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第二百九十四話

 

 これから築き上げる旧カーリ方面の拠点を便宜上『中央』と呼ぶとすれば、今回の作戦の第一段階は西と東から魔物を押しやり、中央に魔物を集めてそこで殲滅する、というとても単純なものだ。

 最も薄い部分でも三重の結界石で守られており、南は雇い主でもあるガルデ方面ということもあって、他方よりも余計に厚く固めている。ここから魔物が漏れる心配はない。

 去るものは逃さない。来るものは拒まない。生かしもしないし原形も留めない。完膚なきまでに焼却、あるいは浄化して、一帯をいずれは人の営みに耐え得るレベルで綺麗にすることが努力目標だ。

 水源やら地質やら、そういった辺りは専門外なので、本当に人が住めたり作物を育てられたりできるようになるかは……まぁ、うん。目標に留めておく。


 ヘイムから中央への道筋は、東西方面と違ってあまり平坦ではない。

 谷は多少迂回すれば避けられるのだが、軽い山あり川ありの行程を越えなければ中央へは至れない。山と言ってもちょっとした岩山で、気力マンなら登山というよりも軽いハイキングのようなものだし、川と言ってもそれほど深くはないので、足場魔法があれば障害にもならない。

 しかし当然のことながら、ヘイムの砦に集った要員全てが気力マンではないし、常に足場を川の上に作っておくわけにもいかない。岩山はともかく問題は川だ。

 ここいらの川は水浴びをしたくなるような清廉さはとっくに失っており、飲めばおおよそ身体を壊すような水質であることは子供だって一目で察する。

 おっさんの騎士や冒険者のあんちゃんなどはどうでもいいが、健気に荷車を引いてここまで頑張ってくれた可愛い可愛い馬達に、こんな汚水に足を踏み入れさせるなんて真似はしたくなかった。

 渇きに耐えかねて、うっかり顔を突っ込んだ日には……私は泣くと思う。

 そうでなくとも、これからは物資の補給やガルデとの連絡などで頻繁に人が行き来する。仕事は間違いなく年単位の時間を要すことだろうし、その度に岩山をえっちらこっちら登って降りて、谷を降りて登って、汚水ゾーンを渡河させるなんてことは馬鹿げている。

 なのでまずは、ここを改善することにした。


 西大陸のヴァーリルには私のお家がある。新築のお家だ。それなりに広くて、リビングはないものの居室が六つに工房が二つ、広い台所と風呂トイレに半地下の倉庫まで備え付けられた、見た目三階建ての立派な建物。

 リューン曰く愛の巣だ。私の汗と涙と諦観と、お爺さん達の罵声が染み込んだあのお家は、ヴァーリルの鍛冶ドワーフがわずか二十日ほどで建造してしまった。

 リューンが設計するところから始まり、施工開始から実際に住めるようになるまで二十日間。耐震強度だとかそういうのは知らないが、あのがっしりした建築物をほぼ一から築き上げるのに二十日。実質的にはもっと短い、これはかなりの速度だと思う。

 この世界の鍛冶職人や大工などといった職に就いている方はその多くが気力持ちで、冒険者としてもやっていけそうな内面マッチョが多い。

 あるいは元々、多くはそうだったのかもしれない。引退し、家庭を築いたことで鞍替えする転職先としてこれほど相応しい仕事も中々ないと思う。とにかく重機に片足踏み込んでいるような連中の割合がとにかく大きい。無理が効くのだ。

 そうでなければいくら魔物が跋扈している危険な世界とはいえ、ちょっとした町々にまで丈夫な石の外壁なんて作っていられないと思う。

 そんな無理の効く連中が今、私の前に大勢いる。


「すでに話を耳にしているとは思いますが──」

 到着早々、広場に主だった面々を集めてもらった。話はここの責任者から通っているはずなので、確認の意味合いが強い。

 足場魔法で宙に静止し、ガルデから借り受けてきたというメガホンのような人造魔導具を使って私の声を一帯に響き渡らせる。美醜は嗜好によるところが大きいと思うので美声であるかはノーコメントだが、なぜか一部の連中の顔色が大層良くない。大部分は嬉々としていて、とても好評のよう見えるのに。

 それにしても壮観だ。ドワーフに巨人種に(ひと)種、ハーフリングも若干いる。男と女がほぼ半々なのがこの不思議世界らしい。外面内面マッチョメンな方々が勢揃いしている。

 こういう時は自然と、背の低めのドワーフやハーフリングが前、次いで(ひと)種、その後に巨人種と並ぶ。特に指示を出したわけでもないのに自然とこうなるのがこれまた面白い。

「あの大きな岩山、邪魔ですよね。あの汚い川に足を入れたくもありませんし、あの谷を降りるのも手間です。なのでまずは、山を崩して谷を避ける道を作りながら川に橋を架けましょう」

 山は元々、適当に横穴を掘った後に浄化赤石を使って爆破してしまうつもりでいた。曲がりくねった山道を登り降りするよりは負担も減るだろうと。

 一部を消し飛ばすことで谷を降りずとも、大幅に迂回をすることもなく中央を目指せるようになる。

 山を吹き飛ばせば瓦礫が生まれる。大きめの瓦礫を川に放り込んで飛び石でも作れば、馬も水に触れることなく渡れる。いい案だと思った。

 だがそれでは人や馬はともかく荷車が通れないし、通れるようにしてしまうと川が塞がりかねない。おまけに件の川は雨季が来ればそれなりに増水するのだそうな。

 その時季だけ我慢するというのも手ではあるが、いざというときに撤退できないのは士気にも関わる。

 適当に爆破することで後々山が崩れるのではないかと危惧されれば、勝手に強行するわけにもいかなくなる。ならばいっそのこと、この際橋をしっかり造ってはどうか、という意見が出なければこの話はお流れになっていて、えっちらおっちらヘアピン道の岩山も、浅い谷も、汚い川も、根性論で踏破することになっていた。全員がだ。冗談がキツイ。


 この岩山の組成の名称は知らないが、普通に建築物に使われているような素材でそれなり以上に硬度が高い。今までは必要に迫られていなかったことに加えて防御機構の一つとして扱われていたのであろうが、その役目は今日までだ。今後は文字通り形を変えて活躍してもらおう。

「石の切り出しは私のパーティで請け負います。石工の方は橋の施工に注力して下さい。他の方々には切り出した物の運搬、後は道を馬車が通れるように整える作業とをお願いします」

 いくら硬い岩とはいえ、所詮は岩だ。切れ味強化に剣身保護を刻まれた私の魔導剣(こどもたち)の前では豆腐同然。刃先が傷む心配もない。

 うちは八人中六人が前衛で、私以外は全員剣の心得がある。最近ご無沙汰だったソフィアの片手半剣と、双剣の片割れをリリウムとペトラちゃんとに貸し出してもらえば、ミッター君もリューンも、ソフィアもペトラちゃんもリリウムもこの作業にあてがうことができる。

「あー……本当にやるんだぁ……」

「サクラさんがこんな時に冗談言うわけがないだろう。覚悟を決めろ」

「みっちゃんは運ばなくていいからそんなこと言えるんだよぉ……」

 すぐ近く──視線を上げれば裾からパンツを覗けるような位置で、つい先程笑顔で出迎えてくれたペトラちゃんが、今は半泣きで項垂れている。

 小声でたしなめてくれたミッター君はやる気満々勢なので、上手いことわんこを操ってくれるだろう。

 足場魔法組には切り出した石材を山の麓、元気が有り余っていれば河川の側まで運ぶという重要な仕事が待っている。これも修練だ。重い荷物を運ぶのは生力育成にうってつけであることだし、その上足場魔法に身体強化術式の併用まで頑張れる。良い訓練だ、道や橋なんておまけだね。

「ダラダラしていては東西から魔物が押し寄せてきます。架橋は明日から数えて三日、諸々の作業全体を五日で片付けましょう。逃げた者は龍討伐から外して谷底に首を捨てますので、真面目にやってくださいね」

 砦の兵士の皆々様にも視線を向けて改めて協力をお願いしておく。うっかりサボろうものならそのことが王様の耳に入ってしまうかもしれない。頑張ってくれればそれもきちんと報告しておくので、気合を入れて欲しい。

「それが終われば軽く拠点を築いて、お待ちかねの龍討伐です。今日一日はゆっくり休んで英気を養って下さい──ああ、そうそう」

 ソフィアは元気だったし、リューンも元気そうだ。リリウムとミッター君はやる気満々勢なので期待をしている。ペトラちゃんは……まぁ、諦めて欲しい。

「私達は今から山を切り崩しに行くから、刃物組は準備を整えておいてね」

 まだ日も高い。お昼ご飯は諦めてもらう。

「へぇっ!?」

 可愛くない悲鳴をあげているのがいるが、特別扱いはできない。



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