔法を併用しての作業となっている。
力が分散されればされるだけ仲間への負担は減り、結界の強度を上げることで再生成の手間が減り、この地獄からの解放も近づくわけだ。頑張って欲しい。
気力とドワーフの魔力身体強化、更に足場魔法の練度を鍛えながらおまけに生力の育成までできる。素晴らしく効率がいい。日課にすべきはこれこそだが、ペトラちゃんがガン泣きしそうなので今回限りとしておこう。
「ほら、あと半分だ。ふぁいとーっ!」
「おーっ!」
元気なのは私とリリウムだけだな。リューンの顔もここからは見えないけれど、きっと死んでいる。
岩山の天辺から川岸まで、私の《結界》製の擬似足場魔法で支えながら当社比でゆっくりと下っていく。
急いては事を仕損じることくらいは理解しているので走り出したりはしないし、前二人後ろ四人とメンバーの割り振りも考えてある。
迅速に石の切り出しを終えた剣士ズがストライキを起こさずに今こうして身体を動かしているのは、その辺を理解してくれているからか、あるいは単に諦めているのか。
距離の話のつもりであと半分だ! などと言ってしまったが、この後にもう一本残っているわけで、まだ行程の四分の一しか終わっていない。
少し汚いが、これは飲み込ませてもらおう。あと一本欲しい。